第40話 トップ就任決定
新年を迎えて間もないある日。
劇団の公式発表が世間を揺るがした。
――花組新トップ娘役、朝倉美玲。
その知らせは朝の新聞に大きく掲載され、ニュース番組でも繰り返し報じられた。
インターネット上では瞬く間に話題となり、「#朝倉美玲」「#花組新トップ」のハッシュタグがトレンド入りする。
ファンたちの祝福の言葉があふれ、彼女の過去の舞台映像やインタビュー記事が再び注目を集めていた。
僕――篠原颯真は、大学の図書館で勉強していたときに、そのニュースをスマホで目にした。
画面越しに映る彼女の笑顔。
晴れやかな表情をしていたが、その奥に潜む決意と緊張を、僕だけは読み取れる気がした。
「……本当に、すごい人だ」
胸の奥に誇らしさが溢れた。
けれど同時に、ほんの少しの不安が影のように忍び寄ってくる。
――トップに立つということは、今まで以上に多くの人の視線を背負うということ。
彼女がさらに遠い存在になってしまうのではないか。
そう考えると、胸が締めつけられた。
⸻
数日後。
彼女から「会いたい」と連絡が入った。
わずかな休日を縫っての約束だった。
夕方、公園のベンチで待っていると、冬の冷たい風にマフラーを揺らしながら彼女が歩いてきた。
舞台の衣装ではなく、落ち着いた私服姿。
それだけなのに、周囲の空気を変えてしまうような存在感を放っていた。
「颯真……待たせちゃった?」
「いいえ。僕も今来たところです」
そう言いながら、僕は立ち上がり、彼女をまっすぐに見つめた。
「トップ就任、おめでとうございます。本当に、誇らしいです」
僕の言葉に、美玲さんはふっと笑みを浮かべた。
けれどその笑顔の奥には、隠しきれない緊張と不安がにじんでいた。
⸻
ふたりでベンチに腰を下ろす。
吐く息が白く夜気に溶け、街灯に照らされた彼女の横顔は、どこか儚げだった。
「ありがとう。でもね……嬉しいだけじゃないの」
「……」
「トップに立つってことは、誰よりも注目されるってこと。失敗は許されないし、みんなを引っ張っていかなきゃいけない。……正直、怖いの」
その声はかすかに震えていた。
僕は迷わず彼女の手を取った。
冷え切った指先を包み込むように握りしめる。
「大丈夫です。僕はいつだって隣にいます。舞台の上ではなくても、支えることならできます」
彼女は驚いたように目を見開き、それから小さく笑った。
瞳がわずかに潤んでいる。
「……颯真。あなたがそう言ってくれるから、私は前を向ける。舞台も、あなたとの未来も、どちらも大事にしてみせる」
その言葉は、彼女自身への誓いでもあり、僕への告白でもあった。
⸻
しばらくの間、ふたりは無言で寄り添っていた。
冬の風が吹き抜ける中、彼女はそっと僕の肩に頭を預けた。
舞台の上では誰よりも堂々と輝く彼女が、今は小さな体温を頼るように身を寄せている。
その重みと温もりを感じながら、僕は心の中で強く誓った。
――これから先、彼女がどれほど高みに立とうと。
僕は彼女の帰る場所であり続ける。
トップ娘役としての朝倉美玲。
ひとりの女性としての美玲。
その両方を、僕は全力で支えていく。
冷たい冬空の下、交わされた想いは静かに、けれど確かに僕の胸に刻まれた。
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