第8話 仇持 ヨークの話-1
「あーっ、まじで焦ったー」
つい口からこぼれ落ちた。まだ背中で冷や汗をかいている。
まさか、黒山のような人だかりの王都であの王子に見つかるなんて思いもしないし、いきなり魔法でも食らわされるかとひやひやした。
まぁ、王女様が何かしら手を回してくれたんだろう。どうやら、いきなり捕まったりはしないらしい。ひとまず安心だな。
そんな事実に内心ほっとしつつ、路地を歩いていると少し開けた場所に出た。目の前には古びた酒場が建っており、『流民の宿』と微かに読める字で書かれた看板がかかっていた。
どんなに品行方正、清く正しい王都であっても、裏に入ればこんな怪しげな店の一軒や二軒はあるもんだ。この店は、看板通り私たちのような流れ者が多く集まって、情報交換したり、仕事を探したりしながら飲食する、そんな場所。
私も王都に訪れる度、ここに立ち寄り、情報を仕入れていたものである。
ただ、今日はいつもと違い待ち合わせである。ここで王女様の使者と落ち合うことになっていた。入口から中を覗くと、まだそれらしい人物は来ていないようだ。しょうがない、飯でも食いながら待つこととしよう。
カウンターに近づき、適当になにか腹にたまりそうな物を頼む。アイリの作るさっぱりとした食事もおいしいが、たまにはこんなところで体に悪そうなこってりとした味付けのものも食べたくなる。
しばらくすると、塩漬けにした肉に香辛料をたっぷりかけ焼いたものがパンに挟まって出てきた。まさにジャンクフードといった態だ。さぁ、食べようとしたその時、
「おいっ、姉ちゃん」
こんな場所にはお約束の下卑た感じの声が響いた。酒場にはこういった輩が多くて参るね。振り返ると、全身にメチルアルコールでも浴びたのってくらいアルコールの匂いを漂わせたオヤジが一人。
「おい、姉ちゃんこっちで一緒に飲もうぜ」
「うっさい、あっちで一人で飲んでろよ」
うんざりするほどお約束な奴だ。
「アーン、なんだお前ひとりで寂しそうにしてるから、声かけてやったんじゃねえか」
男はそう言うと手にナイフをもって脅そうとしてくる。くそ、めんどくさいな。15歳の女口説こうなんてロリコンが。
腰に手を回し、剣を取ろうとするが、しまった、今日は門の検査で怪しまれないよう剣も銃も置いてきたんだった。こんな時に限ってってやつだ。
「おいっなんか言えよ。きれいな顔に傷がついちまうぞ」
と顔の前にナイフを突き出してきた。
次の瞬間、カウンターを蹴りその反動で椅子ごとひっくり返る。
そのまま椅子を手に男の持つナイフめがけて殴りつけると、ナイフは男の手を離れ床に突き刺さる。
最後に、無防備になった男の顎を狙いまわし蹴り。
そうすると、酔いが回りすぎたのか、脳が揺れ過ぎたのか男はそこに突っ伏して倒れた。床に刺さったナイフを手に取り、男の腰についていた鞘に納め、迷惑料代わりに貨幣入れの小銭と共に頂戴する。
椅子を立て直し、再びカウンターに着いた時にはざわついていた周囲もすでに落ち着いていた。こんなことは日常茶飯事なのだろう。あーあ、くそオヤジのせいでせっかくの料理も冷めている。しょうがない、冷めた料理を食べつつ、
「マスター、そこの棚の……」
「だめですよ。お酒なんか飲んじゃあ」
「ひゃっ!」
背後からいきなり耳のそばでささやかれ思わぬ声が出た。一体いつの間に現れたんだ。そこには、王女の従者であるインジがニヤニヤしながら立っていた。
「それにしても、素手で見事なもんです。いくら酔っ払いとはいっても物の数にも入らないってところですか」
「当然だろ、これくらいは。じゃなきゃ敵討ちなんか考えないよ。ていうかいつから見てたんだよ」
「セイ王子から逃げてきたあたり、からですか」
そんな前からかよ。
「だったら、早く来てくれりゃあ絡まれることもなかったのに」
とぶつくさとつぶやく、
「まあまあ、立ち回るあなたもかわいかったですよ。ナイフも手に入ったことだしいいじゃないですか。」
と悪びれる様子もない。
「まぁいいや。でっ今日はどうするんだ」
「今日はですね。私があなたに王都内を観光案内して回ろうかと」
観光案内? 一体何の事だ。不思議そうな顔をする私を見て、
「まぁ、これをご覧なさい」
インジが紙の束をカウンターに置いた。
「この資料はカイカ様が怪しいと睨んだ貴族や騎士たちの名簿です。貴族たちの私兵も含んでいるので結構な量ですが」
こんな資料があったのか。ペラペラと紙をめくる。
「で、あなたは村を逃げた時、何人か顔を見ていたはずです」
「つまり、これからこの資料に載っている場所を巡って、あの時のやつらを見つけようというんだな」
「そういうことです。とりあえずここから近いところから始めていきましょう。あと、夜に一度顔を出せとカイカ様が」
うーん、出来る事なら会いたくはないが、無視する訳にもいかないだろうな。
「じゃあ、行きますか」
とその前に、冷え切った料理を食べあげ、
「ごちそうさんでした」
カウンターに代金を置く、無愛想な顔したマスターがこちらをチラッと見ると何も言わずに仕事に戻っていった。愛想ないなぁ、ほんと。
………
うぇー、もう歩けねぇー。足が棒になっちゃうよ。もう日も暮れてきた。
「今日はもう引き上げようよ。インジ。王女様も待ってんじゃねえの」
前を行くインジに呼びかけると、
「そうですね。もう目標達も出歩く時間じゃないですし。そろそろ馬車もつく頃かな」
「馬車ってなんで? どこに行くの」
「そりゃあ、王女様のいるところと言えばお城でしょう。貴方にはこれから荷物になって馬車に積み込まれてもらいます。まぁ、カイカ様の紋章のついた馬車なんで荷を改められるようなことはないと思いますが、念のためですね」
城かぁ。城なんか近づいたことすらないな。微かに高揚した。
「じゃあ、そうと決まれば『流民の宿』まで戻りましょう」
また歩くのかぁ。高まった気分も萎えてしまう。インジはまだ元気そうな足取りで宿に向かう。
疲労感満載で宿に着くと、すでに馬車は到着しており、荷台には空の箱が用意されていた。これに入んのか。結構小さい。
「さぁ、その箱に入ってください」
と半ば無理やり詰め込まれた上に藁をかけられ、何らかの結構な重量のものが乗せられた。重い。
「じゃぁ、出ますよ」
馬車がゆっくりと進みだした。




