第三話 出会い
前回のあらすじ「ゾンビアタックで魔王爆殺!」
―「???」―
「ウォーター……」
やつれた表情を浮かべる加後。無意識のまま掌に水を生み出し、その水で顔を洗う。涙や涎で汚れた顔が少しだけサッパリするが、その気分は最悪のままであった。
「……」
自分の出した水が床で水溜まりとなり、薄暗い中でも今の自分の姿を映していた。銀色に輝く髪に赤い瞳、そして幼い顔立ちになのに整い過ぎた人形のような顔。
「あは……」
醜くもなく美しくもない平凡過ぎた前世の自分、そして醜いゴブリンだった加後。それがこんな美少女になるとは皮肉だと自嘲する。そして、そのまま自分の頭より下を確認をしていく。ぽっこりとしたイカのようなお腹……しかし、その体は人間の肌色であった。手足を確認すると細く、胸とお尻も小さい。そして身長も低いままだった。
(幼女……2、3歳かな)
自分がゴブリンから人間、もしくはそれに近い何かに変わったと判断した加後。そこで、ステータス画面を開いて自分が何になったのかを確認する。
「……」
加後は表情を変えず、静かにステータス画面を見つめる。自分の名前である加後奈史子にノイズが走っていた。そして、その下の種族が変わっており『魔王』となっていた。
「ははっ! あそこに倒れているのが魔王なんだ! それを私が倒した……」
大きな独り言を呟きながら歪んだ笑みを浮かべる彼女。そして、さらにその下にあるアビリティ欄を見る。『自動翻訳』、『自爆』は変わらず、そこに追加として『6大魔法』『ダブル・キャスト』『トリプル・キャスト』『身体強化(魔王)』が載っていた。
「何となく水を出せると思ったけど……これが原因なんだ。この『身体強化(魔王)』って何?」
気になった彼女はそれを試すべく。その場に横たわる元魔王の顔までやって来る。そして、だらしなく開いた口から見えるその大きな牙に手を掛ける。
「ふん!」
ぶちゅと言う不快な音を立てて牙が抜ける。そして加後は自身より大きい歯肉の付いた牙を上に持ち上げてゆっくりと揺らす。
「あは……アハハ!」
幼女が振り回すには大き過ぎる牙を軽々と振り回す自分に愉悦を感じ始める加後。人外の力、全てを平伏させる力、これなら今まで虐めてきた奴らを、私にセクハラした上司を、私をこんな酷い目に合わせたあのムカつく女神を……。
「アハハ……キャハハ!!」
幼子特有の甲高い声を広間に木霊させながら、頭の中で自分を虐げた連中を血塗れにした加後。だが、結局は自分の妄想の中の話であり、それでは彼女の怒りが収まることは無かった。
「……」
彼女は無言のまま広間にある扉を見る。今の力ならこの扉を破壊できるのでは無いかと……。
「……」
無表情のまま扉の前にやって来た彼女はそれを破壊しようとして、とりあえず扉に手を当てた。すると、『ゴォオオオオ……』と重々しい音を立て、今までビクともしなかった金属製の扉がゆっくりと開いていく。あまりのあっけなさに思わず驚きの表情を浮かべる彼女だったが、すぐさま無表情に戻り、ゆっくりと扉を潜っていく。
「グルル……」
「キュルル……」
加後が門をくぐると、目の前にいたのは狼のような大型の何かと、蛇のような大型の何かが加後を睨み付ける。加後が現れるまで争っていたのだろうか、互いにその体は傷だらけだった。
「……私に喧嘩を売ってるの?」
加後がそう言って睨み返すと、一瞬だがその2匹が怯んだ。このままだとやられると思った2匹はやられる前に加後を殺そうとして襲い掛かる。
「五月蠅い……!」
その瞬間、加後はその掌に野球ボールサイズの火の玉を生み出す。すると、それの周囲に激しい暴風が纏わりつく。
「爆ぜろ!」
そう言って、火の玉を襲い掛かる2匹に向かって投げる。それがヤバいと理解した2匹はすぐさまそれを避けるのだが、それを見越していた加後が指を鳴らして爆発させる。
後に彼女によって名付けられた『ブレード・テンペスト』というこの魔法だが、放たれた火球は何かにぶつかるか彼女の任意によって破裂し、その瞬間風刃と炎刃が周囲に拡散、性質の違う2種類の魔法の刃で敵を切り裂いて葬る魔法となっている。
そして、この魔法の間近にいた2匹のモンスターは、悲鳴を上げる暇も無くその体をズタズタにされ、自身の血で出来上がった血だまりの中で絶命した。
「キャハハ……!!」
自身が手に入れた圧倒的な力に酔いしれる加後。もっと……もっと壊したいという欲望が頭の中を駆け巡る。「ぴちゃ……ぴちゃ……」と血だまりの中を進んでいく。その時になって加後はやっと気付くのだが、天井は相も変わらずごつごつとした岩で出来た天井だった。
「あれって……」
そんな日の当たらない空間なのに、何故か目の前に木々が生い茂っていた。
「森……?」
狼のような遠吠え、木々が何かによって揺らされる音、奇声を上げ羽ばたく何か……そんな何が潜んでいるのか分からないような未知の森。そんな森に加後は生まれたままの姿で、その口元を吊り上げながら、まるでテーマパークに入るような気分で森の中へと入って行った。
「ギュアアア!!」
「ギィーギィー!」
無謀にも立ち向かう者、自身の身の程を知り逃げる者、森の中は阿鼻叫喚に包まれた。
「キャハ!」
歪んだ笑みを浮かべた加後は、立ち向かってくる者は容赦なくその首を刎ね、逃げる者は背中から容赦なくその胴体を貫く。森はすぐに血生臭い死が蔓延した。
「つまんない……」
呆気なくやられていくモンスター達に飽き飽きしてきた加後。だが、そのつまらない感情はすぐに消え去ることになる。
「……え?」
森を抜けると再び洞窟らしいごつごつとした岩肌が見える風景になったのだが、視界の端にこの空間に似つかわしくない物があった。彼女はそこへゆっくり移動する。
「家……?」
そこにあったのは2階建て木造の家。明らかに人の手が加えられたその宿泊施設で見るようなコテージ風の家に、壊れた心の彼女であっても驚きの表情を隠せずにいた。
「……!」
何か声が聞こえた加後は咄嗟にその場から離れる。そのすぐ後に、加後の目の前を氷の槍が通過していいった。
「こ、子供……!?」
加後は男性の声が聞こえた方へと振り向くと、そこには光る球体と先端が紫色に光る石が嵌め込まれた杖が浮かんでいた。またしてもおかしな物を見てしまった加後は反撃できずに呆然としてしまった。
「森が騒がしいから何事かと思ったが……お前は一体?」
「……それはこっちのセリフ。何なのアンタ?」
「……私はショルク・アルケミー。ここで魔法の研究を続けている者だ」
加後の質問に少しの間はあったが素直に返事をするショルク。そして、加後はこちらに攻撃を加えたにしては礼儀正しい光る球体に興味を持った。
「……私は加後。あっちの扉からやって来た」
「あっち……なるほどお前はあの場所に封印されていた魔王ってことか」
「違う」
「何?」
「その魔王は私が殺した。ゴブリンだった私がね……」
「ゴブリン!?」
加後の言葉に驚きを示すショルク。すると、猛スピードで加後の元へとやって来て、その体を観察し始めた。
「ゴブリンはいくら進化しても緑色の肌を持っているのだが……お前の見た目はまるで人間そのもの。いや、そもそもゴブリンがどうやって魔王を? いや、変調はあったんだ。ここ数年扉の奥が騒がしかった……てっきり封印が解けるのが近いのだろうと思っていたが……」
加後の周囲を飛び回りながらブツブツと独り言を呟くショルク。目は無いはずなのだが加後は熱のこもった視線でじっくり観察されているのは感じており、また声が男性なので徐々にだが恥ずかしくなってきた。
「どうした顔が赤いが……」
「……変態」
「なっ!? いや……確かにそう言われても仕方ない行為だった。ちょっと待っていろ。何か着れる物を持ってくる」
ショルクはそう言って、謎の力で扉を開けコテージの中に入って行ったと思ったら、すぐさま扉から顔を覗かせる。
「家の中に入って待っていてもらっていいぞ」
そう言って、ショルクはまたコテージ内に消える。家の中に入ってもいいと言われた加後は、少しばかり警戒しつつコテージの中へと入って行った。
「うわ……」
入ってすぐ目に入ったのは、実験してそのまま置かれたのだろう汚れた実験道具、床に散らばるたくさんの本、コテージの窓へ近付くと埃が溜まっていた。
「汚いな……」
「待たせたな」
室内を観察していると、ショルクは謎の力で浮かした布切れを持って来た。そして、それを室内にあった机の上に広げた。
「けほけほ……!」
持って来た衣服から埃が舞い上がり、それを吸い込んでしまった加後はそれを吐き出そうと咳をしてしまった。
「む? 長い間置いていたから埃まみれになってしまったか。まあ、隠すには問題無いだろう」
「問題あるから!? こんなの着たら体を壊すわ!! もう……!!」
加後は埃まみれの服を乱暴に持ってコテージの外へとやって来る。そして、水魔法で衣服を念入りに洗い、水が黒くなくなったところで、今度は風魔法で乾燥を始める。
「ほう……器用な物だな」
すると、いつの間にか横にいたショルクがその洗濯風景を見て感心していた。その頃には加後も警戒する気が失せており、洗った衣服を乾燥させながらショルクに話し掛ける。
「そうなの? 何か念じれば出来たんだけど?」
「やはり感覚で魔法を使っているタイプか。魔法はそう簡単な物じゃないんだがな……」
そこで、ショルクが加後に対して魔法について説明し始める。この世界で魔法を使うのは大きく3つあり、1つは呪文を唱えて行使する魔法。とは言っても、その呪文に決められた定型文は存在せず、あくまでイメージの補助が目的である。その次がこれの発展形である無詠唱、要は念じれば好きに魔法を使えるのだが、魔法は早ければ早いほど、威力が高ければ高いほど魔力の消費が激しい。
「……つまり、先ほど話してくれた攻撃魔法なんかを普通の人が使えば倒れるか最悪死ぬな」
「こんな感じで水を出すのも?」
洗濯を終えて着替えた加後はコテージの玄関先の階段に座りながら、指の先に水の球体を作り出す。それを見たショルクだが、その素晴らしい水の操作に内心驚いていた。いや、妬みに近い憧れを抱いていた。しかし、それを口にすることなく彼は静かに話を続ける。
「そうだな。多少の魔力を持つ奴なら最低でも「我に恵みの水を……」とか唱えないといけないだろうな。それでも掌に水を出すぐらいで、お前のようにそんな精密な操作は不可能だ」
「ふーん……」
「そして、3つ目だが……それはアビリティだ。アビリティを使用して繰り出す技の中には武器に炎を纏わせたりできる。使い方では着火とか水の確保も出来たりするだろうが、利便性は低い。そもそも、着火ぐらいなら魔道具を使えばいいしな」
「魔道具って?」
「モンスターなどから採れる魔石を使用して作られた道具の総称だ。それだから、この杖も魔道具の一種だな。魔石はその属性によって変わってな……これは魔力強化という放つ魔法の強化と魔力の消費を軽減したりする魔法が込められている」
「へえー……魔石って魔王もあるの?」
「あるだろうな……。ちなみにだが持ってるのか?」
「な訳無いでしょ? そのままにしたけど」
「……」
ショルクが無言でコテージ内に戻る。そして、ガタン!ゴトン!とコテージ内から音がしたと思ったら、自身の周囲に先ほどの杖以外に大きな袋を持って出て来た。
「こうしてはおけない!! 魔王の魔石などという一生に一度お目に掛かれるかどうか分からない物が目と鼻の先にあるとは……回収しなければ!!」
ショルクはそう言って、物凄いスピードで加後が通って来た森の方角へと向かって行った。
「……私も行くか」
放置されてしまった加後は最初コテージ内を荒らしてやろうかと思ったが、あんな整理整頓されておらず、どんな危険物があるか分かったもんじゃない場所を荒らすのは危険と判断し、ゆっくりとその場から立ち上がり、暇つぶしのためショルクの後を追うのであった。




