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第8話 お姫様と魔王

前回のあらすじ「餌付けでどうにかした!」

―「ナノリスの洞窟 最下層・コテージ内」―


 時は少し遡り、カーゴとショルクが部屋を出た後、テノールは仕える主人の世話をし、クロムは外を眺めて追手が来ていないか、あの2人が心変わりをして襲ってこないかと警戒をしたりと、黙々と自分の責務を果たしていた。だが、いつまでもその沈黙が続くことは無く、仕える主人の容態が落ち着いたところでテノールが話し掛けてくる。


「クロム。こんな時ですが吉報です。ショルク様の処方した薬ですが……本物でした。姫様の病が治るような兆しが見られます」


「それは本当か!?」


 窓から外を警戒していたクロムが一度テノールの方へと視線を移す。すると、彼女は微笑みながら頷いて自分の言葉に嘘偽りが無いことを強調した。それを見て、今まで眉間に皺を寄せていたショルクの顔が少しばかり緩でいた。


 クロムは幼い頃から眠っている主人の護衛騎士として仕えており、彼女が2年前から不治の病に罹ってからは、古今東西その病に利く情報などを集めたりもしていたが、集めれば集めるほど免れない死という絶望的な答えが返って来るばかりで、何も出来ない自分の無力さを嘆いていた。


 そこに追い打ちを掛けたのが今回の事件……ある貴族による王への反乱である。それによって王は崩御し、それを知り心身ともに限界の主人を守るために信頼できるメイドと一緒に王都から命からがら逃げたのだが、追手により逃げ道を徐々に狭まれてしまい、この魔王が眠るダンジョンの奥に逃げるという、さらに主人の体力を削ってしまうような悪手を取るしか無かった。そして、ついにはこのダンジョン内で力尽きてしまい、最後まで何も出来ずに倒れてしまった……。


「結局、俺は何もしてやれなかったな……」


「それなら私もです。希少な鑑定系のアビリティを持っているのに、弱っていく姫様をただ眺めるしかなかったのですから……」


 そう言って、テノールは用意してもらったタオルで眠っている主人の額の汗を拭う。彼女もクロムと同じ頃から主人に仕えており、元々はとある貴族の次女だったのだが、父親が流行り病で亡くなった事を機に、生きるためにお城での給仕をすることになった。一応、貴族の令嬢なら結婚という方法もあったのだが、自身の持つ希少な鑑定系のアビリティを利用しようとするタチの悪い貴族からのお誘いだったため、それから逃げるために、騎士であった姉の伝手を使って給仕になったという理由もあったりする。


 元々、自分で出来ることは自分でやるというスタンスと自身の鑑定アビリティ、さらに騎士である姉の手ほどきもあって姫の護衛兼給仕として着実にその地位を確立させ、仕事を実直にそつなくこなすので、周囲からの信頼も厚かった。そして、今回の逃亡では我が身可愛さで次々と病弱の主人を見捨てる同僚達の中、クロムと一緒に逃げるという選択を取るという、主人に忠義を尽くす芯の強い女性でもあった。


「姫様の病気が治るのは大変喜ばしい事です。けど、この薬を持つのはあの大魔導士ショルク様だけ。ここからさらに遠くに逃げるとしたら、姫様の容態が急変しても対処が取れるようにショルク様の同行は必要になると思います」


「分かってる。俺としても姫様を安全な場所にお連れするためには……あの2人が必要だ」


「……不本意ですか?」


「まあな。ショルク様はいいとしても、魔王の手を借りるというのは……。仮に逃げ切れたとしても、姫様の名に傷が付きかねないからな」


「姫様の身を安全を確実にするには必要だと思います。あの2人を信用するならですが」


「ああ……そうだな」


 こちらは2人に対して、相手は部隊と多勢に無勢な今の状況。今の姫様の身の安全を守るためには、今の自分達では力不足なのを実感していた。となれば、大魔導士と魔王という異名を持つあの2人の手を借りるのは必須事項なのは間違いない。


「実力は計らなくとも、その強さはここで生活できる時点であの2人は間違いなく強者。並みの相手では太刀打ちできないのは確かだな」


「あなたがショルク様に吹き飛ばされた時点で、それは確認済みです」


「ぐっ……!?」


 痛いところを付かれて思わず声を漏らすクロム。姫様の護衛を任されていることもあって、彼の強さは折り紙付きである。そんな彼を武器を持っていないとはいえ、いともたやすく制したショルクの強さがどれだけのものなのかはテノールははっきりと理解していた。


「と、とにかくだ。俺達の意見はあの2人に付いて来てもらいたい。後は姫様がそれをお認めになるかどうかだな」


「そうですね……」


 自分達の主人がどんな判断を下すのだろうかと思いつつ、今も静かに眠る主人に2人は目を向けるのであった。この日はこうして1日が終わった。そして進展があったのは翌日のお昼頃になる。


「お二人とも、姫様が目を覚まされました」


 カーゴが魔力を抑える方法をショルクから教わっている所に、テノールが姫様が起きた事を伝えに来た。2人はテノールの後に付いて部屋の中に入ると、ベットから体だけを起こしたクロムとテノールの主人である1人の少女が2人に視線を向けていた。


「あ……」


 あからさまに驚きを示す少女。髪と瞳の色が違うだけで自分とそっくりな女の子が目の前に現れたのだから無理も無いだろう。対して、カーゴは顔には驚きの表情を見せることは無かったが、心の中ではやっぱりそっくりだなと反応していた。


「本当にそっくりなのですね……」


「それは私も。声もそっくりとは驚きかな。髪色と瞳の色……それと私の方が目つきが鋭いかも」


「ああ、そういえばそうかもしれませんね……」


 自己紹介よりも早く、互いに言葉を交わす2人。この2人は指摘しなかったが、口調にも違いがあり、カーゴの方が少々荒っぽい口調に対して少女の方はおっとりとした口調であり、それがそのまま2人の雰囲気を表してもいた。そして、それを見ていた周りの3人もその雰囲気を感じ取っていた。


「姫様。こちらの方々ですが……」


 そこにテノールがカーゴとショルクの紹介をしたところで、ベットに座ったまま、少女は姿勢を整えて改め自己紹介を始めた。


「助けて頂きありがとうございます。私はファーレ・ネクサス・トライザル。この国の第2王女になります」


「どうもご丁寧に。そこのメイドさんが紹介してくれたけど改めて自己紹介……カーゴだよ。一応、現魔王。とは言っても何も悪いことはしてないからね?」


「ショルク・アルケミーだ。バーン様に仕えていた元宮廷魔導士だ」


「初代に仕えていた大魔導士様ですね。お会いできて光栄です。それでカーゴ様はどうしてショルク様と一緒に?」


「カーゴでいいよ。どうしておじいちゃんと一緒にいるかだけど……成り行きだよ。私、生まれたのが元魔王がいた部屋の中でさ。それを倒して、この最下層をほっつき歩いていたら、おじいちゃんに殺されかけたんだよね……」


「……え?」


「この最下層にいるモンスターを全裸の幼女が惨殺する姿を見て警戒するなというのが無理な話だ。まあ、この子のおかげで魔王というレア素材を回収できたのは美味しかったがな……」


「そういえばそうだったね……。その後、ここに住むことになったけど……ここの汚さは異常だったわ。しかも食料も無かったしさ」


「君はよくここまで充実させたものだよ」


 既に10年前という過去の話を懐かしむ2人。聞いているファーレ達はどうしてそうなるのかと唖然としている。


「って……ごめんごめん。私達の感覚がズレてるのは自覚してるからさ。あまり気にしないで」


「私も含まれるのか?」


「当然! ここに引きこもっていたおじいちゃんよりも絶対そこのメイドさんと護衛の2人の方が正しい感覚を持っているでしょ!」


「うむ……それはそうだな」


「納得されるのですね……」


「世捨て人だからな。私がいた頃より世界は発展しているだろう……。そうなれば人の考えも変わっていてもおかしくないはず……」


 カーゴが「今も昔も変わらないでしょ?」とショルクにツッコもうとするのだが、それよりも早くファーレが衝撃の事実を口にした。


「いえ、文明は一度大きく後退しました」


「……何?」


 驚きの表情を浮かべるショルク。カーゴも一体どういうことかと、その話に興味を持つ。


「一度、勇者と聖女が魔王に負けてしまい。各国の王都が破壊されたりしました。文明としては……ショルク様がいた頃より後退しているかもしれません」


「まさか……。そんなはずが……」


 テノールの話を聞いて、信じられないような話を聞いたかのように驚きの表情を浮かべるショルクにカーゴは恐る恐る思っていた事を訊いてみる。


「戦うんだから時には負けたりするんじゃないの?」


「確かにそれはある。だが、この世界の住人である我々が全く手を出さない訳では無い。勇者と聖女を中心に戦い、2人が休む時は我々が時間を稼いだり、あるいは最後のトドメを差したりもする。だから、文明が大きく後退するよりも前に、魔王が倒されるのが普通なんだ。君も分かってるだろう? 魔王は決して無敵では無いと」


「まあ、そうだね。その弱点を突いて、私も勝った……というか殺したというか……」


「ショルク様が言いたいのは、要は長期戦になればこちらが勝てるようになっているということですね」


「ファーレ様の言う通りだ。ちなみにその魔王が現れた時は、各国が戦争でもしていた時代だったのか?」


「小競り合いはありました。ですが、魔王に勇者が殺された時点で、各国は協力して立ち向かったそうです。ですが、それでも討伐するまで200年ほど掛かりまして……」


「……現れたのはカーゴより2つ前の魔王か?」


「そうです。我が国も被害が甚大でして、失われた魔法や技術が多数あったり……」


「なんてことだ……」


 ショルクがファーレの話を聞かずに頭を抱え始める。カーゴはショルクの不自然な質問にどういうことかと思っていると、ショルクがゆっくりと口を開き話の続きを始めた。


「何か異変が起きてる可能性がある。しかも、その異変に……カーゴ。お前が関わっている可能性がある」


「どうして私? 一応、言っておくけど……私はこのダンジョンから出た事ないからね?」


「分かってる。だが……君がこの世界にとって異物だというのは分かっているだろう?」


 その言葉に、ムスッとした表情をしつつも静かに頷くカーゴ。異物と言われるのは癪だったが、中身が勇者や聖女と同じ地球からやって来た存在ではあるので、その意見に同意するしか無かった。


「……それって、このお姫様も関わっているとか言わないよね?」


 カーゴが視線をファーレに向ける。「自分が関係するなら、見た目がそっくりな彼女も関係するんじゃないの?」と表情でショルクに訴える。それに気付いていたショルクは首を横に振る。


「分からない。だが……お前が数年で魔王を倒せたのに、その前の魔王が各国が協力し合って200年も掛かったというのは異常だ。他の魔王もそこまで掛かった記録は無い」


「そうなの?」


「気になるなら、魔王の遍歴をまとめた本があるから見るといい。基本的に魔王が暴れ始めてから最長でも5年で片が付いている……って、話が脱線したな。それでファーレ様はこれからどうするつもりだ?」


「それは……まだ、決めてません。お父様の死のショックで心身共に限界でしたから……」


 そう話すファーレの表情は暗い。彼女は王城から逃げる際に、自分の父……王様が謀反の首謀者によって殺されたところを見てしまっていた。そして、この世界では不治の病だった肺炎が治った今、その時の光景が鮮明にフラッシュバックしてしまったのであった。その辛そうな姿を皆が静かに見守る中、1人だけファーレの前へとやって来る。


「……失礼」


 ファーレの前に来たカーゴは断りを入れてから、ファーレの体を優しく抱きしめる。それを見てクロムが引き離そうとするのだが、それをテノールが腕を横に出して制止させる。


「ほら、泣きたいなら泣きなよ。これから大変なんだからさ」


「……ぐすっ」


 カーゴがそう言うと、ファーレはそのままカーゴの胸の中で静かに泣き始める。カーゴは自分と同じ境遇に陥ってしまった彼女のために泣き止むまで付き合うのであった。

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