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09 行方不明者の噂

 ◇


 開店は夕方からなのだが、その時点では客はあまりいない。

 開店してしばらくは暇な時間が続いた。

 そして、日が沈んだ辺りから、急激に増える。

 これは客層ゆえの現象なのだろう。この酒場の客の多くは冒険者で、稀に商会勤の客もいる、と言った感じだった。

 依頼で募った疲労やストレスを、大量の酒で洗い流す。

 酒場ゆえに客の回転は遅いが、注文はひっきりなしにくるため結構忙しい。

 一品あたりの量が少ないのも大きな理由だろう。

 故に、洗い場は結構大変だった。

 絶えず、新たな汚れた食器が舞い込んでくる。


「大変かい?」


 厨房で料理をしながら、リア姉さんがそう問いかける。


「想像以上の忙しさに驚いてはいます」


「そのわりに、疲れてないって感じだけど?」


 忙しさは感じつつも、疲労はあまりなかった。

 元々、鍛えていたのもあるが、それ以上に若さは偉大だなと痛感させられる。


「体力には自信があるので」


「ふーん」


 この酒場は厨房や洗い場が客から見える位置にあり、距離感も近い。

 そのため、接客の様子も見えるのだが、どちらかと言えばあちらの方が大変そうだ。しかも彼女はただ業務をするだけでなく、あの忙しい状況下で、客の問いかけや雑談にもしっかりと、それでいて笑顔で対応していた。

 あれは流石に私にはできそうにない。


「そうだ、サフィアちゃんも冒険者だよな?」


「はい。それに新しく入ったグレイも」


「ほう、新入りも?」 


「まぁ、はい」


 洗い物の仕事はきっちりとこなしつつ、そう返事を返す。

 話しかけてきたのはだらしない腹ではあるものの、筋力のある太い腕をした中年の男性だった。


「なら、二人とも依頼を受けるときは気をつけな。最近、ここらで何人も行方不明者が出てるって話だぜ。しかも、調査に向かった冒険者たちも、その姿を消してる」


「そうなんですか……それは怖いですね」


 適当にそれっぽい言葉を返す。

 サフィアはギルドに顔を出しているため色々と知っているようだったが、行方不明者について私は初耳だった。

 冒険者として登録こそしているが、冒険者ギルドに行ったのはあれっきりだ。

 この街のギルドには、まだ顔さえ出していない。


「まぁ、この街の中にいる限りは気にするこたぁねぇが、街ん外出る時は気をつけな。特に、ほら……あそこにB級ダンジョンあるだろ? そこがあぶねぇって話だからよ」


 聞けば、すでにA級冒険者も一人、犠牲になっているとか。

 A級ともなれば、冒険者としてはエリートと言っていい等級だ。実力も確かにある。

 そんな人員を派遣してもなお、行方不明の原因はわからず、しかもその人まで行方不明になる始末。

 ただ事ではない何かが起こっているのは確かだ。


「冒険者ギルドも流石にヤベェって思ったのか、今はB級ダンジョンの攻略依頼を取り下げてる。ありゃ、絶対何かあるね」


 そんな中年の男の前に座る、ジョッキを手に持った男が頬杖をつきながらぼやく。


「本当、嫌だねぇ……銀魔の剣鬼が死んでから、まるで押さえが効かなくなったみてぇにこういう事件が発生してやがる。モンスターらも、なんか分かるんかねぇ。そういうのが」


「あぁ、ほんとそれな。国も新星も、その対処に追われてるって話だしよぉ。俺は白金の騎士団に期待してたんだが、なんだかあんまりいい噂きかねぇしな。貴族とかお偉いさんの依頼ばっかり受けてるって話だし」


 そんな酔っ払いの話を、私は複雑な思いで聞いていた。

 ざっくりとそう言う現状をロイスからは聞いていたが、事態は想像以上に深刻らしい。

 私は自分の死をたかだか老兵の死程度に考えていた。今更私一人が死のうが、何かが変わることはない。極夜の宴が解散した時のような混乱はもう怒りはしないだろうと。

 しかし、その考えは甘かったようだ。

 私の死は、極夜の宴の残した威光を完全に消し去ってしまった。


「いやいや、俺ははなからあいつは信用してなかったぜ。シエンっつたか? なんだか、いけすかねぇ顔してるし、美人侍らせまくってるしよぉ」


「はぁ? そりゃただのお前の僻みだろ?」


「ウルセェよ!」


 そう言って豪快に笑う。


「まぁ、あれだ。銀髪のにいちゃんも、気をつけるんだな」


「あはは……気をつけます」


 行方不明者、ね。

 気にはなるが、冒険者ギルドが攻略依頼を取り下げたと言うことは、おそらく、その必要がなくなったと言うこと。

 もし、冒険者たちに危険を周知させたいのなら、依頼は取り下げではなく、必要等級の引き上げになる。

 依頼を取り下げたいうことは、近々相当腕の立つ冒険者か、あるいは王国騎士団が派遣されるのだろう。すでに依頼を誰かが受理しているはずだ。

 であるならば、私の出る幕ではない。


 少し気になる話題こそ出たものの、その他はただの酔っ払いの雑談がたまに飛んでくるだけだった。

 そして、日が変わって少しすると閉店時間となる。

 後片付けを終えると、リア姉さんが話しかけてきた。


「グレイ、初日お疲れ様。どうだった?」


「大変でしたが、楽しかったです」


 新たな体験というのは楽しいものだ。

 もちろん、これが日常化した時、それでもなお楽しいと言えるかは分からないけど。


「そうかい、そりゃよかった」


 そんな会話をリア姉さんとしているうちに、サフィア先輩はもう帰宅の準備を終えていた。


「リア姉、私は失礼しますね」


「おう、お疲れさん」


 リア姉さんは彼女を見送ると、まるで私の心中を察していたかのようにゆっくりと口を開いた。


「サフィア、明日も依頼なんだと。C級を目指してるらしくてな。ゆくゆくはS級になるって。それが夢らしい」


「S級……」


 冒険者の世界ではA級になれれば成功者と言われている。

 その上に存在するS級は、多くの憧れであると同時に、手の届かない別格のものだと思われがちだし、実際にその考えは間違っていない。

 努力だけで到達できる領域じゃないことは確かだ。


「ほら、私も自分で店やったり、やりたいように生きてきた身だからさ。夢は極力応援するって決めてるんだけど、流石にS級はね」


 だから、リア姉さんがそう言うのもわかるし、これが至極当然な反応といえよう。


「それにサフィアは怪我をしてバイトに来ることもザラでね。私は結構、心配してるんだよ。冒険者として夢を追う傍ら、こうしてバイトまでして、小さな子供たちを養ってるみたいだしね」


「小さな子供?」


「あぁ、彼女はこの街の孤児院の出身でね。そこを出て以降も他の子らの面倒も見てんのさ。最近はなんだか経営がうまくいってなくて、それでサフィアも結構寄付してるみたいなんだ……あ、これ、私が言ったってのは内緒な」


「分かりました」


 冒険者であれば夜中に行われる依頼もあるが、夜の森は昼間よりずっと危険だ。

 視界も悪いし、強いモンスターには夜行性のものも多い。

 下手に依頼を受けるよりは、飲食店でバイトをした方がずっと安全ではある。


「そうだ! グレイは冒険者なんだろ? なら、一つ頼めるかい? もちろん、報酬は払うからさ」


「内容次第ですが」


「うちで人気の山菜の天ぷらなんだけど、今肝心の山菜が不足しててね。とりあえずメニューからは外してるんだけど、復活させようと思って。だから山菜を採ってきて欲しいんだ」


 冒険者であれば、最低限、森に関する知識がある。

 じゃないと筆記試験を突破できない。

 だから冒険者で、かつ冒険者ギルドで依頼を受ける気がない、暇そうな私にそう問いかけたのだろう。


「えぇ、大丈夫ですよ」


 明日の午前中なら暇しているし、森の散歩も悪くない。


「悪いね……前はある二人に頼んでたんだけどさ」


「何かあったんですか?」


 私のそんな何気ない問いにリア姉さんが答えるには、しばし時間がかかった。


「行方が途絶えたのさ……例のB級ダンジョンの近辺で」


 先ほどまでの声量のある明るい声とは打って変わって、低く小さな声で呟くかのように語った。

 私はなんと言葉を返せばいいか分からず、ただただ黙ってしまう。


「……あの時はまだ、そこまで事件化していなくてね。だから、すでに行方不明者が出てるって知らずに、送り出しちまった」


 そのことを今でも悔やんでいるようで、当時のことを思い出してか、拳を強く握りしめていた。


「あの辺りは山菜がよく生えてるからね。それでいつも通り……」

 

 しかし、いくら待てども二人は帰ってこなかった。

 その後、捜索願いを冒険者ギルドまで持って行った際、リアは知った。以前、あそこの近辺でC級冒険者四名が行方不明になったことを。

 その瞬間、良くない想像が頭を支配した。

 何か、事件に巻き込まれたのではないかと。

 それでもまだ、希望は捨てなかった。

 しかし、その後、次々に強い冒険者を送り込んだが、皆が行方不明に終わる。

 そうしているうちに、悟ったそうだ。

 もう、二人は帰ってこないのだと。


「一度は店も閉めて、完全にやめることも考えたんだけどね。でもまぁ、常連に救われて。その感謝の意を込めて山菜のメニューも復活させるって決めたんだ」


 リア姉さんの揚げた天ぷらは美味しいと評判だそうで、皆、彼女の身に起こったことを知っているため、口にこそ出さないが天ぷらの復活を望んでいると……リア姉さん自身気がついているらしい。

 しかし、それは人気の一品であると同時に、店主の、リア姉さんのトラウマでもあった。

 それを私という新入りを迎えたこの境に、克服し、立ち向かうと決めたそう。


「ってなわけだから。グレイはそのダンジョンとは真逆の方向にある森で山菜とってきてくれ!」


「はい、わかり……」


 軽く返事を返そうとする私に、リア姉さんはグイっと顔を近づける。

 そして真剣な面持ちで再度警告する。


「いいかい? 絶対だからね。ダンジョンには近づくんじゃないよ!」


「は、はい」


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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