第010話 祝賀パーティー
あの騒ぎから数日が経った朝。
ミリオングラード領の雪原には、穏やかな陽光が差し込んでいた。
白く輝く景色の中、レジーナはいつものようにフルード式のストーブを点け、お湯を沸かす。
ふと窓の外に目を向けると、辺境騎士たちが、アトミオス王子の浮遊船を取り囲んでいるのが見えた。
「きったない船だなぁ」
「ギラギラ黒光りしてて下品だし、これで本当に王族の船か?」
誰かが船体に触れるたび、ボロボロと表面の塗装が剥がれ落ちていく。
それはまるで、王室の権威が崩れていく様子を暗示しているかのようだった。
「まさか王族の船を庭で解体する日が来るなんてね……」
トーマスは心配そうに窓の外を覗き込んでいる。
相変わらず気弱な口調だが、まさかこの後に及んで大学費と寮費を返すべきだなんて言うつもりだろうか?
レジーナが身構えていると、予想外の答えが返ってきた。
「王子から慰謝料がもらえるそうだ」
「え?」
あのアトミオス王子から慰謝料。
一体どういう風の吹き回しだろう?
「よくわからないが、今の王室はゴタついているようだ」
「へー。それで低姿勢になってるのかしら」
「お前の家財道具もきちんと返ってくるらしい。王子も反省してるのかもしれないな」
どうだろうか。
レジーナの脳裏に浮かんだのは、アトミオス王子が心を入れ替えた姿ではなく、圧力に屈して渋々要求を呑む姿だった。
「今回の件ですっかりアトミオス王子は大人しくなったらしい。辺境騎士隊にも感謝されたよ。彼らも王子の問題行動には手を焼いていたようだからな」
「まぁ、当然よ。しょっちゅうどうでもいい用事でここに来てたからね」
防風と騒音を巻き起こす浮遊船を、何度も無許可で使っていたのがアトミオス王子だ。
治安を維持する辺境騎士隊が、その行為をどう思っていたかは言うまでもない。
「忙しい騎士たちが、自主的に解体作業を手伝うとまで申し出てきたんだから、よっぽどだなあ」
「みんな仕事熱心なのね」
「いや、仕事というか、色々な武器の試し撃ちをして憂さ晴らしをしたいらしい」
「楽しそうね」
解体作業などと言っているが、要は『ムカつく王子の私物をみんなで破壊するどんちゃん騒ぎ』である。
寂れた雪国でストレスが溜まっている人々にとっては、またとない娯楽なのかもしれない。
「どうせだから、近所の人たちも呼んでみんなで船を壊せばいいんじゃないの?」
レジーナの提案に、トーマスは「そうだな」と頷く。
「そうだな……、ここは一つ、王子の船に楽しませてもらおうか」
「パパが乗ってくるなんて珍しいわね」
「俺もなんだかんだ言って、鬱憤が溜まってたんだろうな」
そうして、トーマスの呼びかけで町中の人々が得物を片手に集まることとなった。
文房具屋、本屋、八百屋、肉屋、卵屋。
見慣れた顔ぶれがずらりと並び、ピッケルやハンマーを持っている姿は壮観だった。
「いやあ、一度思いっきり王族の持ち物を壊してみたかったんですよ」
文房具屋がそう言って浮遊船にスコップを叩きつけると、本屋はいつもの知性を放り捨てて思い切り船体にハンマーを打ちつけた。
その騒ぎを何かの祭りと勘違いしたのか、次々と群衆が集まり、飲めや歌えやの騒ぎが拡大していく。
「うわ~。いつの間にか庭で大宴会が始まってるじゃないの」
レジーナは窓から身を乗り出してその様子を眺めていると、ルキアスが立っているのを見つけた。
「あ! ペンダント渡さなきゃ」
慌てて玄関を飛び出すと、風船を持ったピエロに話しかけられた。
「こっちおいでよ!」
「ごめん、今急いでるんで」
なんとなく不穏なものを感じ取ったので丁重に断り、ルキアスに声をかける。
長身の青年はその美貌に爽やかな笑みを浮かべ、レジーナを出迎えた。
「おはよう。朝から君の敷地は賑やかだな」
「おはよう! みんな盛り上がってるみたい」
本屋の店主が、「平民に読めない本ばっかり出版しないでもらいたい!」と怒りを船体にぶつけているのが見える。
ちょっとお酒も入っているようで、キャラが崩壊している。
「アトミオスの船は、あの調子じゃ一週間と持たないな。週が明ける前にはガラクタにされることだろう」
「よっぽど嫌われてるのね。で、解体作業に関わった人たちはお咎めなしなのよね?」
レジーナの質問に、ルキアスは答える。
「そこは俺の方で手回ししておいた。何枚も報告書を書いた甲斐があったよ」
「ほんと?」
「王国議会も今回の事態は重く見ているようだ。もうアトミオスに味方はいない」
「さっすがー! 政治的手腕ってやつね!」
「元々、王族の横暴には不満の声が上がっていたからな。アトミオスは国外追放されるかもしれない」
「あらら。あいつも運が尽きたのね」
「そういうわけだ。みんなで好きなだけ船を壊すといい」
ルキアスはイタズラっぽく笑う。
その表情にしばし見惚れていたレジーナだったが、途中ではっと我に返った。
「いけない。これ渡そうと思ってたんだった」
「俺にか?」
ポケットから取り出したペンダントを、ルキアスに手渡す。
「私なりに直してみたんだけど、やっぱ最後の動作確認は魔力を流さなきゃいけないから」
「……まさかもう直してくれるとは」
「大事なものなんでしょ。もう服と一緒に洗濯したりしちゃダメよ」
「気をつけるとしよう」
ルキアスは大事そうにペンダントを懐にしまうと、口笛を吹いた。
すると二人の頭上をタカがくるくると旋回し始めた。
「あいつも礼を言っているようだ」
「よく躾けてあるわねー」
「王族よりよっぽど賢いからな、鳥は」
違いない、と笑い合っていると、辺境騎士たちが二人の名前を呼び始めた。
彼らはすでに焼酎を飲んで出来上がっているようで、
「レジーナさんたちも一杯やりましょうよー!」
どうする? と確認すると、ルキアスは笑顔で頷いた。
「ちょうどいい。彼らが夢中になる焼酎の味は、俺も気になっていたところだ」
「美味しいけどすっごく強いお酒だから、調子に乗ってがぶ飲みすると倒れちゃうわよ」
「王室のように、か?」
「どういうこと?」
レジーナはまだ知らない。
アトミオス王子の不祥事がきっかけで、王室がいよいよ民衆の手で倒されようとしていることに。
そして、そのきっかけとなったレジーナとルキアスの二人が、のちに解放者と呼ばれるようになることも。
こちらは作風を変え、10話での完結を目指した試作品です。今後も様々なスタイルでの投稿をしていきたいと思っているので、よろしくお願いいたします。
ここまで読了ありがとうございました。




