第39話 悪霊の正体(前編)
アメリー視点です。
マレナが王の寝室に入って来る少し前から、アメリーは竪琴を抱えて、ワードローブの中に隠れていた。かけられているシャツや上着から、ジェラルドのつけている香水の涼やかな香りが漂ってくる。なんだか抱きしめられているようで、落ち着かない。
(だいたい、こんな風に盗み聞きをするつもりはなかったのに……)
***
今夜、ジェラルドが事件以降初めてマレナと会うという話を聞いて、アメリーはその日に合わせて王宮にやってきた。
悪霊のそもそもの目的は、ジェラルドの命。それを狙うのに、アメリーが邪魔だったから、先に殺そうとしただけのことだ。
ジェラルドは母親のイザベルの魂に守られ、悪霊たちの力では今まで死に追いやることはできなかった。ところが、マレナという憑依しやすい身体があったとなると、話は別だ。思念の力でジェラルドを殺すことはできなくとも、物理的な方法――凶器や毒を使えるようになる。
マレナが動けるようになった今、再びあの時の悪霊が憑依して、今度はジェラルドを狙う可能性が高い。彼と接触する機会を逃すはずがない。
悪霊がマレナに憑依しているのなら、わざわざ墓地に行って呼び出すまでもない。アメリーがその場で天に送る方が早い。
そんなわけで、ジェラルドにはまずマレナ本人かどうかを確認してもらう。挨拶を交わす程度しか交流のないアメリーより、五年もの間、付き合いのあったジェラルドの方が判別しやすいはずだ。
もしも『マレナではない』と判断した場合は、アメリーを呼ぶ。
事前にそういう打ち合わせをしていた。
アメリーは隣の執務室に待機しているつもりだったのだが、「近い方が声がよく聞こえるだろう」と、ワードローブの中に突っ込まれてしまった。
「さすがのわたしも、他のお妃様と仲良くしている姿を見るのは気が引けるのですけれど……」
「私が寝首を掻くかもしれない相手に、欲情する愚か者に見えるのか?」
ジェラルドの冷たい眼差しがぐさりと刺さり、アメリーは黙ったまま扉を閉めてもらった。
細く開けられている扉の隙間からは、寝室の様子が見える。マレナが入って来て、二人が話しているところも見えていたのだが、アメリーの想像以上に彼女に対するジェラルドの態度が冷淡だった。
悪霊が憑依しているのならともかく、そうでなかったらマレナがかわいそうなくらいだ。
(泣いている女性を放置するのは、どうなのかしら……)
先日、アメリーが泣いた時は抱きしめてくれたので、もしかしたらアメリーの目があるから、遠慮したのかもしれない。そんなことを考えると、マレナに対して申し訳なく思ったりもした。
――が、どうやらジェラルドは最初から『マレナではない』と、当たりをつけていたらしい。
マレナが不審な動きをした時の彼の動きは早かった。同時にアメリーも呼ばれ、ワードローブを飛び出していた。
(今度こそ、逃したりしないわ!)
アメリーは即座に【交霊の調べ】を奏で始めた。
***
いまだジェラルドの周りには悪霊が取り巻いているので、辺りは一気に騒然となる。それでも以前に弾いた時より、何を言っているのか分かる程度にはなっていた。
『殺せ』と繰り返す悪霊たちの声――ジェラルドにもこの声は聞こえているはずだ。
耐えられなければ部屋を出ていくように言ってある。しかし、彼は顔をしかめているものの、ベッドに押さえつけたマレナの手首を離そうとはしなかった。
マレナに憑依している悪霊は、大聖堂に眠る女性たちを祓い終わった今、王宮の墓地に埋葬されている可能性が高い。リストと照らし合わせても、前国王の妃と側室、五人程度でしかない。端から名前を呼んでいけば、どれかに当たるだろう。
「セリーヌ・ルクアーレ様」
アメリーの呼びかけに、マレナの身体がびくりと反応した。
(まさか最初の一人で当たるとは――)
アメリーの方が驚いてしまった。
後編に続きます≫≫≫




