10 山菜採り、時々鬼
◇
リア姉さんに山菜採りを頼まれた翌日。
私は例の噂のダンジョンとは反対の方角にある山の麓に来ていた。
私なら問題ない、と言いたいところだが原因がはっきりしない以上、いくら腕に自信があろうと油断は禁物だし、リア姉さんのあんな話を聞いた後で、近づく気になんてなれるはずもなかった。
話を聞く限り、少ないがここにもその山菜が生えているらしいし、ここで頑張って探すとしよう。
心地よい日差しに照らされながら、呑気に山道を歩く。
葉と葉が風吹かれ、擦れる音が。
遠くで鳴く鳥の歌声が。
静かな森の散歩のひと時を彩る。
「えーと、これもか……」
リア姉さんに渡されたメモを見ながら、山菜を積んでいく。
こんなにしゃがんだり、立ち上がったりを繰り返しても腰が痛くならない幸せを噛み締めながら。
しかし、やはりと言うべきか、中々目当ての山菜は見当たらない。
「どうしたものか」
リア姉さんからはあまり森の奥には入らないよう注意はされているが、この辺りの森に出てくるモンスターならば、S級冒険者だった私にとっては問題はないだろう。
例のダンジョンの付近のような妙な噂も聞かない。
それにこの近辺を探し回って目標の量を手にれようとなると、日が沈んでしまいそうだ。
酒場の開店時刻に間に合わなくなる。
もっと一般の人が踏入難い、森の奥の方ならばここ以上に生えているかもしれない。
そう思い、木々の間を進んで行く。
そこで思わぬ出会いがあった。
「あれ? グレイじゃん!」
「サフィア先輩?」
そう言えば、今日は依頼を受けるという話だったが、この辺りで依頼を遂行してたのか。
片手には剣をもう片方には盾を装備している。
「うわぁ、奇遇だね」
「そうですね」
サフィア先輩は今、ブレイディアという刃のような鋭い角を持つ鹿のモンスターを狩りに来ていたようだ。
「あれ? 一人なのか?」
思わず素の口調でそんな問いが溢れる。
冒険者はパーティーが基本だ。腕に自信のあるものは一人の場合もあるが、一人の場合、受けれる依頼は限られる。
依頼によっては何人以上という最低ラインが設けられていることが多い。
「うん、ほら。私はこの街からあんまり離れられないし、まだまだ駆け出し……と言っても、もう二年以上になるけど。まだ、パーティーに入れてないんだよね」
小声で「おじさんたちのパーティーに入るのもちょっとね」と付け加える。
その呟きは私にも十分刺さる言葉だった。
何せ、中身がその『おじさん』ですから。
「あはは……」
「意外と若い新人がいなくてね。いても、もうパーティー組む前提の知人と受けにくる人が多いし」
「それで、残念だったと」
もし私が精力的に冒険者活動をするのであれば、その時はパーティーに誘うつもりだったのだろう。
「それに、本気でS級目指す人なんていないしね……」
サフィア自身、分かっているのだろう。
その夢がいかに遠く、高い壁であるのか。
皆がその熱意についてこれないことも。
「私には二人の憧れがいるの。一人は新星のパーティー『銀蒼の大楯』のリーダー、イリア。彼女は大きな盾を使うS級冒険者なんだけど、聞いたことない?」
「うっすらと、そういう冒険者がいるというのは聞いたことがある」
なんでも、めっぽう強いとか。
「それでもう一人は同じく新星『剣侠』のカエデ。今、この国一番の剣の使い手と称されるS級冒険者」
「それもうっすらとなら」
なんでもめっぽう強いらしい。
「グレイって、あんまそういうの興味ないタイプ?」
新星という呼び名が生まて少しした頃にはもう、何人かの仲間は死んでいたこともあって、そろそろ自分も……そう、心のどこかで残りわずかな人生だと覚悟していた。
そんな私にとっては新星がどんな面々で、彼ら、彼女らがどんな未来を切り開くのか興味はあっても、もうその光景を見ることは叶わないのだと考えていた。
だから、あまり調べようとは思わなかった。
「私はね、その盾と剣に憧れた。でも、どっちも優劣付け難い。だから、両方使うことにした」
それで盾と片手剣、か。
てっきり一人だから仕方なく、攻撃と防御を……と失礼なことを考えていたことは、心のうちに留めておくのが賢明だろう。
「そうだ。グレイは何しに来たの?」
「昨日、サフィア先輩が帰った後で山菜取りを頼まれたんだ」
その一言を聞いて、サフィアは少し驚いた様子だった。
「そっか、やっと立ち直ったんだ」
サフィアも当時のことを知る一人だ。
思うところは多いだろう。
「んじゃ、私も手伝わないとだ」
「いや、でも依頼が……」
「いーの、遭遇したらその時狩ればいいんだし」
そんなわけで、二人で山菜を探した。
お陰で、一人で探すよりは早く目的の量に到達しそうだった。
そんな中で、ブレイディアとも遭遇する。
「グレイ、下がって」
「は、はい」
サフィアはブレイディアの鋭い角による突進を盾で受け流し、その隙をつき剣を振るう。
堅実に、安全にモンスターを狩っていく。
「ふぅ……あと一匹で依頼完了っと」
この調子でいけば、私もサフィアも無事に依頼を終えられそうだ。
そう思った矢先のことだった。
生い茂る木々の間から、緑の大男が姿を現す。
「っ、オーガ?」
魔境で出会ったレックス・オーガとは違い、緑色の体をしており、巨体ではあるもののだらしない。一体あたりの危険度はC級程度。
心なしか、顔もレックス・オーガに比べると和やか……ではないか。
「ふむ……」
彼らは行方不明者とも無縁だろう。第一の被害者でさえC級冒険者で、しかも複数人。
であれば、オーガ相手に壊滅というのは考えにくい。そもそもA級冒険者も行方不明になっているわけで、当然だがオーガはA級にとって敵ではない。
そんなことを呑気に考えながら観察していた私の前にサフィアは武器を構え立つ。
何をやっているのだろうか。
「グレイ、私が時間を稼ぐから、早く逃げて!」
「えっ?」
「こんな奥に連れてきたのは私だし、グレイじゃ時間稼ぎにもならないから! いいから早く逃げて!」
「え、えーと」
サフィアの言動に、私は困惑した。
こんなことは初めてだったからだ。
「突っ立ってないで、早く!」
えーと、そうは言われましても……。
実力を隠すならサフィアに任せて逃げるべきだが、その場合、サフィアはほぼ確実に死ぬだろう。
彼女一人では、オーガ四体には勝てない。そもそも一体でも無理だろう。
それに、私は銀魔の剣鬼であることを隠す必要はあっても、弱者を演じる必要は全くないのだ。
「サイファ先輩こそ、下がって」
私はサイファを守るように、彼女の前に立った。
「ねぇ、グレイ! 言う事聞いて! 早く下がって!」
そう、喉を壊すほど必死に叫ぶサフィアの言葉を無視し、拳を握った。
「オーガなら、拳でいいか」
「えっ?」
こちらに向かってくるオーガに、私も歩み寄ってゆく。
「ちょ、ちょっと!」
オーガが私目掛け、巨大な拳を振り下ろす。
それに対し、私も拳を正面からぶつける。
全く大きさの違う二つの拳が衝突した瞬間……バキっ!と骨が砕ける音が鳴った。
「やっぱり、拳じゃ時間かかるな」
骨の砕けた拳を押さえ、悲鳴のような声を上げるオーガを他所に、サフィアに話しかける。
「サフィア、剣借りていい?」
「は、はい」
目の前で起こった事態に困惑しながらサフィアは剣を放った。
「軽い……」
サフィアの剣は片手で扱えるように短く、そして軽く作られていた。
柄も片手で持つこと前提で作られており、短い。
「片手剣は、あまり使ったことがないけど」
まぁ、いけるだろう。
拳を抑えるオーガが下がり、他三体が前に出てくる。
その手にはどこかで拾ったであろう、太い木の枝が握られていた。拳で殴るのは危険と判断したのか。
だが、どちらにせよ無駄なことを。
雄叫びを上げ襲いかかる三体のオーガ。
刹那、重なるように三回、空を切る音が鳴った。
一瞬にして、三体のオーガの首が宙を舞う。
「ぐあ?」
初めに拳を砕かれた一匹は、何が起こったのかわかっていないようで、困惑が見てとれた。
おそらく彼の目に、私の剣の描いた軌道は映らなかった事だろう。
オーガ如きに見える速度じゃぁない。
そんなオーガの元へと、のんびりと歩み寄る。
困惑しつつもその身を守らんと拳を振り上げた時には、もうオーガの首は胴体と繋がっていなかった。
拳を振り上げたまま、首のないオーガは地面に倒れる。
「よし、刃こぼれもないな」
エレナの持っていた剣とは違い、ちょっと不安の覚える出来の剣ではあったが、借りる前と今で見て分かる差はない。
「先輩、ありがとうございました」
お借りしていた剣をサフィアへと返す。
「え、あ、うん」
「オーガの素材は持って帰っていいので。私はこれで」
目的の山菜もとれたし、あとはバイトの時間までのんびりとしていよう。
それにバイトまで多めに時間が残ったので、街であの殺風景な部屋に飾るインテリアを探したい。
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
帰ろうとする私をサフィアは呼び止める。
「グレイ、あなた何者なの?」
何者、か。
昔であれば、私を語る肩書きも経歴も多々あった。
しかし今は、
「ただのE級冒険者ですよ」
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