第8話 仇持 ヨークの話-2
重しに乗っかられながら、しばらく馬車に揺られ、たどり着いたのはさすが王女様の家といった感じの大きな屋敷の前だった。
後ろを見ると、大きな女神像、これが上にのっていたのか。どうやら信心深い王都の民なら、神様の像の下までは詳しく調べないだろうということらしい。そんなんで大丈夫なのか城の警備。まぁ王女の紋のおかげかな、警備をすり抜けられたのは。
体中に着いた藁をはたき落としながら門をくぐる。十分に大きな門扉だったが、どうやら裏門らしい。そりゃそうか私みたいなもんは表から堂々とというわけにはいかないしな。
インジに連れられて館の二階の部屋まで行くと、カイカ王女が不敵な笑みを浮かべ待ち構えていた。
「どうだったね。王都の観光は」
こちらをまっすぐ見つめながら王女が尋ねてくる。
「今日のところは空振りだね。まぁまだ名簿の半分もいってないし、明日が本番といったところでしょうか」
「ふん、そうか。でもあまり悠長にはしていられないぞ。日程も迫っているんだからな」
そうはいっているが王女の顔は悠然としている。
「ハイハイ、そうですね。分かってます、分かってますよ。それはそうと今日は何で呼び出されたのさ。報告ならインジがいるから十分でしょうに」
尋ねると、王女は愉快そうな笑みを浮かべながら従者を呼び、大きな箱を一つ持ってこさせた。その箱を開けつつ、
「これを君に見せようと思ってね。まだ試作品だが」
箱の中には、真新しい銃とその部品らしきもの、銃弾が並べられ収まっていた。
「どうしたんですかこれ、一体どこで?」
驚きと興奮で少々声を荒げてしまった。
「私は、君がセイと闘った時に落とした銃を預かっていてね。それを、見繕った職工達に見せて造らせてみたんだ。改良もしてみたが、どうだろう」
手に取ってみる。知識は多少あっても所詮素人考えで造った以前のものより洗練されている。撃った後の排莢から弾を込めるまでが素早くできる、これなら三発、四発目までの連続した射撃も可能かもしれない。
「ふふっ、なかなかいい出来みたいだな。そんな顔をしている。銃自体の強度も高めてあるし、これなら火薬を調合して弾の射程も伸ばせる」
これはいい。これなら魔法相手でも結構いいとこまでいくんじゃないか。王女を見ると、
「まぁ、普通の町娘がこんなもの持ち歩くわけにもいかないだろうから。しばらくは私が預かっておくが、折を見て君に返そう」
「えっ、いいの。ホントにっ!」
見つめつつそう言うと、王女は楽し気に笑いながら、
「構造も把握したし、複製も可能になった。それに君以上に扱える者が私の軍団に今のところいないんだ。残念ながらね」
そうして、その日は夜更けまで、「技術的に難しいかもしれないけどこうできるといい」とか、「こういう銃や弾丸もあるといいのでは」と銃についての談義を繰り返し、王女はそれを笑顔でありながらも真剣に聞いていた。
翌日は朝から、またインジと王都内を散策しつつ、名簿に載っている箇所を巡っていった。かなり疲労困憊だが、その甲斐あってか、とある貴族の家の近くで、あの日見た面影のある男を見つけた。私のことを子供と侮り見逃したあの男だと思う。そのことを早速インジに伝えると、
「ふーん、ここですか。ここの貴族の私兵のようですね。まぁ、ここは特に臭いと睨んでいた家の一つですので、間違いないでしょう。これで確証が持てましたよ」
そう言いながらもインジは難しい顔をしている。王族やら貴族やらいろんなしがらみがあるんだろうな。
「まぁ、でも念のためです。名簿の残りも見て回りましょう」
マジか。まだ歩かないといけないのか。まだ軽やかな足取りのインジに手を引かれながら歩き続けた。
結局、それ以上の収穫はなかったが、
「まぁこれからは、私の仕事です。あの貴族についてもっと深く調べてみましょう」
と、インジは言っていた。そうこうしているうちに『流民の宿』に戻ったのは夕暮れ前。
「一応、これで今回は終わりですが。どうしますか、今日は。何だったら私の家にでも」
とインジが鼻息荒く迫ってきたが、
「今日はもう帰るよ。早く帰らないとアイリも心配してるだろうし」
「そうですか。それは残念です。ではここで」
心底、残念というような顔をしてる。危ない。
その後、また路地を通り抜け、大通りに出る。まだまだ、人通りは多く活気があふれている。やっぱり田舎とは違うな、都会はにぎやかだ。
家族連れがすれ違っていく。なんだか切ない気分になってきた、早くアイリに会いたいな。門に向かう足が自然と早足になった。大通りを門に近づいてくと右手側に大きな建物が見える。
ふと、その大きな入り口に目がいく、そして、一瞬にして凍り付いてしまった。
あの男だ。見間違えるわけがない、あの時の光景は網膜に焼き付いている。毎日、思い返さない日など無いのだから。インジの兄を殺し、そして大好きな大好きな父と母を殺したあの男が、そのひと際大きな建物から出てきたのである。
何かを考える暇などなかった。もう、頭の中は真っ白で、手は懐に隠していたナイフに伸びていた。やってやる、あの時できなかったことを今こそ。
グッと手に力を入れ、ナイフを引き抜こうとしたその時、何者かに手首を抑えられた。後ろを睨み付けると、
「いけません。あの男にナイフ一本で襲い掛かるなんて自殺行為ですよ」
インジだった。
「よかった、後をつけて来てて」
彼女は、ほっと溜息をつきつつそう言う。
「でも、インジ。あの男はインジの……」
その時、私の手首を掴むインジの手がフルフルと震えていることに気付いた。腕は千切れんばかりに力強く握られている。
そうか、インジも私の様子を見て、あいつが自分の兄の仇であることに気付いているのだ。その上で、私に今はまだ我慢しろと言っている。
「インジ、わかったよ。分かった、だから離して。手、痛いよ」
「済みません。」
ほんの少し物悲しげな顔をしつつ、手を放す。
もう一度、通りの向こうを行く男の顔を見定める。やはり、間違いなくあの男だ。次見た時こそ、絶対に逃がさない。仕留めてやる。
絶対にだ。