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妾は気弱な闇の女王  作者: ヒラサカ
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豚に近づく日

良いお年を!

 というわけで私が巫女になってからしばらくの時が経ちました。自宅にいる日と神殿にいる日が半々くらいになり、そして巫女として魔王城に赴く事も多くなり。忙しくて充実しているからと、と対象者探しが疎かになっていたと認めます。すいませんでした!

 あ、でも魔王様にも良くしていただけている気がするし、何にもしていないわけじゃあなかったんですよ。


 そう、魔王様といえば、その息子の一人、ヴァレイオスの事だけど。

 城に行く回数が増えるのに応じて彼と会う事も多くなった。勿論、王城内で顔を合わせる事は滅多にないし、あっても挨拶をしてすれ違うくらい。こっちは巫女として行動中だし、向こうも立場とかあるしね。

 私が神殿に泊まる日の自由時間の時に、あの広場で会って遊んでいるの。彼には相変わらず私の他には友達は出来ていないみたいだわ、まあそれはお互い様なんだけど。性格はウジウジ君のままだし、魔力も目覚めていない。

 

 ゲームとはずいぶん違う印象を受けた魔王様だけど、あれは同じ魔物同士だからとか一応婚約者だったからという気安さがあったせいかしら。ルートを攻略したとはいっても、ほんの一面しか知らなかったようだ。

 でもあの魔王様の性格ならきっと、美少女であろうヒロインと出会えば口説こうとするに違いない。

 出会いは何なら私が巫女の権力を使ってヒロインを城に連れて行っちゃえばいいんだからどうとでも出来る。

 魔王ルートだと、一騎打ちで彼を倒し自らの力を示した彼女は晴れて王妃の一人に迎えられるのよね。魔王様の王妃。うん、幸せそうでいいんじゃない? あの魔王様なら悪いようにはしないと思う。

 問題は、ヒロインがイケメンとはいえ有角有尻尾の男性をどう思うかね。あ、それと人間の価値観では、人によってはたくさん奥方のいる魔王様を良く思わないかもしれない。相変わらず人間の女の子をあちこちから連れて来ているし。もし主人公が潔癖な性格の持ち主だったら節操なしと思うだろう。ううむ、悩ましいわねぇ。



「ねえ、ヴァレイオス君。ちょっと提案があるんだけど、試しに聞いてもらえる? あ、忙しかったら後でいいの」


「う、ううん、全然大丈夫だよ! 今地面に砂絵描いてるだけだし! お話があるなら何でも言って」


 私達はいつもの広場で二人でひっそりと砂に絵を描いて遊んでいる最中だった。私は三つ足コウモリ、彼は四コマ漫画を描いている。


 二人で友達として遊ぶ時は敬語とかは使わなくなった。ルビーの瞳がキラキラして本当に女の子のように可憐なヴァレイオスは、同年代の子供というのもあり、今では一番気兼ねなく話せる相手だ。

 あの魔王様の性格なら魔力のない子供でも差別しなさそうな気がするけど、常に覇権を争い合っている奥方とその子供達の間ではそうはいかないのだろう。


 ついでに言っておくと、このヴァレイオスのルートは逃避行エンド。二人で彼の父である魔王を倒した後、この魔物の国に嫌気が差していた彼と一緒にこの国を出て、新天地を求めて旅に出るの。

 彼は基本ぶっきらぼうで傍若無人なんだけど、最後にちょっとだけ、ホントにちょーっとだけデレてくれるのが良いのよね。私としてはすぐにデレてたらツンデレとは言えないと思うから、これくらいがいいと思うわ。


 まあ、今目の前にいる彼は恥ずかしがり屋な上に赤面症の気もあって、話しかけただけで照れくさそうにずうっとデレデレデレデレしているけどね。はあ……。

 どっちが良かったとは私の口からは言えないけど。言えないけど!



「ねえ、私達いつもこの広場で遊んでいるけれど、たまには違う場所に行ってみない? 新しい遊び場を開拓してみるのはどうかなって」


 気を取り直して提案する私。ヴァレイオスは目を丸くしていたけど、すぐに笑顔を浮かべる。


「わぁ……! 凄い、大冒険だね。うん、僕一人じゃ怖いけどミザリーちゃんと一緒なら行けそうだよぉ!」 


 両手を握って目を輝かせてそう言った。

 アンタ、行くって言ったわね! 後で撤回なんて許さないんだからね!

 

 ……まあ、好意的な反応で良かった。危ないから行きたくないとか言われたら無理強い出来ないから。

 私も一人で知らない場所に行くのが怖いのだ。家の人に言ったら恐らく止められるだろうし、なら一緒にと付いて来られたら情報収集に支障が出る。

 同じ子供とはいえ、一人より二人。誰かと一緒というのは大変心強いものである。例えそれが自分と同等、もしくはそれ以上に気の弱い人であっても。

 神殿でのお勤めの前後の時間なら結構自由に使えるし、街中なら乗合馬車も走っているので行動範囲はかなり広がる。

 魔王様とヴァレイオスで二枠埋まったわけだし、きっと残りはもう魔王関係者ではないはず。探す場所を変えなくてはいけないのだ。


「あのね、私まずはこの城下町を探検してみたいな。家が辺鄙な場所にあるから、今までたまにしか来た事がなかったし」


「うん、僕も。あのオジサン……お城で庭師として働いてる人なんだけどさ、この広場の事を教えてもらってよく来るようになったんだけど。お城とここくらいしか知らないんだよね」


 ……。

 町の中心に住んでいるくせにヴァレイオスは予想以上に出歩いていなかったようだ。下っ端といえ一応王子様なのに護衛も何も付いていないし、行動の制限などもされていないみたいなんだけど。

 まあ、ここは素直に同志を得られた事を喜んでおこう。

 私達はお絵かきの続きをしながらまずは何処から手を付けるかを話し合った。



 ズラ~リとお店が並ぶ城下の目抜き通りの商店街。

 人通りも多くて、子供達だけで連れ立って買い食いを楽しむ姿も目立つ。慣れない乗合馬車にドキドキしながらやって来たこの辺りは、まだまだ治安も良いようだ。

 何となく見覚えのある雑貨屋がヒロインがゲーム中で買い物に行っていた道具屋だと気付いた時は感動したものだわ。窓から中を覗くと棚や箱に統一性のまるでない様々な品々がごった返していた。今思えば傷薬から女の子向けの衣服まで売っているって相当無茶な品揃えよね。

 子供のお小遣いでは入れるお店は少なかったけど、軽食や菓子類の売店は価格も安く子供だけでも買える物だったのであちこち回った。


「おいしい、おいしいー! 次はあのお店ね! 向こうの屋台も!」


「うん、おいしいねぇ! あっちのも良さそうだよ!」


 ゲテモノっぽくない食べ物もあって、私はそれを詰め込むように食べたわ。

 人面リンゴのパイにダークマターベリーのタルト、煉獄イチゴのケーキ、ミノタウロス印生クリームのたっぷり詰まったクレープ、それからそれから……。

 私達は時間とお金とお腹の許す限り、毎日のように商店街に来ては食べて食べて食べ歩いた。



「食べ歩きマップもそろそろ完成しそうだね!」


 ヴァレイオスが私の手元を覗き込みながら言う。


 え? 食べ歩きマップって何の事だろうか?

 私が今、道端のベンチに座って膝の上に広げているのはいつもいつでもポシェットに入れて後生大事に持ち歩いている戦略ノートなのだけど。

 現に今食べたお菓子のお店もしっかり書き込んであるわ。


 

「……ハッ!?」


 確かにここ数ページは食べ物の事ばかりで埋め尽くされている!?

 しかも一目で分かる可愛いイラスト付きですって? 

 どうなっているの!

 いつの間に、一体誰がこんな事を?


 私が愕然としている横でヴァレイオスが余白に絵を描き込んでいく。


「あ、そのクレープの包み紙の牛さんマーク上手いー! 再現率高っ!」


「えへへ、可愛いでしょ?」


 思わず褒めると彼は上着の裾をニギニギしながら身を捩って照れまくる。

 そうか、私が自分で書いたんだっけ。そしてヴァレイオスが所々に分かりやすいイラストを添えてくれて。

 これはさっき食べたクレープの絵だ。デフォルメされたミノタウロスのクルリとした角が可愛らしい。

 アヤトリは下手だったけど手先が器用なのね、絵が上手いわ。


 自分のしていた事が信じられなかったけど、これでは食べ歩きマップを作っていると思われても仕方ないか。

 いや、でもね、いずれヒロインが来てお金がなくてお腹が空いてしまった時にきっとこの情報が役に立つと思うのよ。

 私が颯爽とノートを広げてこれを伝えるわけ。

 さあ、この安価でおいしいスイーツを食べて元気をお出しなさいって。

 そうしてヒロインも元気モリモリになるの。

 絶対使う時が来るんだから。

 うん、いつかきっと。


 やっぱりそんな未来は来ませんか?

 この食べ歩きガイドブックが役に立つ日は来ませんか?

 私、いつか役に立つんじゃないかって何でもかんでも取って置くタイプです……。


 この調子で連日食べ歩きを続けていた私。ついにその罪の重さを身をもって知ることになったわ。

 ある日、着替えを手伝ってくれていたレキシーさんが深刻そうな表情で呟いた。


「あ、あのミザリーお嬢様。……最近何だかお腹が少々丸くありませんか?」


「プギッ!?」


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