5、差し出す
「えーでもそっかぁ、鶴羽、漫画描いてるんだなぁ。 すごいなあ」
俺には鶴羽のように夢中になれることも好きなことも特にない。だからどうしても鶴羽のその一面には羨ましさを覚えてしまう。
「ちなみに一体どんな感じの漫画を描いてるんだ?」
「…」
リュックにノートを仕舞った後で、鶴羽は真っ直ぐに背を伸ばして立つと、ぴんと一点集中、俺を見つめた。
「…少女漫画」
「へ」
「少女漫画を、描いてる」
少女漫画…
時間が止まり、俺の脳みそだけが大気を突き抜け宇宙へと飛び立つ。
今日だけで俺は、鶴羽の豪速球であり変化球を、一体いくつ受ける羽目になったのだろうか。
色んな球種持ちすぎだろ鶴羽。
お前は絶対良いピッチャーになれる。肩も強そうだし。
「少女漫画って、その、可愛い絵の、あれだろ」
「ああ」
「あれを描くのか、鶴羽が」
「ああ」
はあ〜と俺はため息のような声を思わず手で覆う。顔を左右に振りながら「信じられん」と耐えきれなかった一言が手のひらの中で暖かい。
「マジで、マジですごいな鶴羽…」
「え、」
「だって俺には到底無理だもん。 少女漫画なんて絶対描けないし作り出せない」
少女漫画をちゃんと読んだことはないけれど、目にしたことはもちろんある。
目の大きい女の子たちがときめいたり可愛く恋愛したりする話。だったはずだ…多分。
少女漫画を描く、ということは、そんな少女たちの恋愛のどうこうや純粋な想いなんかを分かっていなければ絶対に描けないわけで、つまりそれを鶴羽は熟知しているということになる。
俺がよく読む少年漫画などのアクション系、冒険譚などではなく、敢えて少女漫画を選ぶその鶴羽の選択の不思議さはあるものの、すごいことには変わりない。
「俺女の子の気持ちとか全然分からないしさ、でもそれを鶴羽は描けちゃうんだもんな…すごいよ。 なんか、何もかもがすごいよ、鶴羽」
「……どうして」
「え?」
「そこなのか?」
「え」
鶴羽は戸惑いを見せた。俺は「え」と声を漏らす。
「ごめん、俺なんか変なこと言った?」
俺がポカンとしていると、やがて鶴羽はひとつ、はあと静かに息を吐いた。落胆ではない、清々しいほうのため息だった。
そして何をいうのかと思えば「佐藤はやっぱり優しいな」と独り言みたいに呟いた。
「え、何、何が…?」
「………家に」
「うん?」
「家に、俺が描いた漫画のノートがあるんだけど」
「え」
「み、見るか?」
そう言って鶴羽は不安そうに、俺を見つめた。
でっかい身体を小さくして、俺の返答を待ち構える。
そんなに話したことのない俺に、鶴羽はきっと、自分の大切なものを差し出そうとしてくれている。
それが分かって、俺は嬉しくて、つい笑った。
「うん!見たい!超見たい…! 絶対見せて!」
鶴羽は「うん」とひとつ呟いて、リュックのハーネス部分をぎゅうっと握りながら、大きく頷いた。
「明日、持ってくる」
「おお!」
楽しみ!と俺が腕をぶんぶん振ると、鶴羽はまた目尻を緩めて少し、はにかんだ。
この巨体に似つかわしくないほどの、純粋で優しいものが、鶴羽の中にはあるのかもしれない。
それは、遠くからただ眺めているだけでは分からない、近くに行って初めて分かるような。
そういうものだ、きっと。
ゆっくり散歩をしたからこそ、足元に咲く野花の健気さに気づけたみたいな、そんな気持ちが俺の中にも優しく雪崩れ込んできて、俺も思わず鶴羽に笑い返していた。
俺の日常に、すごく素敵で楽しみなことが増えた瞬間だった。




