表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竪琴の継承者 ~第六妃は眠れぬ王の子守唄係~  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/53

第38話 悪霊の目的(後編)

「何者か分からない以上、断定はできませんが、陛下をうらむ者の一人かと。わたしの外出許可が下り次第、みな天に昇ることになります。心残りのある悪霊たちにとって、わたしは脅威になるでしょう。わたしの手に竪琴がない間に、命を奪おうと動き出す者がいてもおかしくありません」


 アメリーは他人事ひとごとのようにも見える単調な話し方をする。自分の命が狙われているというのに、おびえた様子すら見せない。死者と言葉を交わせる者は、死に対する感覚も違うのか。


「結局、その者が本当に殺したいのは、私ということだろう。竪琴を取り上げて、そなたの身を危険にさらしたのも。すべての原因は私にある。そなたが責任を感じる必要がどこにある?」


「マレナ様はわたしがイーシャ族の末裔まつえいであることをご存じでした。この半年以上、陛下のもとで竪琴を弾いていることも知っていたはずです。けれど、つい先日まで陛下に警告をすることはありませんでした」


 アメリーの言葉は、ジェラルドの記憶を呼び起こすものがあった。


(……そう、私もそれがおかしいと思っていたのだ)


 どの時点でも、アメリーがイーシャ族の末裔だと知ったら、彼らを恐れるマレナたち――ガルーディア人が黙っているはずがない。つまり、マレナがアメリーに呪い殺されると騒ぎを起こした日まで、知らなかったということになる。


(ならば、どうやって知ったのか――)


 形だけとはいえ、伴侶であるジェラルドにすら、アメリーは竪琴の継承者であることをなかなか打ち明けようとしなかった。アメリーも容易なことでは口にしないだろう。バリエ家で一緒に育ったエリーズも知らなかった。


「そもそもイーシャ族が奏でる竪琴の音色というものは、どうやって普通のものとその違いを判断するものなのだ?」


 貴族の娘なら楽器の一つや二つ、たしなんでいてもおかしくない。王宮の楽師がくしにも竪琴を弾く者はいるし、それこそ平民の旅芸人ですら扱えるありふれた楽器だ。竪琴を弾けるだけでは、イーシャ族の末裔だとは言いがたい。


(もちろんマレナのことだから、勝手にそう思い込んで、アメリーをおとしいれようとしたとも考えられるが……)


「それを判断できるのは、死者の魂たちだけです。マレナ様はその悪霊から教えられたのだと思います」


「マレナもそなたと同じように、死んだ者の声が聞こえるのか?」


「いいえ」と、アメリーは静かにかぶりを振った。


「竪琴の音を介して、耳で声を聞くのとは違います。心にすきができる時――つまり夢の中でなら、死者の魂も直接言葉を訴えかけることができます。特にマレナ様は普段から不安を抱えて、心が弱い方とお見受けします。だからこそ、悪霊も憑依ひょういしてその肉体を動かせたのでしょう。夢の中で言葉を交わすことくらい、簡単だったはずです」


「私は母の声を聞きたいと願っているのに、夢の中でも聞くことはできないのだな。見るのは悪夢ばかりだ」


「それは――」と、アメリーは気まずそうに口ごもった後、気を取り直したように答えた。


「悪霊の方が声と同じく、思念も強いのです。陛下を取り巻く悪霊たちがいなくなれば、悪夢を見ることも減っていくでしょう。イザベル様が夢の中に現れることもあるかと」


「そうか……」


 ジェラルドが小さくうなずくと、アメリーは話を続けた。


「あの悪霊が動き始めたのは、わたしが陛下のもとで【鎮魂ちんこんの調べ】を弾いた後です。あの時、陛下のもとから逃げた悪霊が何体かおりました。その内の一体が、マレナ様のもとへ行ったと思われます」


「そして、マレナに憑依して、そなたの命を狙ったと。再び狙ってくる可能性はあるのか?」


「ないとは申し上げられません。マレナ様に再び憑依するのか、他の方ということもあります」


「竪琴が手元にないと、そなたが危ないのは間違いないのだな?」


「どうかわたしのことはお気になさらずに。逃がしたのは、わたしの落ち度です。ですから、わたしの責任だと申しました。申し訳ございませんでした」


 アメリーは言葉を切って、深々と頭を下げた。


「そなたが頭を下げる必要はない」


 ジェラルドはベッドを下りてアメリーの前でひざまずくと、彼女の肩をつかんで身体を起こした。そのほおが涙にれている。


「でも……でも、わたしが軽率に【鎮魂の調べ】を奏でたせいで、マレナ様の身を危険にさらしたのです。もし本当にお腹にお子がいたら、殺してしまうところでした。竪琴の継承者として、あってはならないことだったのに……」


 泣きむせぶアメリーの顔を見ていられず、ジェラルドはそのまま胸に抱きしめた。いつものように拒絶されるかと思ったが、アメリーはしがみつくようにジェラルドの上着を握りしめて、声を上げて泣いていた。


(竪琴の継承者とは――どこまでも誇り高く、生者せいじゃにも死者にもやさしい者なのだな)


 ジェラルドを呪う悪霊を取り除くことにしてみても、イザベルが望んだからだった。アメリーは厚意でやってくれただけのこと。その結果、悪霊を取り逃がして、たとえマレナが命を落としていたとしても、アメリーを責めることなどできない。そもそも人をあやめ、うらまれるようなことをしてきたジェラルドの方に非がある。


 しかし、いくら『そなたのせいではない』となぐさめたところで、アメリーは竪琴の継承者として自分を許すことができないのだろう。


 ならば――


「そなたはよくやってくれている。私が何より望むのは、今でも母と言葉を交わすことだ。私の我がままに、最後まで付き合ってくれるか?」


 ただ慰めるより、前に進む道を示す。


 アメリーの頭をでていると、徐々にしゃくり上げる声は小さくなっていった。


「……はい、必ず。陛下のお命まで奪われるわけにはいきませんから」

「そなたも後継者が必要だからな」


 アメリーは突然(はじ)かれたように頭を起こすと、キョトンとした顔でジェラルドを見つめてきた。ジェラルドが涙をぬぐってやると同時に、アメリーの頬が真っ赤に染まっていく。


「そ、そそ、そうでございましたね!」


 アメリーはいきなり大声を出したかと思うと、ドンッとジェラルドの胸を押してきた。ジェラルドはその勢いでバランスを崩して、尻もちをついてしまう。


「なぜそこで突き飛ばす?」

「も、申し訳ございません! 身体が勝手に……!!」


 アメリーは即座に立ち上がると、挙動不審かと思うくらいにジェラルドの前をウロウロし始めた。そして、やおら竪琴をつかんだかと思うと、「失礼いたします!」と叫んで、部屋を飛び出して行ってしまった。


(あれは何を考えている?)


 さっきまでしおらしく泣いていたというのに、突然の豹変ひょうへんぶりにジェラルドの頭はついて行けなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ