−03 銀蒼の敗北
◆
「さっきはどうかしたの? 銀髪の男を見てたけど」
銀蒼の大楯のメンバーの一人、剣士ルビアがイリアに問いかける。
「いや、知り合いじゃないが……」
イリアはそう言いながら、先ほどの光景を思い出す。
『新星』という肩書きが付いて以降、行く先々で注目を浴び、大衆に囲まれることは多々あった。
普段は彼らのことは見ないようにし、やり過ごしている。そうすると決めている。
それなのに銀髪の青年を見てしまった理由。
それは、大衆の中から異質な存在感を感じたからだった。
イリアはその立場もあり、今まで多くの人と出会ってきた。
その中には当然、大陸で名を馳せる猛者も大勢いた。
それなのに、そんなイリアでさえかつて感じたことのない、威圧感のようなものを銀髪の彼は放っていた……ような気がした。
まるで、ドラゴンにでも睨まれているような、そんな感覚。
しかし、そんなことがあるはずがない。
「いや、なんでもない」
「ねぇ、大丈夫? ほぼ休みなしでここまできちゃったけど」
イリアらは前の依頼を終え、すぐにクロトへと旅立った。
だから、全く疲労がないかと言われれば、そうじゃない。
絶好調とは言えないコンディションだ。
「でも、それはお前たちもだろう?」
「私らは大丈夫だよ」
その問いに魔法使いのカリスはそう答え、金髪の回復役エリスは頷いた。
ルビアも親指を立て、大丈夫だと意思表示している。
全く、頼もしい奴らだ……そう心の中で呟き、イリアは目的の場所へと足を進めた。
噂のB級ダンジョンはよく見る洞窟型で入口近辺ではこれといった異変はなかった。
近くにモンスターの気配も感じられない。
本当にここで行方不明者が続出しているのか、疑わしいほどに何もない。
唯一、違和感があるとすれば、
「何もない、無さすぎる」
モンスターに襲われた形跡も、何者かに襲われた形跡もない。
地面に形跡がないのもそうだし、行方不明者の所持品の類もなかった。
争った形跡が無さ過ぎる。
「やはり、あそこか……」
どうしてだか、ダンジョンのポッカリとあいた入り口が、不気味に手を招いているように見えた。
呼ばれているような、そんな気が。
同時に行ってはいけないと、本能が警鐘を鳴らしてもいたが、イリアはそれを無視し進むことを決意する。
「行こう」
悪寒を感じつつも、引き下がるわけにもいかず、四人で洞窟の奥へ奥へと進んでいく。
そのうちにある異変に気がついた。
「モンスターがいませんね」
「不気味なくらいにね」
いつモンスターが奇襲を仕掛けてきても良いように武器を構え、警戒をしているが、びっくりすほどモンスターが襲ってこない。
「でも、モンスターがいた形跡はあるね」
カリスの視線の先にはモンスターの糞が転がっていた。他にも良く見れば足など、モンスターがいた跡がいくつも見受けられた。
それなのに、相変わらずモンスターは出てこない。
次第に確信に変わっていく。
行方不明の原因はここにあると。ここで何か異変が起こっている。
そうして一時間ほど、ただただ歩き続けた先には少し開けた空間が広がっていた。
その中央で、イリアたちは異質なソレを眼にする。
「おいおい、なんだよ。あれは……」
そこにいたのは見たこともないモンスターだった。
オーガを連想させる体格を覆うような光沢のある黒い甲殻。遠目からだと、真っ黒な鎧を纏う人間にさえ見える。
しかし、明らかに人ではない部位がある。
腕は肘から先が獣を連想させるような体毛のある太い腕に変質しており、剥き出しになっていた。爪は鋭く、そして何か得体の知れない液体を滴らせている。
そしてそれが振り返った瞬間、背筋が凍った。
人のような顔でありつつも、その目は虫のようで、口は裂け、獣のような鋭い牙が見える。
こんなモンスターは知らない。そもそも存在するとは思えない。
『……ダレダ?』
ソレが発した声を聞いた瞬間、本能を震わせるような感覚が襲う。
その後、ソレは一人一人を順に凝視し、イリアで視線を動かすのを止めた。
『オマエ、強イ。今マデ、喰ラッタ、誰ヨリモ』
ノイズ混じりなカタゴトが発せられた直後、
「みんな、下がれ!」
イリアが大楯を構えた瞬間、硬い金属が衝突する音が響き、火花が散った。
「ぐっ……」
その何かは、上からイリアを押し潰すように力を込める。
イリアの膝は徐々に曲がってゆき、表情は険しく歪んでいく。
つらそうに、なんとか押しつぶされまいと全身に力を込めるイリアを見て、他の三人は驚愕して目を見開いていた。
「嘘でしょ……イリアが押されてる?」
そんな姿、今まで一度も見たことがなかった。
イリアの鉄壁を押し返す怪力。
「これは……」
まだ、SS級ではない。
SS級は一体で一国を危機に陥れる生物に付与されるもの。目の前のそれがその領域にいるとは思えない。思いたくはない。
だが、確実にS級……その中でも上澄みの存在なのは確かだった。
限りなく、SS級に近いこれを倒すには、新星が協力する必要がある。一瞬でそう悟らされた。
「イリア!」
イリアを押し潰そうとする怪物をルビアは横から突進で弾き飛ばし、剣を構える。
「イリア、撤退するよ! こいつらは、私らの敵う相手じゃない!」
「じゃ、誰なら敵うと!?」
「そ、それは……でも、ここにいたらみんな死んじまう!」
ルビアは得体の知れない何かに剣先を向けながら、イリアを隠すように前に立つ。
とても目の前のソレが見逃してくれるとは思えない。
だから、
「イリア、せめてあんただけでも逃げて」
「は? 何を言って……」
「新星が堕ちれば、国民の不安が増加する! だから、新星は負けるわけにはいかないんだ。そしてイリア、あんたさえいればパーティーは立ち直せる、時間はかかるだろうけど……あんたさえ生きてりゃ銀蒼の大楯は負けじゃない!」
確かに、彼女こそがこのパーティーの象徴であり、彼女さえいれば『銀蒼の大楯』は完全に消えないだろう。客観的に見ればそうかもしれない。
だが、イリアはそんなこと、一ミリたりとも思ってはいなかった。
「そんなわけないだろ!」
イリアが声を枯らす勢いで、そう叫ぶ。
仲間が一人でも死ねば、それは間違いなく敗北だ。
彼女は時間稼ぎに残るという口ぶりだが、そんなことを受け入れられるはずがなかった。
その言葉に対し、ルビアは再度反論しようとし、
「何があっても……イリアは」
その先の言葉を綴ることはなく、そしてイリアらが聞くことはなかった。
そして今後もないだろう。
剣を構える彼女の胸を、怪物の腕が貫いた。
腕が抜かれ、ポッカリと開いた風穴には血が滴っていた。
しかし、それだけでは終わらない。
「お前、何を」
ソレはまだ温かいルビアの死体を持ち上げると、その裂けた口を限界まで開き、喰らい始めたのだ。
『コ、コレハイイ!』
ルビアを喰らうソレは興奮しているようで、複眼が見開かれている。
異質だ。言語を喋り、死体を喰らい、興奮するモンスター。
そしてそのあとすぐに異変が起こった。
ソレの体が異音を立てながら変形を始めたのだ。ぐちゃぐちゃと気色の悪い音と、ゴキゴキと何か硬いものが丸められるような異音と共に、変形してゆく。
そうして再度形の定まったソレは、落ちていた剣を拾い、器用に構えた。
「うそ、あれって」
その構えは、食われた剣士ルビアと同じものだった。
それだけじゃない、ソレの放つ威圧感も増している。
「こいつ、食べることで進化するのか!?」
そう言えば、昔。そんな生物兵器を生み出し、暴走させた研究者がいたと言う話をきたことがあった。
結局、それは『極夜の宴』の手によって屠られたが、それまでに酷い被害を撒き散らかし、最悪の事件の一つに数えられている。
その研究者は処刑されたと、イリアはそう聞いていたが。
「あの時の研究者がまだ生きて?」
何故、今なお研究が続いているのか、そして何故このタイミングなのか。
分からない、頭が正常に働いてくれない。
それでも二つ、確かなことがある。
まず一つに、この情報を早く、冒険者ギルドと国に伝えなくてはならないと言うこと。
早急に対策を練るために。
「くっ……皆、撤退だ!」
それから、この情報を持ち帰るために全力で走った。
しかし、大量のモンスターにより、退路を埋め尽くされる。
「隠れていたのか!」
まるでイリアらを逃さんと言うかのようにモンスターが徒党を組んで立ち塞がる
「っ、まずい……」
背後から迫る異質な気配。
今この場において最も食べられると不味いのがイリアだと、彼女自身、自覚していた。
もし、彼女の予想通り、あれが喰らうことで進化する例の生命体なのだとすれば、イリアを喰らうことでさらにSS級に近いてしまう。
それだけはあってはならない。
それに、イリアでなくとも、ここにいるS級が食べられるとさらに強力になってしまう。
「そこをどけぇ!」
モンスターの群を大楯を構え、押しのける。
自身を、仲間を守るために。
そうすることで、この国を守るために。
どれだけボロボロになろうとも進み続ける。
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