第11話 軽率な行動とその結果
ジェラルド視点です。
昼食を終えて、午後も執務室で仕事をしていたジェラルドのもとに、ディオンが書類を抱えてやって来た。
すでに山積みになっている書類の上に、さらにドサリと重ねられるのを見て、ジェラルドはうめき声をもらしそうになる。
「今日はいつも以上にお仕事がはかどっているご様子なので、追加を持ってまいりました」
ディオンは相変わらず、鬼のような性格をニコニコ顔の裏に隠している。
「お前は私を寝かせたくないのか?」
「とんでもございません。どうせ眠らないのなら、仕事をしていた方が退屈しなくて良いかと思いまして。それとも時間ができたら、何かやりたいことでも?」
「時間があるのなら、視察したい場所はいろいろある」
「それはお仕事の内なので、スケジュールを調整いたします。お出かけになると、その分、書類仕事も増えますが」
「もういい。無駄話はそこまでにしろ」
「あ、そうそう一つだけ。後宮の方が騒がしくなっている、とだけお伝えしておきますね」
「どう騒がしい?」
ジェラルドは仕事の手を止めることなく問い返した。
後宮を管理するのはもちろん女官長だが、最高責任者という意味では国王、ジェラルドになる。問題があるなら、早急に対処しなければならない。
「昨夜はアメリー妃を遅くまで引き留めておられたとか?」
「ああ、話をしていたら遅くなっただけだ」
「――という話を誰かにされたのでは?」
「今朝、女官に聞かれて答えたな」
ちらりと視線を上げると、ディオンは呆れ顔を隠すことなく、ジェラルドを見つめていた。
「その顔はどういう意味だ?」
ディオンはコホンと咳払いをしてから、いつものニコニコ顔に戻った。
「お気づきになりませんか? 毎晩零時きっかりに妃たちを部屋から追い出す陛下が、午前一時までアメリー妃の滞在を許したのです。他の妃たちがそれを聞いてどう思うでしょう」
(私としたことが……!!)
まさかこうしてディオンに指摘されるまで、気づかなかったとは。アメリーの方こそ時間を気にしていたというのに、ジェラルドが無理に引き留めていた。
「……それが原因で、後宮が騒ぎになったのか?」
ジェラルドが恐る恐る尋ねてみると、ディオンはニコニコ顔のまま、無言でうなずいてから口を開いた。
「陛下の軽率とも思える行動に端を発して、早速マレナ妃が因縁をつけにアメリー妃の部屋に乗り込みました」
予想通りの展開に、ジェラルドは手にしていたペンを放り出してこめかみを押さえた。
「またマレナか!」
*
第三妃マレナは後宮に入ってこの五年、事あるごとに他の妃たちと問題を起こしてきた。
まず標的にされたのは、東の隣国フリート王国の王女、第一妃リーゼル。マレナはリーゼルに薬を盛られたせいで、醜く太ってしまったと訴えてきた。
マレナは後宮に来た時点ですでにふっくらした体型だったが、半年足らずの間にその身体は二倍の太さになっていた。
実際、フリート王国は薬の開発が進んでいる国で、リーゼルは自国から痩せる薬だの、肌が美しくなる化粧品などを取り寄せている。
「リーゼル妃は怪しげな薬も輸入しているに違いありませんわ!」
――というマレナの言葉を鵜呑みにしたわけではなかったが、この国では禁止されている麻薬や毒物が紛れていないとも限らない。
念のため、リーゼルに届いた薬品類はすべて確認したが、そのような作用を促すものは見つからなかった。
以降、リーゼルに送られる薬をすべて検査することで、マレナも納得して事は収まった。
次にマレナは、第二妃テレーサに食べるのが止まらなくなる呪いをかけられたと騒ぎを起こした。
テレーサは北に隣接するノルベージ王国の王女で、この大陸ではもう廃れた精霊信仰を今でも持っている。
一日四回、神殿のある北に向かって祈祷をし、肉というものをいっさい口にしない。創造神を信仰するこの国の人間からすると、少々奇異な宗教に思える。
「お祈りはお祈り、呪いとは違いますわ!」と、テレーサはもちろん抗議した。
しかし、形のないものだけに証明することはできず、話はうやむやのまま今に至る。
第四妃ナディアも同じく元聖女ということで、呪いをかけたと言いがかりをつけられた。とはいえ、聖女に特殊な能力がないことは、この国では周知の事実。ジェラルドが「違う」と却下するだけで済んだ。
結果として、マレナは心労による過食症と医師から診断されて、定期的に治療を受けることになった。
それも致し方ないと思えるのは、王女たちが後宮に来た頃は、ジェラルドの粛清の真っ最中だったからだ。
国賓ともいえる王女たちに、影響が及ばないように配慮したつもりだったが、王宮の殺伐とした空気は肌で感じるものがあっただろう。
そうでなくとも、十代後半の彼女たちが、家族のもとを離れて知らない国で生活するストレスはあったはず。その中でも顕著に表れたのが、マレナだったということだ。
ところが、ひと通りの粛清が終わって王宮が落ち着いてきても、後宮では妃たちのいざこざが絶えない。
それこそ、寝室に滞在する時間が一分長かっただけで、『陛下に引き留められてしまいましたの』と、他の妃たちに吹聴して歩く。
逆に一分でも短くなろうものなら、『陛下のお気に障るようなことをしてしまいましたか?』と、涙目ですがりついてくる。
ジェラルドはとにかく妃たちを刺激しないように、細心の注意を払って平等に扱うようにしてきたのだが――。
*
「昨夜はうっかりしていたのだ!」
「そういう問題ですか?」
「他に何の問題がある?」
ジェラルドが顔を上げると、ディオンは何か物言いたげな顔をしていたが、「いえ、何でもございません」と首を振った。
「それでどうなった?」
「アメリー妃は謙虚な方のようで、『陛下の寵を受けているのは、わたしよ』などと言い返すようなことはありませんでした。おかげで、大した騒ぎにはならなかったとご報告します」
ジェラルドはほっと息を吐いて、書類の上に転がっているペンを取り上げた。
「当然だろう。本当に何もなかったのだから。アメリーが嘘をついてまで事を荒立てる理由がない。だいたい、自分から『形だけの妃』でいいと言ってきたくらいだ。他の妃のことなど、意にも介していないということだろう」
「陛下はそれでよろしいのですか?」
ジェラルドが『別に』と答えようとした途端、今頃になって腹の底からふつふつと怒りが込み上げてきた。
「……いや、どう考えてもおかしい。どうして私の方が拒否されなくてはならない? 私の妃になった以上、暗黙の了解というものがあるはずだろう。あれでは、私に手を出すなと言っているようなものではないか」
「陛下、拒否されたのですね……」
かわいそうにと言わんばかりの目を向けられて、ジェラルドの腹の虫はさらに活発になっていた。
「お仕事、はかどらなそうなので、今日はほどほどで良いですよ」
ディオンは最後にそんなことを言い残して部屋を出て行った。




