初めて二人で出かけた日(2)
続きです。
とりあえず、二人だけでお散歩計画スタートです
次の日。天気はいいけど、風があるから涼しかった。
少し臭いけど。
山道は思っている以上に急だった。太い根がいくつも道に剥き出しになっている。
チビ足は何度も足を取られ、もう泣きそうだ。
「早いけど、休憩しよ」
僕はチビ足と手を繋ぎ、少し先に見えた空が開けた場所を目指した。
道端にいくつも大きな岩が転がっている。
僕たちは岩に腰を下ろし、リュックの中からおやつを取り出す。まだお昼ご飯じゃないからおやつを食べないといけない。
ナッツの入ったクッキーを食べる。
水は、飲みすぎないように気をつける。
「鳥の声が聞こえるね」
「そうだね。でも、全然姿が見えない」
二人で鳥の声がする方を見るが、うまく見つけられない。
「狩人ってすごいね」
「目がすごく良い人がなるんだよ」
遠距離武器を使える人に、僕たちは憧れていた。
おじい様は、矢が無くなったら役立たずだと言うけど、飛距離とコントロールは何度見てもカッコいい。
「一番集中力が必要なジョブ(職業)ってなんだろう?」
「やっぱり、狩人?」
「魔導士だって集中力必要じゃないの」
僕は、目の前にいるチビ魔導士に聞いた。
「魔導士は適当にぶちかませばいいんだもん。楽だよ?」
「誰が言ってたの?」
「闇魔法得意な酒飲んでるオジサン」
顔がうかんだ。黒い破れた帽子と、やたら大きな魔石の杖を持ったエルフのオジサンの事だ。
「…あの人のアドバイスはやめておきな」
「バアバも同じ事言ってた」
僕たちはクッキーの袋を片付け、手を繋いで歩き出した。
◇◇◇
休憩を入れながら、やっと湖に辿り着いた。
ーそこは、蒼の世界だった。
見たことのない、空より鮮やかな蒼い水をたたえた大きな湖が静かに広がっていた。
時折吹く風に水面が揺れる。
チビ足が繋いでいた手をギュッと強く握りしめたから、僕は我にかえった。
緑の森を抜けた先にあった別世界に、心を奪われていた事に気付いた。
「いこう」
僕たちは湖まで走っていった。
ーーー
そっと水を覗き込む。魚の気配が無い。
チビ足は水を掬って口に含む。
「魔力が濃い」
パチャパチャと水を飛ばした。
「普通のマスはいないかも……」
僕も少し水を掬って口に含む。口の中に軽い苦味が広がる。
「大型魚とか、深い所にいそうだね」
僕は湖から離れた。
「もうお昼ご飯の時間だよ」
「食べ終わったら湖に入って遊んでいい?」
「うん。食べ終わったら遊ぼう」
僕たちは持ってきた丸パンとドライソーセージ。いくつかのリンゴとアーモンドを取り出した。
おじい様と一緒に狩りに行く時の定番メニューだ。お昼ご飯に、おじい様が獲った獲物が増える事もある。
今日は、残念ながら何も増えなかったけど、おやつも食べたから僕たちのお腹は満腹になった。
◇◇◇
食後は湖に足を入れてみた。ひんやりとした水が心地良い。
チビ足が帽子で掬った水を力いっぱい僕にかけてきたので、頭からまともに被ってしまった。
僕は全力でチビ足を追いかけ、足を掴んで湖に投げ込んだ。
沈んで見えなくなったチビ足に、一瞬不安になった。
ざわざわと水面が盛り上がり、勢いよく水柱が上がるのと同時にチビ足が飛び出してくる。
いつのまにか、その手には杖が握られている。
急いで湖から上がる。
湖の上に立ったチビ足の詠唱が始まった。
荷物から短剣を取り出し、荷物から離れた場所で両手に構える。
『我に応えよ、水の使者!』
水面から何本もの水が勢いよく僕目がけて飛んでくる。水の勢いを短剣の腹で流れを防いでいったが、とうとう僕の耳の脇を掠め、血が滲んだ。
「痛いよ…」
「ちゃんと避けろ、下手くそ」
水から上がってきたチビ足が笑いながら僕の傷に手を当てた。指先が輝き、傷の血が止まった。
僕たちはびしょ濡れの身体を乾かすべく、草の上で少しだけ昼寝を始めた。
◇◇◇
寝過ごした!
太陽が傾きかけている。
まだ寝ぼけているチビ足を叩き起こし、荷物を背負う。
しっかりと休めたから、足取りは軽い。
僕たちは順調に山を下って行った。
ーーー
「なんだよ、これ…」
行きには無かった大きな岩が山道を塞いでいる。
「おやつ食べたとこ?」
チビ足に言われ気がついた。
行きに休憩した、道端の大きな石に座っておやつを食べた。
あの場所に、落石があったのだ。のんびりと座っていた石は、予兆だったのだろうか。
僕たちは岩を見つめたまま無言になってしまった。昼間に聞こえた鳥の鳴き声が聞こえる。
この大きな岩をどうすればいいのだろうか。
僕は、壁と岩を登って越える事を考えた。自分1人なら出来そうだ。しかし、チビ足がいくら軽いと言っても背負ったまま登るのは難しい。
山肌を見る。大きく抉れた部分がこの目の前にある岩なのだろう。
手をかけても大丈夫かわからない。
こんな時、おじい様ならどうするのだろうか。
ーーー
「壊そう」
チビ足は杖を取り出した。
「ジイジなら壊す。次に通る人の邪魔って言う」
杖を構えるチビ足を見ながら、山肌をもう一度見上げた。
「ボクに強化魔法かけて」
「何で?」
「破壊魔法で砕いた衝撃で、また山肌が崩れるかもしれない。だったら、強化魔法をかけてもらって、ボクがチビ足を担いで乗り越える方がいいよ」
チビ足は少し考えて自分自身に強化魔法をかけた。そして、短い詠唱をすると僕に強化魔法をかけた。
心臓がドキドキする。息が僅かに上がる。
チビ足は荷物を背負うと僕の背中にしがみついた。僕が手で支えなくても、大丈夫そうだ。
大岩に指先をかける。自分の身体が軽い。スルスルと岩を登っていける。頭の中が楽しくなり、根拠の無い無敵感に満たされる。
岩を登りつめた時、叫びたい気持ちになる。
「落ち着いて降りて」
耳元のチビ足の声に促され、ゆっくりと岩を降りていく。
「間に合うから大丈夫」
チビ足はそう言った。
岩から飛び降りなかったから、時間がかかった。
「走らなくていいから」
もう日が沈みかけ、空が紫色に染まる。
早く帰らないと。足はどんどん早くなり、全力疾走になる。
「止まって!今すぐ止まって!」
背中のチビ足の悲鳴のような訴えが風に混ざる。
あと少し。あと少しなんだ……。
視界が揺れた。足元が崩れ落ちていく。
目の前に草がある。
音が聞こえない。
なにが…、どうなったの?
……鳥の声が聞こえた。
大きな白い鳥が目の前に降りると、一瞬にしてマグダリア様の姿に変わった。
マグダリア様が何か言っている。
視界が暗くなる。
……チビ足はどこだろう?
◇◇◇
「気がついたか、クソガキ」
僕が目を覚ますと、ベッドの脇に立ったマグダリア様が睨みつけていた。
「強化魔法はどうだった?楽しかったろ?」
マグダリア様の反対側で、小さな鳴き声が聞こえてきた。
首を向けると、顔を涙でべしょべしょにしたチビ足が座っていた。
「チビ足…、大丈夫?」
チビ足はコクンと頷くと、更に涙が溢れた。
「良かった…」
「良くは無いな」
マグダリア様の声が部屋に響く。
「チビ足にも言っておいたが…。12歳以下の強化魔法は禁止事項だ。筋力を上げる為に、魔力で脳のリミッターを外す魔法だ」
長い指先で僕の頭をグリグリと押す。爪が食い込み痛い。
「高揚感、無敵感を覚え、普段だと出来ない事が出来る気になる。その状態で筋力を魔力で無理やり動かすのが強化魔法だ。戦闘時以外の使用も禁止されている。違法薬物と似たようなものだ」
舌打ちをすると、今度は部屋をを移動し、チビ足をつまみ上げた。
「ジジイにかける用に覚えさせた強化魔法だったのに…。やっぱり教育に悪いわね、あの野郎」
マグダリア様は室内にいたスタッフに声をかけた。
「大岩は意識を取り戻した。今は強化魔法の後遺症で動けないけど、筋肉痛の酷いやつだから心配しないで大丈夫。そう皇帝陛下とクソジジイ(上皇陛下)に伝えて。私はこのバカの説教タイムがあるから帰るわ」
チビ足を脇に抱え、振り返る事なく部屋を出て行った。
◇◇◇
トイレに立つ時も足が震えてうまく立てない。7歳にしてオムツに戻ったのは僕の心に大きな傷を残した。
スプーンもうまく持てず、母上が嬉しそうに食べさせてくれるのも辛かったが、それをチビ足に見られた時、本気でもう友達をやめようと思った。
籠いっぱいのコケモモを摘んで来なかったら、友情は永遠に消えただろう。
「バアバ(マグダリア様)に、死んだ方がましなぐらい怒られた」
「…そう」
「ジイジ(上皇陛下)が、バアバと柘榴バアバ(上皇后陛下)に死ぬより辛い顔で怒られてた……」
「……そう。え?」
「ジイジがちゃんと強化魔法の危険性を教えずに目の前で乱用してたのが悪い、って」
おじい様は、僕の軽弾みな判断のせいでこっぴどく怒られたのか。
「しばらく、ジイジと一緒に遊びに行くの禁止されました……」
「そう…」
「あと、二人で黙ってどっか行くのはずっと禁止になりました」
それは、仕方ない。
「二人で出かけたいなら、包囲網を突破できたらって言われました」
それは…、どういう事?
「警備兵が強硬手段で止めるのを突破できたら行ってもいいってさ!」
「……そう」
僕は布団を被ってベッドに潜り込んだ。
「じゃあ、早く体力回復しないとだね」
「うん!」
チビ足は、パタパタと足音を立てながら部屋を出て行った。
(…なんでそれを警備兵のいる前で言うんだろう)
僕は目を閉じながら、口元が緩むのを必死に堪えた。
おわり




