(6)
打ち合わせ回、はじまります。
ゆうせんせいと少女編集者の問答です
で、数日後。事さんと、東京の空庭社のビルのそばの喫茶店で、僕と新人編集者は、話し合いの場を設けていた。
あのあと、あの超絶ムリゲーな始末書は書きましたよ。なんとか、主任がいったように、しみじみと読ませるだけのものを書きました。比喩を駆使し、情感をにおわせて、けれど基本的に丁重に丁重に、それでいてユーモアを……小説書くほうが楽だよ!
てなことを琴さんにいったら、笑ってくれた。
「あの主任は、こういった無茶ぶりをするんですよ」
「うん、だいたいわかった。それで相手のスキルを見るようなひとだな」
「でも、ずいぶん主任、ゆうせんせいのこと気に入ってましたよね」
「便利な手駒ということじゃないのかな?」
「いやいや……確かに、私が、ゆうせんせいを元ガンホーだって聞いたときは、びっくりしました。というか、ガンホー自体、会社に入ってはじめてきいたようなものですから」
「うちらは秘密主義だったから。にしても、誰がチクったのか……、あ、それと。ひとつ気になることが」
「なんですかゆうせんせい?」
「いつの間にか、『ゆうせんせい』になったよね、僕のこと」
「いや、先生が、キャラ崩壊してから、なんかすごく親近感がわいてしまって。……お嫌なら、やめます」
「いやいや、僕と琴さん、同い年だし。そんな感じの方がよかったりする。……にしても、『ゆうせんせい』というのは、妙にファニーな呼び名だよね」
「なんか、ぴったりきたんです」
「まあ、ヘタレショタとか、童貞とかよりは、格段にいいんだけどね」
「その呼び名っていじめじゃないですか」
「昔つるんでた、ガンホーのナンバーワンから、散々その手の罵倒を聞かされたもんでね」
「……あの」
琴さんは、神妙な面もちで、僕に聞く。
「どうしてゆうせんせいは、LAOを……」
「ひとことではいえないなぁ……まあ、主任のいうように、多少の責任感はないわけではないから、空庭社のアフターケア事業なるものには協力するけど」
僕は話をそらした。
琴さんを信用していないというわけではない。ただ、この問題は、ずいぶん複雑なのだ。
「それよりも、僕の原稿について、打ち合わせしましょうよ。それが今日のメインテーマでしょう?」
「はいっ。よろしくお願いします」
琴さんは、やはり頭がよくて、身の振り方を知っている。僕が話題をそらしたのを、それ以上追求しなかったからだ。
「で、原稿を読みましたが……これ、フルボッコじゃないですか」
そう、僕の原稿は、青と赤のコメントが、乱舞していたのだ。ほとんど血塗れのように。
そりゃ覚悟しててたさ。これが商業だってこと。でも、ここまで書くかね。
「やっぱり僕のアドバンテージは、ガンホーだってことですか?」
ちょい疑心暗鬼というか、嫌味のような言葉が漏れてしまう。
「ゆうせんせい、ひとつだけ、認識を改めてください」
「というと?」
「赤が入れられる文章は、使いものになる、ということです。価値があります。ほんとうにだめなものは、即座にボツにして、他のひとにまわすか、自分で書きます。そのひとに任せません。プロ文筆において、使いものとか、使えない、というのは、そういう扱いなんです」
……ふむ。なるほど。ひとつの哲学である。
「それに、赤を入れたくなるほど、魅力がある、っていうふうに、捉えてください。私たちも、いいものを作っていきたいんです。そして、ゆうせんせいのこの原稿は、原石です。磨けば磨くほど、LAOにおいても、ひとつの勢力になることだって、可能なんです」
琴さんのモードが変わっている。こないだまで、気弱そうで、穏やかで、ほのぼのしていた女の子が、きっちりと正論を正面から言ってくる。
これが、編集者ということか……。うん。僕も、つまらないことをいうまい。襟を正さねばならない。
「わかりました。で、改稿ということですが……これ、ほぼ全面的に書き直す、って具合ですよね?」
「ええ。申し訳ないです。ただ、このままだと、『よくある地味なテンプレラノベ』になってしまいます。ゆうせんせい、『受ける』要素を積極的に取り入れたのはいいんですけど、どうにも『真に迫らない』んです。ハーレム構造にしても、RPG要素の援用にしても」
ぐうの音もでないね。
確かに、僕は「ウケる」ことを目論んで、書いた。しかしそれは見透かされてた、ってことか。
「そういうラノベは、量産されてるんです。……ゆうせんせいは、それらと十把一絡げに語られたいですか? 批評シーンで」
「ノーセンキュー」
さすがにここだけは譲れないなぁ。僕にだって野心はある。
「それから、もうひとつ。ゆうせんせい、設定詰め込みすぎだと思うんですよ」
「そりゃ、長年暖めてきたものですから」
「でも、設定だけで十ページ、っていうの、ラノベとしてはキツいです」
Oh……
「じゃあどうしたらいいんでしょう」
「赤ペンでも書きましたけど、設定自体は面白いんです。中世ファンタジーに、やたらとゲーム……RPGのメソッドを導入するという、あえて的なモダンさ。それから、キャラもなかなかいい感じです。……とするなら、新人作家さんのデビューとしては、この設定をもっとソリッドにまとめて、キャラ萌えにして燃え要素をガリガリいっていったほうが、いいと思いました。……ようするに、キャラ小説です」
なるほど。要するに、ラノベらしく、ラノベらしく、っていった具合。それも、現在のシーンに沿いつつも、独自性を出していく……言葉にすれば簡単なんだけどね。
「だったらプロットから改変しますかね」
「あ、いや、もともとゆうせんせいのプロットはシンプルだったので、あとは設定の煮詰め、というか簡易化と、より一層のキャラを立てる……ネタ感すらあふれるほどに、みたいな感じでいいと思います。で、具体的には……」
喫茶店のテーブル席には、二人分のお茶と水がある。時折僕はそれを口に含む。ある程度の余裕をアピるためだ。実際、ちょい砕けそうでもあるからだ。ここまでダメ出しされると。
けど、こんなにも、自作小説について、これだけ熱心に語ってくれる、ということは、本当にいままでなかったのだ。自分は、何回も自分の小説を読んだ。で、俺Sugeeeee、なんて悦に入ったりしてた。でもそれは個人遊戯にすぎず、こうしてレスポンスが即座に帰ってくる……なんつうか、手応え。これは、小説書きとして、うれしい。
なにかを作ってる、っていう、確かな手応えがある。なにかをディスるのではなく、冷笑するのではなく、ひとつのものを、真剣に作るということ。
僕は、琴さんとの仕事が、とても楽しかった。
いや、僕好みの美少女相手だっつうこともあるけど、それにしたって、このやりがいといったら。
……こりゃあ、やめられないわ。僕は、およばずながらであるけど、確かに文芸という仕事をしている。と自惚れる。
軽口こそたたくものの、僕は目がすげえ真剣である。
もちろん譲れないところはあるが、それにしたって、基本的に琴さんの言葉をすっと受け入れる。
……というかね。
「琴さん、ほんとに新人編集者なの?」
「え、いきなりどういうことですか?」
「この仕事のやり方、高校生じゃなくて、もうプロじゃん」
「ほめてもなにもでないですよっ」
すげえうれしそう。
「……僕がガンホーだったというのと同じくらい、琴さんも出版関連について、なにか独自の歴史なり個人の特技をもってるんじゃないでしょか」
カマをかけてみた。ただ、どうもそういう気がしてならないのだ。深く突っ込む気はないが。
「……」
しばし、琴さんは、沈黙する。
そして、
「……主任からよくいわれるんですよ、私、魔改造がめっちゃくちゃうまい、って」
「魔改造……」
その名の通り、ふつうの改造ではない。たとえば模型などでは、原型をとどめないレベル……ほとんど別物を作る、位の勢いの改造を指す。
そして文芸では……意味は同じであるが、どう「改造」するかというと、
・ハードSFの衣装の露出度が激しくなる
・ハーレムハーレムハーレムゥ!
・男と男の熱い友情が、ホモォ的展開になる
などなど。ほとんどエロス面じゃねえか。
……ただ、そうすれば、「売れる」のだ。世は、ニーズをそこに求めている。作家のイマジネーションこそが尊いものである、という考えからしてみたら、魔改造は堕落のひとことで片づけられるだろう。……が、出版社にしてみたら、「商業作品」を作るため、ごく当然のことなのだ。
「私、もとは空庭社のには『怪異エージェントとしての魔曲使い』として、スカウトされたんです。昔、やんちゃしていて、それが社のえらいひとに目にとまって。魔曲使いとしてメジャーデビューしてみない? と」
「すげえつっこみどころが多い発言ですな」
「まあ、でも、待遇よかったですから」
「空庭社について、若干の確認させてくれないかな。まず、怪異をブチのめす古い組織であると同時に、マイナー系、アングラ系出版を手がける出版社である、と」
「はいそうです。ゆうせんせい、調べてきたんですか?」
「そりゃ、僕の作家人生を託す会社だからねぇ……企業情報くらいはみますよ」
「ふつうの投稿者のひとで、そこまでみるひとは、あんまりみないですよ」
「だから世間知らずのワナビジャネーノ」
「まだゆうせんせい、本をリアルには出してないですからね。あんまり調子にのるとえらいことになるかと」
「はいごめんなさい」
僕は素直に謝る。ああ、話がそれた。で、
「『星辰文庫』っていうので、ピンときたんですよ、クトゥルー的に。ギミックワードですからね。で、調べたら、創元やら、青林社とか、国書刊行会とか、なんというか、オカルトファンタジーとか、超自然の色彩が濃い文学をよく扱う会社と仲よかったようで。絶版になった著作の権利を委託して、いろいろな形で補足するように出したり。また、民俗学……文化人類学や、宗教学、心理学といった人文系の学術書関連にも強い」
「はい。今でもよく、そういった会社のひとたちとお話しますよ」
「……ということはですね。そういったカテゴリーを扱っていて、隣接している会社ということは、昔から『そういった怪異』『世の暗がりのフシギ』に、通じている会社なんじゃないかと。で、琴さんのような、異能持ちをスカウトして、対怪異の仕事を、それこそずっと昔からやってきた、と。この出版社は」
「わあ……私が説明する必要完全になくなってしまいましたよ。ゆうせんせい、次の作品はミステリにしませんか?」
「話早すぎねえか!?」
どうもこの娘は天然が入っているように思えてならない。十中八九入っているだろう。どこまで本気か、という議論は無意味だ。全部本気で、豊かに人生生きているのだからこの手の手合いは。うーむ僕とかなり違う。
違うからこそ、惹かれるという理屈も、まあ。
「えーっとですね、どこまでお話しましたっけ」
「スカウト」
「あ、そうでした。で、魔曲使いとして採用された、ってことは、最初からこの会社の『ウラ』の方から入った、ってことです。このいまのような時代にとっては、どっちが日常で、どっちが非日常……表と裏の区別ってつきませんけど」
「それこそが僕らが狙ったことだしね」
「うーん」
苦笑いする琴さん。
「……ということで、LAOが設定されてから、星辰文庫は創立されたんです。『ネタを自ら作り出すことでLAOの怪異に対抗、あわよくばコンテンツビジネスで濡れてに泡』みたいな。弱小レーベル(しょうねん)よ神話になれっ、みたいな」
「うーむどこからつっこんだらいいのか」
その前に、つっこんだら負けのような気がひしひしとする。
「怪異が現前として存在する以上、よりすさまじい設定であるLAOを積極的に使っていこう、と」
「てことはなんですか、主任、僕らを叱れる立場にねえじゃないか」
「あ、あのひとの二枚舌は相当なものがありますから」
部下に二枚舌ってあっさり言われてるよ……。
「でもゆうせんせい」
「なんでしょ」
「LAO……よく作りましたよね」
「やってみたかっただけっすよ」
「そんな、オタク大学生がひと夏の暇つぶしで作る同人誌のようなノリで、世界を変えないでくださいよ」
ものごっついさらりと、学生切ったな今。
「まあ、昔の話だよ。もうLAOは僕が掌握できる範囲を越えて、世の中で暴走してる」
「東方二次創作とかボカロみたいにですか?」
「結構、琴さんって、キレキレのネタを拾ってくるんだね」
結構感心してる僕であった。ただのおっとり天然ではない。
とりあえず、LAOに関しては、ここいらで、みたいな空気を作った。強引かつ、責任逃れかもしんないけど、僕にとっては、琴さんがどうして魔改造スペシャリストだというのか、というのと、これからの僕の小説がどうなっていくのか、ということにのみ焦点がある。
落ち着いた感じの喫茶店で、焦げ茶色を主体としたシックな雰囲気の中に、紅茶の香りがふわっとしている。隅においてある観葉植物や、絵画が、なんとも上品だ。メイド喫茶の対局である(執事喫茶がまだ近いかもしれん)。
僕と琴さんは、静かに、しかし熱くディスカッションをしていた。




