13 蛮勇の戦士
◇
酒場の厨房の横で汚れた食器を洗い、並べて乾かしてゆく。
こんな光景が少しずつ、私の日常になりつつあった。
酒場の客の顔も少しずつ記憶に定着してきている。
「楽しそうだね」
「はい」
あの後、銀蒼の大楯を見送った帰り、何気なく立ち寄った古物商で絵画を購入した。
別に有名な作家が書いたわけでもなく、値段もそこまでの額でもなかった。
それなのに、何故だか妙に気にいったのだ。
私は少し迷ったのちに購入し、足早にアパートに帰るや否やすぐに部屋に飾ってみた。
その瞬間、それだけで見慣れた部屋の雰囲気がガラリと変わったような気さえした。
地道に働き、街を歩き、限られた中で何を買うか悩む。
ただそれだけの日常が、どうにも楽しいのだ。
「あれ、しまったな」
そんなわけで、気分よく皿を洗っていると隣で調理していたリア姉さんが困った表情を浮かべた。
「どうかしましたか?」
「小麦粉があと少しで無くなりそうだんだ」
山菜の天ぷらを復活させたところ、かなりの売り上げが出たのだが、おそらくそれが原因だろう。
いつもより多めに買ってはいたが、それでも足りなかったよう。
「買ってきましょうか?」
もう日は沈んでいるが、まだやっている店もあるだろう。
「悪いな。なるはやで頼めるか?」
「はい」
私はそう言い、小麦粉を買うために酒場を出てしまった。
それからたった二分後のことだった。
「お、おい! 大変だぜ!」
常連の一人が息を切らしながら扉を開けた。
リアもサフィアも、そして客も何事かとその男を見る。
「おいおい、なんだよ」
「ぎ、銀蒼の大楯の一人が死亡……そしてさっき、リーダーのイリアが、瀕死の状態で運ばれてきた!」
「う、嘘……」
憧れの存在の悲報にサフィアは思わず、手に持っていた皿を落としてしまう。
地面に落下した皿が音を立て砕け散るが、サフィアはただ茫然と立ち尽くしている。
落としたことにさえ、気がついていないかのようだった。
そんな中、冒険者の一人が尋ねる。
「ど、どういうことだよ!」
状況が理解できなかった……否、理解することを脳が拒んでいるかのようだった。
新星が負けるという事実を。
脳は受け入れられない。
「銀蒼の大楯のメンバーの話じゃ、あのダンジョンの奥にどっかの国で使われたことのある生物兵器がいたらしい。食らった獲物で進化するバケモンが……」
若い人は知らないことが多いが、中年以上にもなると、話くらいは聞いたことがあった。
極夜の宴の伝説の一つとして。
そして繰り返してはならない悲惨な事件の一つとして。
昔、とある国が戦力増強のプロジェクトをいくつか立ち上げたのだが、その中にそれはあった。勿論、その計画を国は「制御できない危険なもの」と判断し、即刻中止を命令したが、当時計画を主導していた研究者は辞めようとはしなかった。
自分の考えは正しい。これこそがこの国に必要なものだと。
そう言い、研究者が独断で生み出したそれは、大勢の予想通り、制御不可能で極めて危険なものだった。
多くの兵士を、人々を殺し、そしてその果てに『極夜の宴』により討伐された。
「ま、まさか……」
皆の脳裏に嫌な想像がよぎる。
「銀蒼の大楯の見立てじゃ、危険度はS級以上」
それが今、クロト近辺にいる。否、ずっといた。
この街の住人にとってはただ事じゃない緊急事態。
そこにさらなる絶望が投下された。
「それで、そのバケモンはイリアを狙ってこの街に近づいてきてやがる」
「はぁ!? なんでだよ!」
「そりゃ、食うためだろうよ……イリアを食って、より強くなるために」
どうすればいいか。
誰しもが分からず、困惑する中、サフィアの脳内に銀髪の青年が過ぎった。
そんなはずないのに、彼ならば。そう期待してしまう自分がいる。
しかし、今彼はここにはいない。
サフィアにとってイリアは命の恩人。
幼いころ、無茶をして森に入り、モンスターに襲われていたところを救ってくれた。
今度は、自分が救う番だ。
サフィアは酒場を勢いよく飛び出した。
「おい、サフィア! どこに」
リアが厨房の料理を投げ出し、急いでその後を追うも、店の外にサフィアの姿は見えなかった。
追いかけようにもどちらに進んだかさえ分からない。
「くそっ……どうすりゃ」
皆が黙り込む。
ここにいる多くが冒険者だった。
しかし、ほぼ全員がC級。
新星が勝てなかった相手に、何ができるというのか。
無駄死にだ。
それでも、
「俺はいくぜ!」
だらしない腹をした中年が立ち上がった。
「おい、無理だって」
「無理かも知れねぇけどよ。ここは俺たちの街だろ。それに、イリアを食っちまえば」
被害はさらに拡大する。
イリアを食べさせることだけは絶対に阻止せなばならない。
待っていたって、ヒーローは来ないのだから。
この国に新星以上の戦力はないのだから。
「それに、サフィアちゃんが立ち上がったのに、俺らが黙ってみてるだけとか……そりゃねぇだろ」
そう言い、お代を机の上に置き、出て行く男。
それに続くように、冒険者たちが立ち上がる。
「おう、分かった!俺もいくぜ」
「俺も、C級なめんなってんだ!」
リアはそんな彼らを必死に呼び止めるも、誰も止まってはくれなかった。
テーブルにお代を乗せ、酒場を出て行く冒険者たち。中には覚悟を決め、財布ごと置いて行く冒険者までいた。
「……なんで、こんな」
酒場に一人、取り残されたリアは膝から崩れ落ちた。
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