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(5)

 様々な属性に対応する剣、というオルフェに対する主任の注文は、きちっと叶えられたこととなった。


 おおむねRPGではドラゴン系は氷属性に弱い。よしんばそうでなくても、あれだけの烈火を受ければ、ダメージも食らうというもの。


 川口士ブレード(便宜上呼称)の持ち味は、その作品のごとく、剛直に相手を叩きのめしながら、王道的な燃え要素をビシビシと伝える、まさに戦闘シーンの質実剛健をそのまま剣にしたようなものだ。熱くも、無骨ながら、攻撃力は高い。

 瀬尾つかサーベル(便宜上呼称)の持ち味は、緻密に練られた設定やキャラのかけあい、そして作品全体に漂う、ある種の繊細さを、そのまま剣にしたようなものだ。少し冷たいような、品のよさ。しかし心根には、暖かいものがある。誠実なのだ、川口先生とはまた違った形で。


 まあ……オルフェの具現化は、正しかったよ。おかげで、これだけの異能……いや、もう魔法だな。そんなものが、この世に現出している。LAOが現実化している今において、なにを今更、みたいに思えるけど、ここまでLAOを使いこなしているのは、そうそうお目にかかれるもんではない。たいしたものだ。主任、琴さん、オルフェの連携が、実にうまく回っている。


 ……そうなると、ヒマしてるのは僕である。まあ、事が無事にすめば、それでいいのであって。鉄火場は強いひとに任せておけばよろしい。


 やがて主任は、両方の剣を交差させ、エネルギーを高める――そうしたら、空中一面に、巨大な水蒸気爆発が起こった。すべての竜が、その一撃でもって、飛行を阻まれる。そしたら主任の独壇場で、死屍累々なドラゴンどもの頭蓋骨を、二つの剣で潰していく。本来竜ってそんなに簡単につぶれないものなんだけど、ヒスって、かつ、ドラクリパワーのサポートもあって、ネタにより武力があがった剣をもってすれば、これくらい朝飯前ということか。


 ということで、実に、ドラゴンどもが全滅するのは早かった。もうあとは主任の独壇場で、虐殺のていすら見せている。


 僕はドラゴンがなくなったドラゴンワナビに向かって、言う。


 「あきらめたら?」


 事実、もう、このひと、これ以上のこと、できんだろう。


 背後では、琴さんの歌が聞こえる。


 僕の隣には、オルフェがいる。こいつも武器をマテリアライズしたら、ヒマになったのだろう。


 「もうお縄に……ん?」


 おや? まどわくのようすが……


 とはいっても、ポ●モンのように、進化するわけではない。体を振るわせ、両手で体を抱えている。ガクブルか?


 ……いや、違う。そこに集まる、何か不吉な予感・胎動は、そこに「何かがある」と感づかせるに、あまりある。


 その瞬間。


 窓枠の体というか、メタボな体から、何らかのオーラがでてくる。


 主任のような、鮮烈な赤光ではない。むしろ、どろどろした、触手めいた、泥の固まりのようなオーラ……実に、ヘドのように、汚いオーラが、窓枠の周りにたゆたっている。 


 次の瞬間、それがはじけ飛ぶように、一斉にこちらに向かってきた。


 あまりに突然だったため、僕らは受け身をとれなかった。


 しかも……最悪なことに、僕の方の被害より、オルフェと琴さんの方が……その汚濁に、まみれてしまったのだ。


 よりにもよって、


 二人は僕をかばったのだ。


 「オルフェ! 琴さん!」


 声が出る。


 泥水、否、汚濁を浴びせられたオルフェは、トレードマークである純白の白衣が、汚されに汚された。琴さんもまた、仕立てのよいフェミニンな服装が、同じように。


 ふたりとも、顔面は、蒼白を通り越して、やや土色に近い。ガクガクと震えている。


 「貴様! 何をしたっ!」


 僕は簡単に頭に血が上った。先ほどのドラゴンワナビは痛いだけですんだ……が、琴さんとオルフェにこのようなことをしたという事実は、僕の理性を、ちょいとぶっ飛ばした。


 「ひひひっ……僕を認めない奴らはバカなんだ……ワナビどもの気持ちを代弁したのさ……2ちゃ●ねるの文芸サロン、ワナビのたまり場、それから『なろう』に巣くうワナビ魂、各ブログでうだつのあがらないワナビ精神を抱えている者ども、それからコミケや各種イベントで、新刊出しても出しても売れない文芸サークル、そして毎回毎回目がでない投稿生活を送っているワナビども……そいつらの気持ちを、LAOで具現化したのさっ! はははっ! キモいだろう! キモいだろう! でも、これがあたくしたちなんですよ! 嫉妬と嫉妬と侮蔑と羨望と、その他もろもろで自分が押しつぶされそうで、悪口と疑心暗鬼に満ちた、なにがしかのアトモスフィア……それは、このように攻撃魔法にするには、余りあるっ!」


 ………………。

 僕にも、もとワナビとして、その気持ちはある。

 それは、ある。認めないわけにはいかない。

 だからといって。それを吐露して、こうしてひとを傷つけていい理由になんか、びたいちなるもんか。


 オルフェは、琴さんは、このワナビ・オーラ(アトモスフィア)に、当てられた、といってもいい。



 ……汚しやがって。



 そんなもので、僕の大事なふたりを汚しやがって。


 僕は静かに殺気だっている。


 「ひひっ……ひひっ……ぼくちんには、まだドラゴンがある……この負のエネルギーを、ぼくちんのドラゴンテキストと合成する。そしたら、出てくるのは何だと思う? すべてのワナビの思いが結実したゾンビドラゴン……」


 「おまえ黙れ」


 僕は、殺気でもって、奴を見据える。


 「ひっ」


 僕は目つきが、過去最大に冷たくなっていっているのを、自覚している。


 いいか、オルフェは、僕の悪友なんだ。琴さんは、僕の片思いの相手なんだ。お前、よくも汚してくれたな。この……この天才を、才能あるロッカーを。この……僕の姉を、僕の天使を、よくも、よくも。


 「オルフェ……琴さん……」

 「佑……ごめんなさい……」

 「せんせい……だいじょう……ぶ……で……」


 バカだよこのふたり……。


 「ちょっと、横になっててくれるか。で、このアトモスフィアは、なるべく早く忘れて」


 無茶な相談だってのは、わかってる。でも、僕は、卑怯かもしれないけど、こう言って、彼女らに少しでも、気分がよくなってほしくて。


 「ちょっと待ってて。そしたら、また遊ぼう……ふたりとも」


 そして僕は目の前のクズに相対する。


 「り、リア充どもめ!」


 バカがなんか言ってるが、知ったことか。


 「お前は殺さねばならないな……こいつらをどついていいのは、僕だけなんだぞ?」


 至極冷酷な声色でもって、僕は言う。


 そして、僕は、窓枠にまとわりついている、あの汚濁を……睨む。黒くて、汚くて、なんかスメルが漂ってきて、ねばっこくて……まさしく、ダメなワナビの典型的なスピリットだ。


 「俺にもやらせろや、塔乃森……」


 いつの間にか上空のドラゴンどもを全滅させた主任が、僕に言う。主任も、殺気を満ち溢れさせている。大事な部下……仲間を、やられたことに対して、「ブチ殺す」の念を、その冷静な挙動から感じ取ることが出来る。


 しかし……。


 あれを消す……ことは、主任でも、魔曲でも難しいだろう。なにせ、物理法則のそれではないからだ。例えるなら、ある種のガスとスライムを合成したようなものだが、それを爆炎だの、剣戟だので、破壊できるとは、消しきれるとは思えない。


 だが。僕には策がある。 


 がさごそ。例によって僕はショルダーバッグから本を出す。


 「……いえ。僕がやります――ワナビの相手は、ワナビが一番適当でしょう」

 「プロ編集者が厳しさを教える、ってのもアリだと思うがな」

 「まあ見ててください。完膚無きまでに……ええ。実に、ね」


 主任はうなずいた。


 僕は本を、窓枠に見せる。


 鎌池和馬「とある魔術●禁書目録」一巻。


 「これが何だかわからないわけではあるまい?」 

 「……ああ」


 これがわからないラノベ作家はいないよ。現代ラノベの頂点に立ってるコンテンツだ。僕なんか、これの前では……いや、窓枠よりはマシか。底辺と比べてどうするっ。


 「これを、具現化しようと思う」


 僕は、あえて本を開かずに、呪文を唱える。


 「いいぜ……」

 「……っておい!」


 主任が叫ぶ。しかし続ける。


 「てめえが何でも出来るってんなら……」

 「お前……知ってるだろ! LAOにおいて、『モロパクリ』は……」


 知ってますよ。


 僕らガンホーは、「創造物がそのまま現実になる」という、安易なルール設定をしなかった。そうしたら、誰も彼もが「批評ゲーム」としての頭を使わなくなって、結果、誰もがてきとーにLAOを使うことになり、世の中はただ混乱するばかりで、つまらなくなる。


 だから僕らは、LAOの原則に、最後にこう付け加えたのだ。 


 「ネタバレ、モロパクリ、ディス禁止」

と。


 それを犯す形でLAOを行使しようとする……ネタ要素を交えず、批評や独自解釈、二次創作を交えず、「そのまんま」パクリ同然で、異能を使うことを、「禁呪」と設定した。


 もしそれをやるからには……


 「ぐぁああぁぁああぁ!」


 僕の右手が、黒い炎をあげる。


 中二だなぁ……っ。


 けど、本当に、焼けただれるのだ。肉を通り越して、骨までいくような感じだ……痛い……僕は歯ぎしりをして我慢するが、それでも耐えられるもんじゃない。


 でも。まだ発動してないのだ、あの異能は。


 僕は続ける。


 「その……」


 ぐっ……。

 傍目には、封印されしナニカが右手を苛む、という、中二設定まんまに見えるだろう。それは覚悟の上だ。笑われたってかまわない。


 よりにもよってこんな汚濁でもってオルフェが傷つけられた。

 よりにもよってこんな汚濁でもって琴さんが傷つけられた。


 「し、静まれ、僕の右手っ……!」


 僕はブルブル震えながら、右手の痛みに耐える。


 「ぶっひゃひゃひゃひゃひゃ! ひーっひひひひ! リアル中二!」


 窓枠、笑う。


 ギャンッ!  

 主任が、双剣の炎氷異能を、窓枠に対して威嚇射撃する。 


 「てめえ、次こいつ笑ったら、殺す……どのツラさげて、こいつ笑える……!」


 本気で、主任怒ってる……僕のために。


 ありがとうございます。


 僕は叫ぶ。


 「そのふざけた幻想をブチ殺す!」

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