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第三章 カーニヴァルの深夜(1)

自称姉ロリ、天才・オルフェ登場です。

いよいよカオスになっていきます。


なお、岸田教団の曲はこれです

http://www.youtube.com/watch?v=m_UPzHn5h-w、

 目の前に跳梁跋扈するは、血色のやたらと悪い亡者ども。


 これはゾンビですか? はい、少なくとも魔装少女や根暗マンサーや葉っぱの人ではありません。


 目の前にたむろするのは、むさっ苦しくて小汚い野郎どもです。イケメンはいない(キリッ)。あるいは小綺麗にしてれば、まあマシに見られなくもない連中なのだろうが、僕の改造制服のように、身だしなみに気を使いたまえ。キモオタ軍団は、しょせんこんなもんである。モブが!


 これはゾンビですか? はい、少なくともこっちと友好的な関係性を結ぼうとはゆめゆめ思っておらん態度……すなわち攻撃をしこたましかけようと襲ってきます。集団で!


 死んではいない……はずであるが、自信はない。


 どこまでがリアル人間で、どこまでがLAOによる具現化人間だか、区別がつかない。これが今回の事件だ。怪異だ。すなわち、洗脳系異能と、ゾンビ召喚系異能の、ちゃんぽん案件。ややこしい。複数の能力者がからんでるのか、それとも、同一のコンテンツから複数の異能を引きだしたか。


 まあしかし、僕らの対処――怪異ハンターエージェントとしての、僕らの対処は変わらない。


 ――ぶちのめすのみ。


 「岸田教団&the明星ロケッツ『知ってる? 魔導書は鈍器にもなるのよ?』!」


 琴さんは、魔曲の開始宣言をする。もうライヴである。しかし熱狂でもって熱いラブコールをするファンはここにいない。迎えるのは、ゾンビどものうつろな瞳と暴力的な叫び声である……って、それ、ある種(アングラ系、ハードコア系、ノイズ系)のパンクやメタルのライヴと変わらんな……。一例を挙げれば、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの「You made me Realise」の大轟音ノイズパートのときのように。悪くないじゃん。かっけーじゃん。


 ……どうでもいい話を展開できるくらい、ようするに楽勝な相手なわけである。


 琴さんはこの東方アレンジロックナンバーを……転がるようなギターソロを奏でて、アグレッシヴに演奏開始! 原曲のヤンデレ調のメロディーは、岸田教団によって、不穏さを保ちつつも疾走ナンバーとして再構築アレンジ、ライヴで盛り上がらない方が嘘な曲だ。


 そして今回、この魔曲によって現出されるモノは……


 ゾンビどもは僕らに向かって、勢いよく襲いかかろうとしてくる。


 が。


 どがっ!


 どこからか、何かが思いっきり飛来してきて、ゾンビの顔面にめり込んだ。人体ってあんなにモノがめり込むんだ、みたいな驚愕すら覚えるほどに。


 どがっ


 どがっ


 どがどがっ!


 とにかく何かが飛来してきて、次々にゾンビの顔面にヒットしていく。すっごい重い音がする。それだけ、ヘヴィなアイテムの投擲攻撃である。


 そのアイテムとは……


 「琴さん、歌ってる最中悪いけどつっこませてね」


 「~♪」


 「タイトル通り、魔導書を鈍器にするだけかよ!」


 そう、このアレなタイトル、曲はすっごいかっこいいのだけど、しかしタイトルがアレである。


 ゾンビどもにヒットヒットヒットしまくるブツは、堅そうな、堅そうな、ハードカバーの本……魔導書であった。


 がっ、がっ、がっ(ぬるぽ!)。


 ごっすん、ごっすん、ごっすん(い●しす!)。


 次々に、鈍器と化した魔導書がゾンビどもに襲いかかっては、不死身のはずの、やたら耐久力の高いはずのゾンビどもを撃滅させていく。単純に、顔面にヒットさせて失神させてるだけなんだけどさ。


 しかし、単純だからといって効果がないわけではない。シンプリティは美徳である。


 罪なき「もと」一般人と、悪意をもとにして生まれでた具現化存在の区別がつかない以上、両方を相手にしなくてはならないが、「もと」一般人に消えない傷をつけてはいけない。


 かといって、逐一峻別している余裕はない。相手は集団で襲いかかってくるのだから。その軍団レギオン、コミケの密集ほどではないが、新作エロゲ発売月末金曜日の夜0時よりはある、みたいな量なので(だったらけっこうな数じゃねえか)。


 それだけの存在の野郎どもをマス(広域質量)で相手するのに、繊細さなんてお呼びじゃない。


 じゃどうすればいいか。


 殴って黙らせればよろしい。


 というわけで、


 がっ、がっ、がっ(ぬるぽ!)


 ごっすん、ごっすん、ごっすん(あんああんあんああんあん!)


 といった具合に、魔導書をヒットさせていくこの戦術、野蛮なようでいて極めて理にかなっていて、人道的にもまっとうなのである。


 琴さん、ノリノリでサビを歌いきる。そしてギターリフに移るので(ここでいろいろなマニア受けするアレンジを施して音楽ファンをニヤニヤさせるのが比良野琴というミュージシャンである)、やっと僕は琴さんと会話ができる。


 「あと半分! がんばれ琴さん!」


 「でも、なんかガタイのいいひとが、奥のほうにいっぱいいますよ……って、なんか、陣列組んで、重装騎兵のように!」


 おお……確かにガタイがいい。しかし、重装騎兵とかっこよく称するのはどうかな。体の大きさは、たぷんたぷんに揺れる太鼓腹であり、装備は確かに重装備だが、背中に背負った巨大リュックにポスターサーベルだからな……ようするに重度のオタクだってことだ。


 だが……それだけに、歴戦の強者だといえる。コミケでも徹夜組なんか余裕でしちゃう連中だ。死ねばいいのに、と思うが、それだけの精神的タフネスと、肉体的タフネスを持ち合わせている。そこだけは認めよう。


 つまり。


 ガチで肉弾戦やったら、僕や琴さんが本来敵う相手ではない。オタクの開場ダッシュの力学を舐めてはいけない。


 「琴さん、連携技いくよっ!」


 「お願いしますっ!」


 僕だって、高見の見物しているわけではない。琴さんをサポートする戦術をとる。


 しかしゾンビ対美少女か……今僕らは、通りを一歩入った商店街の路地裏でこいつらと相対してるわけだが、エロゲだとここで琴さん負けたら、陵辱シーンいっちょく……せ……ん……?


 「ふっ、ふざけるなあああぁぁぁぁあああぁ!」


 僕は激高する。一気に殺気が沸いてくる。


 「琴さんこいつら皆殺す!」


 「戦闘前に『傷つけない程度に黙らせる魔曲ない?』って聞いたのゆうせ

んせいじゃないですかー!」


 「知るかーっ!」


 「おちついてください、なにがあったかわかりませんけど、魔法使いはパーティの中で、一番クールじゃないといけない、って、『ダ●の大冒険』の13巻でマトリフ師匠が言ってて、十巻後でそれが伏線になってて、ラストではそれらをひっくるめてポップが大魔導師になったんですよ!?」


 「魔法使い!? だーれが童貞都市伝説やねん! まだ30なっとらへんわ! まだチャンスあるわ!」


 「ああ、黄金期ジャ●プネタに食いついてこないほど、ゆうせんせいがお怒りに!」


 止まらねえ! 止まらねえ! こいつら殺す!


 ごっ。


 なんかとっても堅いもので後頭部を殴られた。


 「佑、あなた、こんなときにバカやってたら、ほんとにその想像通りになるわよ?」


 声の主、そして僕のおつむをごっすんしたのは、オルフェであった。


 ていうか超いてえ。叩いた痛みというよりは、肉と骨的痛み。


 ごっ。ごっ。ごっ。連打である。


 「こ、琴さん……助け……」


 「薄汚い手で琴にさわんじゃねえわよ……」


 あ、マトリフ師匠。


 「おるふぇてんてー!」


 琴さんが、助かった、みたいな喜色でもって声をかける。


 「琴、あなたも大変ね……このような愚弟を相手にして。姉として謝罪と感謝をするわ」


 「誰が姉だ誰がこのロリガ●ラさんが」


 ごっ。


 「いい加減にやめろや痛いっつうの!」


 「昔はあんなにかわいい弟だったのに……」


 「あ、てんてー、ゆうせんせいのかわいいころ、私も聞きたいです」


 「よかよか。あとでパジャマパーティしましょ」


 う、うらやましぃいいいぃぃい!


 「佑、血涙流してる暇あったら、目の前の敵を琴とどうにかしなさい。パジャマパーティをレ●プ目独白会にしたいの?」


 ……はっ!

 いかん、この僕ともあろうものが、大局的な視点を失うとは……。何が重要で、何が守るべきものなのか。守りたい大切なものがあるなら、自分にだって抗うってWA2でいってた! ワイ●ドアームズだよホワイトア●バムじゃねえよ! むしろ後者は登場人物ども、自分自身にもっと抗って自制しろよ!


 ふう……頭が一気に冷えた。そうだ、僕はこいつらを救ってやらなければならない。罪なき一般人を……ただし琴さんにブヒったやつは殺す。

 

でははじめるか。


 がさごそ。


 僕はショルダーバックから、本を取り出す。


 僕の能力は「具現化」であり、対象は「テキスト」である。漫画や資料集的なものも含まれる。絵があろうと、CDのライナーノーツだろうと、「本媒体で何かを描写しているもの、論じているもの、表現しているもの」であれば、僕はことごとく、琴さんのように具現化できる。


 琴さんは、ギターソロを片づけて、第二ヴァースに入る。


 しかし、よく僕らがしゃべっていて、ゾンビどもはその間、襲いかかってこなかったな……さすがにそこまでのご都合主義は、僕も琴さんも持ち合わせていない。


 「オルフェ、なんかやったの?」


 僕は背後でえらそーにしている(はず。いや、間違いなくしている)オルフェが気にかかったので、振り向いてみた。


 ……オルフェは、銃を持ってらした。


 SVD――狙撃銃「ドラグノフ」。冷戦時代、東側諸国の突撃銃がAKカラシニコフであれば、狙撃銃はこれであった。鋭利かつ繊細なスタイル、個性的なストック(銃把)を持ち、上部には大口径のスコープ。おそらく、20世紀のグングニルと称して構わないだろう。現在に至るどの狙撃銃よりも、槍としての優美さを感じさせる……底知れないロシア的静かなる野生とともに……銃が、鉄と木で出来てた時代の、最後の伝説かもしれない。


 んでもって、オルフェは、もう片手にはスケッチブックを抱え、ツインテールを巻き込んだ形で大きなヘッドホンをしている。


 ……こいつも、当然ながら、具現化異能持ちか。当たり前だよなー、創設者なんだから。


 「これを向けたら、あのキモオタゾンビどもは、一斉にビビッて足を止めたわ」


 そう言って、オルフェは片手でドラグノフを振り回す。重くないんか? まあ、ロリとあのドラグノフの組み合わせは映えるからいいか……。


 「見せるだけで止まるもんかね?」


 「佑、あなたは本物の銃の、銃口の底冷えというものを知らないわ」


 「どゆこと?」


 「あとで。まずは琴を援護しなさい」


 道理だ。あいさー。


 僕は左手で黒い本を持ち、右手で「あのファイルページ」を開き、掌をかざし、本から何かを吸い出す感じの所作をする。


 正面を向く。


 「琴さん、いくよっ」


 「待ってました!」


 「東方公式書籍『東●香霖堂』より、唖采弦二が描いた魔導書召還! 同じく公式書籍『東方儚月抄(小説版)』よりTOKIAMEが描いた魔導書召還! ついでに二人の同人誌に乗ってる魔導書も召還!」


 瞬間、


 今までの魔導書とは、質も量も速度も段違いの魔導書がゾンビどもに襲いかかる。一撃二撃では沈みそうにないデブゥどもに、激烈なダメージ! 今までが拳銃弾であれば、今度はライフル弾だ。しかもほとんどそれをマシンガンのごとく撃ちまくる。まさに弾幕シューティング!


 当然であろう。


 東方公式書籍に招聘されるだけの実力がある二人のイラストレーターによる、ガチの魔導書なのである。そこらの絵師がテンプレのように描いた魔導書とは格が違う。筆致が違う。ディテールが違う。重みが違う。


 その魔導書はまさに鈍器と化して、正確に本の背表紙の角をごっすんごっすん。一番痛いところを当たるようにしてある。


 しかし……これはまだ序章にすぎない。


 「次いくよ、琴さん」


 歌ってる琴さんは、「これ以上いくんですか? 十分じゃないですか?」的視線を飛ばしてくるが、この僕にあんな最悪な未来予想図2を見せた奴らはただ黙らせるだけじゃすまさねえ。俺らのシモのラブラブラブがドリームズカムトゥルー? 死ねよお前らのラブなんてねえよ、いちゃラブは僕と琴さんの間にだけあればいいんだよ!


 「東方同人、第一回チキチキ! 古今東西マリアリ、マリパチュ、魔導書シチュ!」


 僕は同人誌からスキャンしてファイルに収めたページを開き(違法ダウンロード&アップロード、ダメ、ゼッタイ!)、再び掌をかざす。


 ちなみにマリアリ、マリパチュとは、簡単に言えば、魔女というか、魔法少女というか、魔法的な知的少女(のような存在。原典厨はとりあえず黙っとけ)たちの百合萌え同人のことである。


 そして、


 「マリパチュシチュ『パチュリーが十冊の本を魔理沙に貸し出すとき、九冊は魔導書で、一冊さりげなく恋愛小説』!」


 そんなシチュが描かれた同人誌のページを具現化させる。東方百合の王道的なシチュといえよう。だいたいhappy flame time.の春夏アキト氏がやりそうなシチュである。


 ずごっ、ずごっ、ずごっ、とすごく重い音が聞こえる。おもいっきり倒れる音が聞こえる。


 次っ! 


 「マリアリシチュ『魔理沙へのアリスのラブレター100通、ラストにいくに従って鼻血が滴る書面』!」


 ずごずごずごずごっ! と連発的に重い音が聞こえる。手紙の束が顔面にヒットする。むしろ愛が重い。ヤンデレシチュである。これまたhftの春夏アキト氏がやりそうなシチュである。ギャグで。


 陣形はもはや壊滅的で、城壁の崩壊のような総崩れである。そして僕は切り札を出して、完全にこの腐れどもを浄化することにする。


 「奥義ラストスペルっ! 『魔理沙がてきとーに書いたペラ紙一枚の結婚届』!」


 刹那、あたりに散乱した魔導書が一斉に開いて――アリス&パチュリーの歓喜の声のように――、閃光を放つ。その閃光は四方八方に発射され、オタゾンビどもに向かって、浄化の光線と化し、奴らをなぎ払う! まさに恋色マジ●クであり、恋色マスタースパ●クである!


 あまりの光に、僕らの目は閉ざされる。断末魔の雄叫びが聞こえる。


 やがて光は収束し、あたりは再び夜の闇に包まれる。静寂が戻り、そこには、往時の人数の半分のキモオタどもが横たわっていた。


 「ふうん、LAOでの具現化は半分か。大したことなかったな」


 僕はしみじみとひとりごちる。


 「ゆうせんせい……」


 琴さんが、なんか微妙な面もちで僕に語りかける。


 「なにかな?」


 「こ、ここまでする必要なかったんじゃないかと……」


 「あった」


 「罪なき一般人だったんですよ」


 「あったの」


 「なにがゆうせんせいをここまで……」


 「聞かなくていいから」


  郷ひ●みの「言えないよ」のサビを口ずさんでしまいたくなる。まったく、恋だなんて、ねえ。君があーんなことやこーんなことになるだなんて、僕の世界線にはカケラも存在してほしくないのである。


 「まあ、琴のためね、佑がここまでしたのは」


 「おいいいいいいいっ!」


 空気を読みませんなこのくそオルフェはっ! 


 「佑がどれだけ琴にご執心かというとね……」


 僕はバックステップから体勢を換え、回し蹴りをオルフェのちっけえケツにぶち込む。


 「あふんっ」


 オルフェはひざがかくっと折れた。そこをすかさず、オルフェの小さなおでこに、僕は頭を固定しながら膝をぐりぐり当てて、恫喝する。


 「それ以上いうたら、この膝が即座に暴虐的なロケットとなるからのう、黙っとれや」


 「ちょっと位置を変えたら、これイラマ●オを強制するショタ&被虐少女の図ね」


 「黙れや――――ーっ!」


 もうこいつはどたまカチ割るしかない!


 「こら、ゆうせんせいっ! おるふぇてんてーいじめちゃだめですっ!」


 琴さんが、とりわけ強い口調で僕を叱る。


 僕は反論する。


 「いじめてないよ。これいつものツッコミじゃん。むしろ暴言を受けているのは僕のほうではなかろうか」


 「こんな小さなかわいい幼女をいじめるなんて……がんばってお絵かきして、かわいくて、黒髪がきれいで、白衣を着崩しているところなんか最高に萌えて……ゆうせんせいがかわいいショタでも、さすがに許せないこともありますっ!」


 「オルフェは琴さんや僕のひとつ年上なんだけどね」


 「かわいいは正義なんです!」


 ダメだこの娘、話が通じない。


 「そんなゆうせんせい、嫌いですっ!」


 が――――――――――――――ん!


 脳髄にガクトゥーンの鐘がガゴーン! と直撃したぞ。僕の頭はフラフラだ。ベロベロだ。酩酊状態、混乱状態、そう、この世の終焉の深淵をのぞき込んでいる。心に冷たい風が切り込んできて、胃に重油が流し込まれたような気分だ。……死にたい。


 しにたい。


 しのう。


 「ああっ、ゆうせんせいがorzのポーズを!」


 「相当ショックだったのね。あ、私と佑のこれは、いつものじゃれあいだってわかってるでしょ、琴?」


 「ですけどぉ……」


 「私をかわいがってくれるのは悪くないけど、佑があなたのことを真剣に考えての行動だというのも、確かよ。少しはフォローしてあげなさいな」


 「ですよね。ごめんなさいゆうせんせい……って、ああっ、どんどんあ●たのジョー的にまっしろに!」


 「相当堪えたようね」


 「ゆ、ゆうせんせい、ほんとは嫌いじゃないですよー」


 「…………ほんとに?」


 「ほんとです。ほんとです」


 「ストーカー気質のキモオタ童貞って思ってない?」


 「誰がそんなふうに言ったんですか」


 「あ、ごめん、私がガンホー時代に、毎日言ってたわ」


 「てんてー!」


 僕は、灰になる……灰は灰に、塵は塵に、ワナビは2ちゃ●ねるの住人に、童貞は……童貞はなんになるんだろうな……?


 「あの、ゆうせんせい?」


 「……なに?」


 「ゆうせんせいが、私を思って、怒ってくれた、って、てんてーに聞きました。なにを怒ったのかはわかりませんけど……なんか……これ言うの恥ずかしいんですけど……お姫様扱いされて、うれしかっ……た……やっぱ恥ずかしいですっ!」


 「これが現代の萌えか――――――ーっ!」


 塔乃森・佑! 完全、復活! 僕はおもっきしバネを使って立ち上がり、その場に立ち尽くして咆哮する!


 「ハイ! ハイ! ハイハイハイ! 来ましたよ僕の時代がっ! ルート入りましたか? 物語は佳境ですか? こいや無駄シリアス、ぶ、ち、の、め」


 ごすっ。


 再び僕は殴られた。この質感からして、間違いなくオルフェ。


 「調子にのるでないこの愚弟」


 「てめえ何でさんざっぱらさっきから殴ってやがる」


 そして僕は気づいた。こいつ、銃のストックでガンガンやっていたのだ。


 「おまえな、本気で武器で殴るかよ」


 「姉のやさしさを思い知ったかしら?」


 「答えになってない」


 「……ふう。私もね、『こっち』を、弟である佑に向けるつもりは、さらさらなかったのよ?」


 「こっち? あと、誰が弟だ」


 後者をさらりと無視して、オルフェは指先を銃口に向ける。そういえば……


 「オルフェ、さっき言ってたよね、これ向けたらゾンビどもは黙ってその場に立ち尽くした、って。何があったわけ?」


 「そうね……これもまた、佑の小説家としての、スキルアップにつながるかしら。危ないことはしないから、銃口を見てみなさい」


 そういってオルフェは、ゆっくりと慎重に、僕の目の前に銃口を突きつける。


 敵意がないことは、明白だった。


 が。


 その銃口を見て、僕は凍り付いてしまった。そこにあるのは、ただの穴ではない。


 ひとことで言うなら、深淵。わかってる、ただの穴なんだと。弾を出すための、ただの穴。なのに、こんなに、てろん、としたぬめり気のような胡乱さというか、奇妙に吸い込まれそうな、魔力をもっているのだろう。それでいて、とても、とても冷たい。幾多の命を奪ってきた「もの」だけが持つ冷たさと妖気を、静かに放っている。静かであるだけに、よけいに怖い。


 「わかった?」


 「……うん」


 「これが、モノホンの銃の持つオーラ。銃はかっこいいわ。けれど、その本質は殺傷兵器。傷つけ、殺すためのもの。たしかにコミケは戦場ね。そこのオタたちも、歴戦のつわものどもでしょう。……が、結局は、日本人なのよね。戦いとは、無縁の」


 「それが悪いっての?」


 「なにもそんなことは言ってないじゃない。それが尊い平和というものよ」


 ひょうひょうと言うオルフェ。こいつは、こういった類のことを、ふっつうに言うんだよな……


 そして。


 これだけの「本物」の質を持ったものを具現化出来るほど、オルフェのLAOの能力は高い。あまりにリアリティがありすぎる。


 彼女は同人絵師である。スケッチブックに書いた「なにがしかの二次創作」を具現化する。対象は、僕のようにシチュを魔法めいたものにするというよりは、よりリアリティを増した形……実際の「もの」に出来る。


 で。


 「それ、何のドラグノフなの?」


 「レキたんハァハァ」


 「緋●のアリアかよ! ああっそうか、そのヘッドホン、レキコスか!」


 「風が聞こえてくるわ……」


 「ネタが細かい!」


 「長門フォロワーはさまざまあれど、レキはその中でも、完成度が高いわね。しかし思えば、90sエヴァも遠くなりにけり、ね。この手のは一も二もなく綾波系と言われたのに。長門さえ、当時は綾波との比較で語られたものよ。アスカがツンデレの代名詞であったのと同じように」


 「昔語りが多くなるとオッサンオバサンの証拠って知ってる?」


 ちゃき。


 僕の眉間に銃口が突きつけられる。


 「黙りなさい」


 ガクガクブルブル。こわい。銃口もだけど、オルフェの目が怖い。


 「はぁ……まあいいわ。お疲れさま」


 「おるふぇてんてーもお疲れさまですっ」


 素直な琴さん。


 「琴はいい子ね」


 「てんてーもいい子ですよお」


 「それ、どう受け取るべきなのかしら」


 「かわいいは正義なんですっ」


 「はぁ……弟だけじゃなく、妹も出来たように思えばいいのかしら」


 「いえ、てんてーのお姉ちゃんは私です」


 「ああ?」


 オルフェは今度は琴さんに銃口を向ける。少女ロッカーガクブルするの巻。


 「こらこら」


 僕はたしなめる。


 「あのね、私の方が姉なのだからね」


 「ひぐらしっ!」


 「琴、まだ言うの?」


 「琴さん、まだそのネタ使うの?」


 「さすが姉弟、息がぴったりですねぇ」


 「あらわかる?」


 「誰がじゃ!」


 にこにこするオルフェと対照的に、僕は激高する。


 「さあ、琴、部屋に帰りましょう」


 「パジャマパーティーですか?」


 「そうよ。いい響きね」


 「え、あれガチでやるの?」


 「そうよ童貞」


 う……


 うらやましいぃぃぃいいいいぃぃい!


 「血涙流すほどのものなのかしら。これだから童貞は」


 流すさ!


 女の子同士のキャッキャウフフな空間! ガールズトークとお菓子と素敵なものでパジャマパーチーは出来てます! 実際に参加したことがないから知らんけど、百合小説、百合漫画で読んだんだから間違いない。


 「ゆうせんせいのかわいい頃を聞かせてくれるんですよね」


 「きちんと覚えているわね。よかよか。今日のご褒美に私のiPadのアルバムを見ながら語り合いましょうか」


 「何を語り合うんだ!」


 「女の子同士のプライベートな話し合いに分けいるほど無粋な主人公は、地位を剥奪されるわよ? いくらハーレムの主であっても」


 「僕の現実のどこにハーレムがあるんだ?」


 「ああいえばこういう弟ね……」


 「はぁ……まあいいよ。邪魔は確かに無粋だ。僕は帰るよ……」


 なんかすっごい疲れた。夜はとっぷりと暮れていて、月明かりに照らされた路地裏は電線電灯が影絵になっていて、いかにも都心的殺伐である。その辺に転がったゴミ箱だの段ボールだのは、ほかの人に任そう。僕らはこいつら片づけたんだから……


 「じゃあね……」


 「あ、ゆうせんせい……」


 「……佑、あなた、帰って何か予定があるかしら? ニコ生視聴とか、どうしてもはずせないようなものが」


 「そこまで見たければタイムシフトかけてるよ……」


 「じゃ、つきあう暇はあるってことね」


 「これ以上僕をからかう気か。つきあってらんねえよ」


 「残念ね……佑の今日の頑張りをねぎらって、私たちのパジャマパーティに参加する権利を与えてあげようかと思ったのに」


 ……。

 …………。 

 ………………なんですと?


 「まっじっでっ!」


 「ものっそい勢いで振り向きましたね、ゆうせんせい」


 「食いつきがよすぎるわ」


 「……あ、でも、どうせあれなんだろ、なんかのオチが控えてるんだろ?

 ドア越しとか、目隠ししてとか。はっはーん僕はよーく読んでるんだ。ラブコメではこういうとき、オチが控えてるんだってこと」


 「それだったら私は、『同席権利』とか『視聴権利』とか、言葉をはぐらかして言うわ」


 「……てことは」


 「佑もちゃんとメンバーのひとりとして扱ってあげる、と……わっ!」


 「オルフェ様オルフェ様オルフェ様ナナミ様オルフェさまぁぁぁぁああああ!」


 「土下座してすがりつくほど!? それからさっきから血涙流しすぎじゃない!? あと一個F&Cの水月(す●げつ)的なマチガイが混じってる! 今の子誰も知らんわよ!」


 「てんてーのテンション高いつっこみって珍しいですね」


 「……琴、あなた、これと一緒でいいの? 私はこのアホは慣れてるけど……」


 「だったら私も慣れたいですっ。ゆうせんせいとは、一晩飛天●剣流について語り合う約束しましたしっ」


 あ、覚えてたんだ、あれ。


 オルフェは呆れ顔で、


 「あなたも大概お人好しというか、疑うことを知らないというか……」


 「ゆうせんせいだからOKなんですよ? ほかの男の人だったら、やんわりきっぱり、変に曲解されて望みを抱かれることのないように、可能性を潰す形で配慮する乙女スキルくらい持ってますよぉ」


 乙女スキル冷徹だな!


 っていうか。


 っていうか。


 ゆうせんせいだから……


 「……ぽわわ~ん」


 夢見心地だぜ……。


 「さあ、行きましょう。琴、道案内よろしく」


 「了解ですてんてー!」


 「ぽわわ~ん……」


 「愚弟、たいしたことない夢と甘美な現実、どっちをとるの?」


 「……はっ! 僕としたことが!」


 目が覚めた僕、二人についていくの巻。


 なんということでしょう……パジャマパーティーに、この僕が! 物語進みすぎじゃね? ここまでのは、ふつうラブコメラノベでは完結間近でだろう。


 夢のようだ……

 さあ、甘美であったかでキャッキャウフフなパジャマパーティーのはじまりだっ!

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