第3話 ジェラルド王からの呼び出し
その一か月後、木々の葉が色づく秋の始まり、アメリーはエリーズとともに後宮に行った。
それまでの間、エリーズには顔を合わせるたびに、不満をぶつけられていたものだ。
『妃といっても、いわば妾でしょう? 貴族の家に生まれたからには、政略結婚は当たり前だと育てられたけれど、王妃になれなかったら、一生妾のままなのよ。お父様はわたしの幸せを何だと思っているのかしら』
『正式な妻がいないのに、妾が何人もいて、さらに加えられる女性の気持ちが陛下には分からないのかしら。四人のお妃様たちは、よほど人間ができた人たちなのね』
『毎晩、妃をとっかえひっかえ呼ぶ国王に嫁がなくてはならないなんて。きっと国王の権威をちらつかせて、目についた女性を端から寝室に呼ぶような節操のない男性なのよ』
エリーズがアメリーを侍女の一人に選んだのは、後宮に入ってからもこんな風に愚痴を吐き出せる相手が欲しかったからだと思われる。
そんな文句たらたらのエリーズだったが、初めて王の寝室に呼ばれて戻ってきた時には、完全に態度を一変させていた。
「アメリー、一目惚れというものは本当にあるのね。わたし、あのように素敵な男性は初めてお会いしたわ!」
頬を紅潮させてまくし立てるエリーズは、すっかり夢見る乙女だった。
「そう、それはよかったわね……」
時間は午前零時過ぎ、アメリーはすでにベッドに入ってまどろんでいた頃。そんなところを叩き起こされて、エリーズと同じだけの熱量で喜んであげることはなかなか難しい。
(……まさか、これからベッドの中で何があったのか、赤裸々《せきらら》に語られるの?)
経験のないアメリーにとって興味がないわけではないものの、姉妹のように育ったエリーズから聞くのはどうかとも思う。
そんなアメリーの懸念をよそに、エリーズはジェラルド王がいかに美しいか、紳士的だったかという話を延々としてくれた。
要は、寝室で話をしていただけで終わったということだ。
しまいには、「今夜は興奮して眠れそうにないわ。竪琴を弾いてもらえないかしら?」――と。
エリーズの部屋に行って、彼女が寝つくまで竪琴を弾くことになった。
これもアメリーの侍女としての仕事なので、拒否することはできないものの、だからといって不満など全くない。
エリーズの話し相手と竪琴を弾くこと、これだけの仕事のために、アメリーは衣食住が確保された上に、給金までもらえる。食事の用意や掃除、洗濯などは、平民出身の女官たちの仕事になるのだ。
何より、バリエ公爵邸でクレマンとすれ違うたびに、ゴミを見るような目を向けられなくて済む。ありがたいことこの上ない生活だ。
アメリーは重労働もなく、快適な後宮生活を楽しんでいたのだが――。
ひと月ほどが過ぎたある日の昼過ぎ、宮殿付きの女官がエリーズの部屋にやって来た。彼女たちが妃の部屋を訪れる時は、その夜の都合を聞く時のみ――いわゆる、王の寝室へのお誘いだ。
「もしかして、今夜もお召しなのかしら」
エリーズがうれしそうに顔をほころばせて、アメリーに耳打ちする。
五人の妃が王の寝室に呼ばれるのは、各々週に一回。月曜から第一妃、第二妃……と順番になっている。五番目の妃エリーズは、そういうわけで毎週金曜になる。
今日は土曜で、エリーズは前の晩にジェラルド王の寝室を訪れたばかり。二晩続きでエリーズが呼ばれたとなれば、いかに彼女が寵愛されているかの証明になる。
「エリーズが王妃に選ばれるのも、時間の問題なのではないかしら」
二人でこっそり笑みを交わしていたところ――
「アメリー様、今夜十一時、陛下がお呼びでございます。その際、竪琴をお持ちでしたら、弾いていただきたいとのことです」
「……はい? わたしの竪琴?」
ぽかんとするアメリーに、扉口に立っている女官は無言のままうなずいた。
「もしかして、エリーズが何か言ったの?」
小声で話しかけると、エリーズは困惑した様子で首を振った。
「まさか。わたしが侍女の話を陛下のお耳に入れるはずがないでしょう」
「断るわけには……いかないわよね?」
エリーズがむすっとしながらもうなずくので、「伺わせていただきます」と女官に返した。
その夜、アメリーは他の妃たちと同じように、二人の近衛騎士に後宮の入口で出迎えられて、宮殿に向かうこととなった。
彼らに案内されたのは、三階にある王の寝室《、、》。
(竪琴を弾くだけよね……?)
エリーズの話を聞く限り、ジェラルド王は初対面の女性をいきなりベッドに連れ込むような男性ではないので、そこに不安はない。ただ、妃たちと過ごす場所に足を踏み入れるのは、秘密を覗き見るようで、気恥ずかしさとためらいが先にくる。
寝室の扉が開かれると、窓際のイスに座る長い金髪の青年の姿が目に留まった。顔を合わせるのは初めてだが、この男性がジェラルド王に違いない。
「アメリー・バリエでございます」
竪琴を脇に抱えて淑女の礼をした時、ジェラルドの顔がはっきり見えて、危うく『ぎょっ』と声をもらしそうになった。
(この人を見て、どうして一目惚れができるの!?)
ジェラルドはというと、不躾なくらいにアメリーをじろじろと眺め回していた。その眼差しは鋭く、頭の中まで覗かれているようで恐ろしい。
なのに、その目の下は真っ黒なクマで縁取られていて、明らかに寝不足の様子。そのせいで、せっかくの端正な顔立ちが、絵本で見た幽鬼を思い出させる。
(きっとエリーズの『美しい』の定義は、わたしのものとは違うのね……)
アメリーが気合で口元に笑みを保っていると、ジェラルドに向かいのイスを勧められた。
「早速、一曲弾いてもらおうか」
「何かご所望の曲はおありですか?」
「そなたの得意なものでかまわない」
なんだかそっけないやり取りだと思ったが、よくよく考えてみれば、アメリーは妃ではなく、竪琴を弾きにきた楽師でしかない。
ジェラルドもエリーズや他の妃たちが相手なら、きっと紳士的な振る舞いで、甘い言葉などをささやいてくれるのだろう。
ともあれ、曲の指定はないようなので、アメリーはひざに乗せた竪琴の調律を確かめてから、【ゆりかごの調べ】を奏で始めた。時間も時間なので、心をゆったりさせて眠気を誘う曲がいいだろう。
(この方、見るからに睡眠が必要だもの)
ところが、五分経っても十分経っても、ジェラルドの表情にまったく変化が見られない。それどころか、アメリーの手元を凝視し続けるだけ。アメリーは変に緊張させられて、身体から指先まで強張ってしまう。
おかげで、せっかくの【ゆりかごの調べ】も不快な音が時折混じってしまった。
そして、そろそろ一時間が経とうとした時、やめていいというようにジェラルドの右手が上がった。
「来週は別の曲を頼む」
気に入った様子もないのに、どうしてまた竪琴を聞こうとするのか。理由を問いたいところだったが、それを許さない威圧感があった。さすが国王といったところか。
「かしこまりました」と、アメリーはそそくさ礼をして、王の寝室を飛び出していた。
「それで、昨夜はどうだったの? 何をしたの? 陛下とはどのような話をしたの?」
翌朝、エリーズの部屋に行くと、ものすごい剣幕で詰め寄られた。思い返してみても、語って聞かせるようなことは何もない。エリーズに顔向けできないことも起こっていない。
「本当に竪琴を弾いてきただけよ」
「でも、来週もお部屋に来るように言われたのでしょう?」
「また竪琴を弾きに行くだけよ」
事あるごとにそんな押し問答を繰り返していたが、その三日後に事態は一転した。




