(3)
さあ、本打ち登場です。
怒られるかな……怒られるだろうな……
「窓枠曲壁だな」
主任の恫喝に、
「ヒッ」
ビビる窓枠。ここまでしといて今更ビビるかね。
しかし……こいつ、単なる……。
ちょこっと描写してみよう。
体つきは、そう、太っている。超ずんぐり、というよりは、長年の不摂生による、不健康的な小太り。明らかに糖尿っぽい。それを、それなりにまともなジャケットルックで隠しているつもりだろうが、しかしハラが隠せていない。第一ジャケットの使い方が、「オレはオタクじゃありませんよ」的アピールが透けて見えて、インテリ崩れのダメオタク的アトモスフィアが漂っている。
髪はやたらと短い……ようだ。帽子をかぶっていて、そこから髪の毛が見えないから。が、顔が丸っこいので、シャープ感は薄い。
顔のパーツがことさらに醜い、というよりは、やたらと目つきが悪い一重まぶたなので、うさんくささと性格の悪さを伺わせる、いかにもキモオタって感じである。オレはコミケにいる奴らとは違う、といいつつ、実際は結構いるタイプである。あ、醜いというよりは、いうたけど、実際は鼻と唇がでかいわ。
んで、キョドっている。あー、オタクっぽい。ここまでのことしといて……。
「な、なんですかー、あなたたち、わたしを捕まえに?」
あ、言葉遣い丁寧。ただし、そこに敬意らしいものは見受けられない。
「もうあきらめろや」
主任が恫喝。
「お前の人生詰んでるんだからよ、ムショに入ってお勤め果たしてこいや、あん?」
怖い……。
「第一ワナビ風情が……才能がないならないで、精進でもしろっつうんだ。だからここにいるこいつにも負けるんだ」
「ここにいる……?」
「塔乃森佑、星辰文庫新人賞、最終選考受かったやつだ」
「あ、ああ――――――――っ! あの賞、僕を落とした! 落とした! よくも!」
「よくも、じゃねえ。おもしろくなかったからだろが、作品が」
「見る目がないとはこのことでありんす!」
この人、口調が一定しないな……主任がメンヘラって言ってたのも、なんか納得してしまう。
「ど、どうせそのショタ……ウケるようなのしか書かなかったんだろ!」
「ウケるやつを書かないお前が悪い」
しっかしイタいな……明らかに、常識的に考えて、主任の言うことが正しいのに、窓枠は、自分のプライドを固持したいがために、聞く余地がない。だから一次審査で落ちるのだと言いたい。
「どう見ても中学生じゃないですかあっ!」
「僕は高校生だっつーの。そいえばあなた、大学院行ってたんじゃないですか」
「え、そうなんですか?」
琴さんが聞いてくる。
「一応、こないだちょっと気になって、このドラゴンワナビ関連の記事を読んでみてね。大元である、このひとのブログも含めて。で、それなりに情報を知ってるわけさ」
ちらと窓枠を見てみたら、なんかこっちの反応をやたらと気にしている。うぜえ……ワナビ精神まるだしじゃないか……。感想教えて教えて的オーラが見え隠れする。野郎のこういった仕草はキモいな……。
まあ、だったら教えてやろう。
「えーと、あなた、大学院中退だそうで」
「そんな大したことないですよ」
ふふん、みたいな態度をとる窓枠。うぜえ……。
「文学やってたそうで」
「古典文学と漢文をね、まあ、一応ね?」
出た、オレってもとインテリアピール! この手のひと多いんだよな……。それから、聞いてないっちゅうねん、何を専攻してたってこと。中退したんだろが。
「でも、実作では、いつも一次落ち」
「ちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃいまんがな!」
こいつ、ほんと口調一定してくんないかなぁ!?
「ぼ、ぼくちんだって、賞のひとつやふたつっ」
「取ってねえからワナビなんだろがっ!」
正論すぎるぜ主任!
「二次落ち常連、最終選考だって……」
「ほんとなの?」
僕は問うよ。
「……」
「ほ、ん、と、な、の?」
「ほ、ほ、ほん……」
「ブログには、一次落ち人生の嗚咽をさんざっぱら書いてたけど」
「おああああ――――――ーっ!」
なぜひとはバレる嘘ほどつきたがるものなのだろうか?
「ていうかブログ見たけどさ」
もうタメ口である。こいつに敬語あんま使いたくない。
「な、なんだよぉ」
「お前の近況報告、誰も聞きたくない」
「なっ!」
「ゆうせんせい、どういうことですか?」
「ん? ようするにさ、このひとのブログ、小説のっけてるんだけど、その前に、今回どれくらいがんばったとか、読んだ漫画の感想とか、今の自分の体調とか、そういったくだらないことが事細かに書いてあんの。誰も知りたがらない類の。いっちょまえに作家気取りってやつ?」
「うわぁ……」
琴さんドン引き。
「で、その後小説読んだのだけど……」
じ――――っ、とこちらのほうを、ワクテカした瞳で見つめる窓枠。目つき悪いのに、妙につぶらな瞳が、逆に腹立たしい。
「うん、落ちるわ、と思った」
「ぶひいいいいぃぃいいい! ぼくさまの傑作ラノベになんたる! 論理的かつ理論的かつクリティックに批評しろや! 今のクリティックは『批評』と『致命的』のダブルミーニングで宇野常寛が批評同人誌のタイトルに使った……」
「黙れやドラゴンワナビ! その手のインテリ主張極めてうぜえ! 設定とか情景描写で50更新分使うな!」
「な、奈須き●こは、設定資料集を傑作小説、傑作ビジュアルノベルに仕立てあげるのでぃすよ? そのようなメソッドが否定される筋合いは……」
「だったら物語として面白くしろや! 会話も面白くしろや! ノリが悪すぎるんだよお前の小説!」
「教養をぶち込みまくるわたくすぃのスタイルのどこが悪い!」
「誰得って言葉知ってるか?」
「さ、昨今のラノベ読者の教養のなさこそを恨むんだな!」
「恨んでるのはおめえじゃねえか! 読者舐めんな! いやしくもラノベシーンで生きるんだったら、読者ナメてはいかんだろう、道理というか、仁義だこれは」
「……くううぅぅうう! うううううぅぅう!」
ほとんど涙目の窓枠である。
琴さんが僕に告げる。
「完膚無きまでにノックアウトしましたねゆうせんせい」
「言うよそりゃあ……間違ってたかい?」
「いいえ、ぜんぜん。……さっきから、このひと、なんかわたしのどこかが受け入れられないなー、って思っていたんですけど、せんせいの指摘で、なんか形が見えて、ああー、みたいに納得しました」
「そいつは重畳」
窓枠は立ち尽くしたまま、うなだれている。ぷるぷる震わせている、身を。メタボな身を。
かわいそうだろうか? しかし、こいつ、明らかに性格ねじまがっているからなぁ。それに、ラノベのことも、どっかでバカにしてるし。オレはほんとはもっと高尚なことしたいんだ、的な。
「ぼ、ボクは……僕は……こんなところで終わってしまうわけにはいかないんだ……」
「終わっとろうが」
主任、冷酷な事実を突きつける。
「まあお前がLAOでここまでの騒ぎをしでかしたことは特筆に値するよ。……だから、ただ警察に引き渡したりはしない。各所の怪異エージェントに、引き渡してからだ――お前という存在、お前のLAOを分析する。ま、要するに、実験体にでもなってもらおうか」
をいをい。悪役のセリフじゃないですか。しかし主任の獰猛な瞳は、それがマジモンであることを容易に伺わせる。
ガクブルガクブルガクガクブルブル。
窓枠は震えきっている。……まあ、そりゃそうだよな……人生詰んだもんな……
が。
窓枠、急に天を仰いで、
「ふふふぁっははは……ひゃーっはっはっはっは!」
壊れたか。
しかし急にギョロ目を向いて、こちらを睨みつける。
「ぼくちんはだな……まともに扱われたかったんだ。ニートだヒキーだメンヘラだ、とか、非モテだ口が臭いだデブだとか、そういった非人道的な扱いを受けずにすむには、作家になって見返すしかなかったんだ!」
いや、その理屈はおかしい。
ひととしてまともな道を歩むことで見返したらどうだ。
「だが……もう、名前の浄不浄はいってられねえ。悪名だろうがなんだろうが、オレの名をネット上に響かせてやるっ!」
ワンピ●スのロロノア・●ロの初登場時の名言をパクるなっつの。ぜんぜん誉められないし、そんな悪名、一週間もすれば忘れられるのがネットってもんだし、第一お前●ロみたいにかっこよくないし……。
「来い! 我が元にドラゴンどもよ集結しろ! こいつらを根絶やしに!」
明らかに三流負け役のセリフだな……こんなボキャ貧しかないからこいつ一次落ちするんじゃなかろうか。
……しかし、暴れ回るドラゴンをすべて撃墜しなければならないのか……僕は窓枠ひとり拿捕すればよいと思っていたのだが。
「しょうがない、俺らのレベル……プロ作家、編集部の格の違いをまざまざと見せつけて、再起不能にしちまおうか」
すごい自信家ぶりの主任。
「黒井、武器だ。おそらく数種類の属性の竜がくるから、それに対応したやつを頼む」
もうほとんど武器庫扱いのオルフェである。
「……まあいいわ。特注のを今さっき思いついたから」
なんかすごい嫌な笑みをオルフェは浮かべている。
「琴、お前はBGM頼むわ……あれな、あれ」
「……ということは、また主任あれやるんですか……身内の恥は晒したくないんですけど……」
「非常時だ」
琴さん、ほんとうにいやな素振りを見せる。首すら振っている。
遠くからドラゴンが、何匹も飛来してくる。不吉な予感の胎動だ。
そんな中、主任は、棺桶を開いて、「なにか」を出した。
なにか。
なにか……いや、僕はそれがなんなのかを知っているのだけど、はっきり言って、目を疑うというか、直視したくないというか、こんなところにそれを持ってきてる主任の常識と倫理とその他もろもろを疑問視、もしくは白眼視するのであって。
なにか。
それは、抱き枕であった。しかもエロい。
「はあぁああぁぁぁ美羽ううぅぅぅう! お前はナチュラルにエロい! しかしピュアであり、恥ずかしがり屋なSにしてMという属性過積載がぁああぁぁああ!」
赤いロングヘアーの軍服少女……矢●美羽……ゆずソフト『DRACU―RI●T!』のヒロインである。その……エロ抱き枕。あられもない姿の美羽がこっちを誘っている。エロい。さすがむりりん先生渾身の一筆……
いやいや。
僕は、横になって抱き枕を抱きしめほおずり&奇妙な下半身運動を繰り返している主任の頭を蹴っとばす。
「クラッ」
「なにをしやがる塔乃森! 俺の仕事を邪魔するんじゃねえ!」
「抱き枕に欲情するあんたに発言権はないわ!」
「んだとコラ! 俺の嫁を侮辱するのかっつーの! この抱き枕を身請けするのに、どれだけゆず公式Webショップにタイムアタックかけたと思ってるんだ!」
「知るか――――ーっ!」
「ゆ、ゆうせんせい、落ち着いてください、気持ちは痛いほどわかりますがっ」
琴さんが僕を羽交い締めにする。あ、いい匂い。しかしそれに萌えてる場合じゃない。
「琴さん、このオッサン……」
「これが、主任が『最強』になるための、儀式なんですっ」
「いやオタとしてはある意味最強だけどさっ!」
「そうじゃないです、『ヒスる』ための……」
ヒスる?
確かそれは……
「ふう、充電完了だ。どこに溜まったのかは言うまでもないな」
オッサン黙れ。
しかし、そのつっこみが発せられなかったのは、眼前の変態から、言いようもない、爆発的なパワーが感じられたからだ。
……何か、波動が感じられる。覇王の波動。絶対的な強者の波動。オーラと言い換えてよろしい。
「な、な、な……!」
窓枠氏、大変動転しているの巻。そりゃそうだ。中村一義並にそりゃそうだ。
そこにあるのは、あたかも爆音ゾーンの末に憂う、デルタブルースがごとき深いうねりを持った、静かなる胎動を感じさせるエネルギーの波動。それはなにによって得られたものかというと、エロゲ抱き枕にハァハァして得られたものなのだから、理解を越えている。
主任は叫ぶ。
「そこの窓枠ワナビ! 『緋●のアリア』は知っているか!」
「あ、あんなハーレムラブコメ、よんでどう……」
「死ねっ! ラノベ作家志すなら、ヒットコンテンツは虚心坦懐に熟読せんか。それにあのドリーミーでドラマチックなハードアクション描写を否定するようなら、お前が書いたファンタジーはなんだと言いたい」
「そのくらい僕にだって……」
「書けなかったから落ちたんだろうが」
「ぐぐぐぐぐぐ……」
「緋●のアリアの主人公、遠山キンジは特殊能力をもっていてな」
……あ、そういうことか。僕は理解した。
「それはヒステリアモードと呼ばれている。ひとことで言うなら、性的興奮によって、身体能力をはじめとした、キンジの各種能力を底上げするものだ」
「そ、それがどうしたあ」
ビビっている窓枠。しかしここまで説明されないとわからんかね。
「お前は言ったな、緋●のアリアは、ハーレムラブコメだと。……まあ、否定はしない。ハーレム要素は、ある。が、それは、この作品の本質の、半分でしかない。……否、この作品のディープなファンは、もう半分、遠山キンジの活躍を……ヒステリアモード、『ヒスる』ことの魅力を、毎巻毎巻楽しみにしてるんだ。どんどん人間離れしていく主人公のな」
そう、その圧倒的な、トンデモ的にインフレを重ねていく、ダイナミックなバトル描写こそが、緋●のアリアの魅力。こぶいち先生のキャッチーなイラストだが、実はゆずソフトでやってるような、けっこうキツめのエロさは、アリアにおいては少なかったりする。こぶいち先生がなした重要な功績は、一見しただけでそれとわかるキャラデザだ。
そして……赤松中学先生は、アリアにおいて何をするのか、その健筆でもって。
ひとつは、魅力的なキャラを、広い世界観において自由に動かすこと。
もうひとつは、大藪春彦や門田泰明にすら、なんら劣るところはないと言い切れる、情報量の多いアクション。
そうか……
主任は、アリアのLAOで、後者をとった。
「見せてやるよ、俺の異能――『キンちゃん様人間をやめる』(ヒステリアサヴァンシンドローム)!」
その名前はどうかと思うがなあ!
だいたい、ほしよみがワナビだったっころって、こういう奴(窓枠)でした。
自分のことならスラスラかけますね!
ストック更新ということで、これは過去にかいたものなのですが、……読み返してみて……痛かった……




