開演前 002
「どうも、トルテン先生」
レグたちが教室で演習会の話をしているのと時を同じくして――学園ソロモンの一階、教職員用のフロアの廊下で、二つの人影が交錯していた。
声を掛けたのは、踵まで届く長い銀髪を携えたエルフ。
声を掛けられたのは、訝しげな表情で睨む魔術師。
「……どうしました、メンデル先生」
魔術師――上位魔法学主任のトルテン・バッハは、にやつきながらこちらを見つめるエルフに、嫌悪感を隠さぬ口調で応対する。
「いえね。一年生の演習会を対人形式にしようと提案したのがあなただと聞いたもので……その心づもりを確かめようと思いまして」
対するエルフ――落第組の担任メンデル・オルゾは、一歩も引くことなく普段の調子で切り込んでいく。
「……特に他意はありませんよ。今年の一年生は実力のある者が多いですから、より実践的な課題の方がいいと思ったまでです」
「実力がある者……例えば、お宅のクラスのエイム・フィールくんですか」
「彼はもちろんですが、他にもリツカ・ルーベルにマックス・シャトラ……それにエルフ組のシエル・キッドも中々の実力を持っているでしょう」
「人間組の優秀な生徒の名を出さないのは、いかにもあなたらしいですね」
トルテンと相対しながら、メンデルは不敵な笑みを崩さない。
「……そもそも、教員会議をすっぽかし続けていたメンデル先生にとやかく言われる筋合いはありませんがね。何やら、落第組の者たちに修行をつけているようですが……そんな無駄なことをしている暇があったら、魔術師やエルフのために時間を使ってください」
「あの会議は僕がいてもいなくても変わりませんから……それに、学長からレグくんの面倒を見るようにと頼まれていますしね」
レグの名を聞いたトルテンは、露骨に顔を歪める。
「ふん……。あの呪いの子に、学長もあなたも随分肩入れしているようだが……今度の演習会で、あのノーマルの化けの皮も剝がれるでしょう。あなた方が期待している程の逸材ではないと」
「それはどういう意味ですか?」
「言葉通りですよ、メンデル先生。『辺境の魔女』の口車に乗せられてあいつの将来性に期待しているようだが、そんなものは皆無です。所詮は人間、魔術師には遠く及ばないということを、私のクラスが証明してくれるでしょう」
「なるほど……レグくんが無能であると証明したければ、魔術師組の生徒が彼を潰すのが手っ取り早いでしょうね。早々に無能の烙印を押すことができれば、彼をこの学園から排除しやすいですし……そしてその先は、呪いの子の処刑ですか?」
「ふん……」
見る者を挑発する笑顔に、忖度のない言動……協調性のなさも相まって、メンデルが教師陣から好かれていないのは明白であった。
「ですがトルテン先生。あなたの高尚なお考えには穴がありますよ」
「……そうでしょうか。私には、演習会当日に無様を晒しているあいつの姿しか見えませんが」
「それは随分、僕から見えている景色とは違いますねぇ……」
言いながら、メンデルはゆっくりと歩き出す。
そしてすれ違いざま――性悪そうな声色で、囁いた。
「レグくんはあなたが思う以上に強い……そして何より、彼のチームを舐めていると、痛い目を見ますよ」
それでは~と手をひらひらさせながら、メンデルは廊下の奥へと消えていく。
「……ふん。エルフ風情が」
朝から気分が悪くなったトルテンは、ローブを羽織り直し、怒りのこもった足取りで魔術師組の教室へと向かう。
「……痛い目を見る、か」
正直、メンデルの謎の余裕が気になるのは事実だ。
――潰すなら、完膚なきまでにやらなければ意味がない……。
エイム・フィールという実力者に、落第組の全員が束になっても敵わないのは自明の理だ。レグのチームには落第魔女のエルマ・フィールもいるのだから、負ける要素など一つも無いはずである。
――だが、あのエルフのことだ。最近やっている修行とやらで、何か仕込んでいる可能性もある……。
メンデルのにやけ顔を思い出し、トルテンは眉間にしわを寄せた。
――ふん……念には念を入れてやるとするか。
彼は自身の計画の盤石さに、満足げにほくそ笑む。
演習会まで、残り六日。
当事者である生徒たち以外の思惑も、錯綜する。




