第21話 禁書庫。
薄暗い禁書庫のさらに奥へと足を進める。
迷いのない歩みは、この場所が初めてではないことを物語っていた。
幾重もの結界に守られた書庫の最奥に、黒い壁が現れる。
それは皇族、しかも皇位継承権を持つ者にしか視認できない扉。
他者にはただの闇の広がりにしか見えず、その幻術を誰が施したのかすら皇族の記録に残っていない。
クロードが手を触れると、白い光が扉の輪郭を描き出す。
中央に浮かぶ魔石に魔力を流し込むと、光は消え、道が開かれた。
中へ入った瞬間、耳が詰まり、身体は水中を進むように重くなる。
小さな本棚に並ぶ二十冊ほどの禁術書。その中から精神魔法の書を抜き取り、椅子に腰を下ろす。
「……強力な魅了ではないはずだが、人数に際限がないのが気になる」
ページを繰り、魅了の項を読み込む。
魅了は魔力量と術者の器に比例する。だが、クシュナ子爵令嬢の器と魔力量で、あれほどの人数を盲目的に従わせることは不可能だ。
「……となれば、魔道具か」
皇国製の禁術道具はすでに回収・破壊されている。
残るは他国製。精神系の恐ろしさを軽んじる隣国が作った粗悪品か、あるいは──かつて皇国が誇った水準に匹敵する代物か。
いずれにせよ、令嬢にとっては得難い宝。常に身につけ、決して手放さないだろう。
外す時は、すなわち拘束される時だ。
「常時発動できる装身具……指輪か、首飾りか」
クロードは結論を導き出す。
確認には、彼女の好む「見目の良い男」を近づける必要がある。だが、魅了耐性の測定を怠れば、こちらの情報を漏らす危険がある。
慎重に包囲を整え、自らが探るしかない。
さらに書をめくると、禁術を跳ね返す魔道具の記述が目に留まった。
“反射鏡”──精神系の術をほぼ全て弾き返す特殊な鏡。
「……便利なものを考えたものだ。完成していれば、だが」
夢中で読み進めるうちに、指先が痺れ、呼吸が浅くなる。
この部屋は魔力を吸い続ける。王族であるクロードですら、一時間を超えれば危険だ。
「頃合いか」
書を閉じ、禁書庫を後にする。
◇◇
扉の前には、側近マルセルが待っていた。
不安を隠しきれない顔で。
「殿下、顔色が……」
「魔力を吸われ過ぎた。もういい、戻るぞ」
ふらつく身体を支えようとするマルセルを制し、背筋を伸ばして歩き出す。
「無茶をなさる」
「サフィが心配しているからだ」
それが全てだと言わんばかりに。
「……オルペリウス嬢のこととなると、殿下は本当に無茶をなさいます。倒れられれば、彼女に余計な心配をかけることになります。どうかご自愛を」
マルセルは呆れつつも忠告を続ける。
クロードは甘い声で「サフィ」と名を呼び、マルセルにサフィには秘密と口止めした。
私室に戻ると、ソファに深く腰を下ろし、温かな茶を口にする。
冷えた身体がじんわりと温まっていく。
「結論から言えば、禁術の魅了で間違いない。
だが、あれほどの人数を従わせるには膨大な魔力と器が必要だ。
クシュナ子爵令嬢には、そのどれもが欠けている。
ゆえに、魔道具の線が濃厚だ。……粗悪な他国製だろう」
アインス達からの情報からも魅了だろうと判断出来ていた。
「装身具の可能性が高い、ということですね」
「ああ。ただ、決めつけは危うい。実際に確認するまでは断定できない」
クロードは目を閉じ、記憶を探る。
だが、サフィ以外に興味を向けたことはなく、令嬢の装身具など記憶に残っていない。
「魔法術師団から数名を近づける。魅了耐性を測定中だ」
「承知しました」
「問題は、その魔道具を誰から入手したかだ。……考えたくもなかったが、こうなってみると隣国の影が見え隠れする」
隣国が内から壊し、外から仕掛ける──嫌な予感しかしない。
「……滅ぼしてしまった方が早いかもしれんな」
クロードは心底うんざりしたように吐き捨てる。
だが、すぐに顔を和らげた。
「そろそろサフィが戻る頃だ。サフィが好むお茶といつもの菓子を用意させろ。
この話は、彼女の前では一切するな」
「承知しました」
マルセルは心中でため息をつく。
サフィリーン嬢に会えると知った殿下の顔は、とろけるように甘く──
忠臣としては呆れるしかなかった。
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