第5章 書くということ
初診日を証明するため、私は当時のことを知っている友人二人に、第三者証明をお願いした。
少し緊張した。
十年以上も前のことだ。
私自身でさえ、記憶だけを頼りに正確な日付を言えと言われたら難しい。
ましてや、自分ではない誰かの受診について証明してほしいと言われても、困るのではないか。
けれど、友人たちは快く引き受けてくれた。
そして、私が見つけたあの記録が、ここでも役に立った。
「とうとう、心療内科へ。薬の力を借りて、久しぶりに眠れた。」
2014年6月。
確かな日付と、その当時に書かれた言葉がある。
それを伝えると、友人たちは、証明することへの難しさがずいぶん減ったと言ってくれた。
十年以上前の出来事を、
「確か、このくらいの時期だったと思う」
という曖昧な記憶だけで辿るのと、
「この日に、本人がこう書いている」
という手がかりを持って辿るのとでは、まるで違う。
昔の私が何気なく残した一行は、私だけでなく、私を助けてくれる人の負担まで軽くしてくれた。
ありがたかった。
そして、友人たちが迷わず力を貸してくれたことも、嬉しかった。
助けてほしい、と言ってみる。
すると、本当に助けてくれる人がいる。
以前の私なら、その前に、
――迷惑じゃないだろうか。
――こんなことを頼んでいいのだろうか。
と考えて、頼むこと自体を諦めていたかもしれない。
けれど今回は、お願いすることができた。
そして友人たちは、それを受け取ってくれた。
こうして、初診日の問題には少しずつ道筋が見えてきた。
ところが。
私にとって本当に大変だったのは、そこではなかった。
病歴・就労状況等申立書。
自分のこれまでの状態を、自分の言葉で書く書類だった。
いつから、どんな症状があったのか。
治療を受けて、どう変わったのか。
仕事には、どんな影響が出たのか。
日常生活では、何に困っているのか。
文章を書くこと自体は、苦手ではない。
むしろ私は、ずっと書いてきた。
物語も書く。
自分の経験についても書く。
だったら、この書類だって書けるだろう。
最初は、そう思っていた。
けれど、まったく違った。
書くためには、思い出さなければならなかった。
あのとき、何があったのか。
どんな言葉を浴びたのか。
そのとき、自分がどう感じたのか。
どうして眠れなくなったのか。
どうして息が苦しくなったのか。
どうして、
死ぬことを考えるようになったのか。
ひとつ書こうとするたびに、そのときのことを思い出す。
過去の出来事として、遠くから眺めることができればよかった。
けれど、そうはいかなかった。
記憶をたどると、当時の感情まで一緒についてきた。
苦しかった。
怖かった。
悔しかった。
そして、
「私なんか」
と思っていた自分が、また戻ってくる。
書類を作っているだけなのに、心が削られていく。
不思議なものだった。
これまで私は、つらいことがあっても、
「もう終わったことだから」
と考えることで、どうにか前へ進んできた。
ところが障害年金を申請するためには、その「終わったこと」をもう一度取り出して、
いつ、何があって、どれだけ困ったのか。
と、ひとつずつ並べ直さなければならない。
助けを受けるための書類なのに、それを書くことそのものがつらかった。
それに、もうひとつ難しいことがあった。
私はずっと、
「できること」を数えて生きてきた。
今日は仕事に行けた。
料理ができた。
一人で買い物へ行けた。
友達と笑えた。
だから、大丈夫。
そう思うことで、自分を支えてきた。
けれど申立書に必要なのは、そこではない。
できないこと。
困っていること。
助けてもらっていること。
配慮してもらわなければ難しいこと。
それらを、なるべく正確に書かなければならない。
これは、思った以上に難しかった。
書いているうちに、また思う。
こんなことまで書いていいのだろうか。
大げさになっていないだろうか。
もっと大変な人がいるのに。
あれほど手帳の申請で向き合ったはずの言葉が、また出てくる。
もっと大変な人がいる。
本当に、しぶとい。
私はだんだん不安になった。
制度について調べれば、障害年金の申請を専門に扱う社会保険労務士がいることも分かった。
自分一人で書いて、肝心なことを書き落としてしまったらどうしよう。
伝え方を間違えて、本来の状態が審査する人に伝わらなかったら。
何より、この作業を最後まで一人で続けられるのだろうか。
次の診察の日。
私は先生に尋ねた。
「先生」
「ん?」
「障害年金なんですけど……」
少し迷ってから、聞いた。
「社労士、通した方がいいんでしょうか?」
自分では、かなり真面目な質問をしたつもりだった。
初診日は十年以上前。
カルテは残っていない。
第三者証明も必要になった。
申立書を書くのもつらい。
専門家に任せたほうが確実なのではないか。
そう考えるのは、ごく自然なことだと思っていた。
ところが。
先生の返事は、私が想像していたものとは、ずいぶん違った。




