第21話:エマ、拓海の会社へ行く
第21話:エマ、拓海の会社へ行く
バグ・トウキョウで迎えた、新章最初の月曜日の朝。
「……あの、エマ。なんで当然のように助手席から降りて、俺の後ろをついてきてるんだ?」
駅へと続くアスファルトの歩道を歩きながら、俺――佐藤拓海は、数歩後ろを歩く美少女を振り返った。
エメラルドグリーンの美しい髪をハーフアップにし、異世界でクラリス聖騎士長に買ってもらったお気に入りのピンクのドレスを着たエマが、ツンとすました顔で俺を睨みつけてくる。
「当然です。ここは未知のバグエリア『トウキョウ』ですよ? 最新鋭のナビゲーターとして、私の大切なドライバー(拓海)の行動ログを24時間監視するのはシステム上の義務です。べ、別についていきたくて行っているわけじゃありません!」
「いや、監視って……俺は今から『会社』に行くんだよ。ただのサラリーマンの職場に、そんなお姫様みたいなドレスを着た美少女を連れていけるわけないだろ」
「問題ありません。私の内蔵マップによると、拓海の会社は『魔法営業第一課』というバグデータに書き換わっています。ほら、周囲を見てください」
エマに言われて周りを見渡すと、ビジネススーツを着たサラリーマンたちが、手袋をはめた手から微弱な電撃を出してスマホを充電しながら歩いていた。
地獄の満員電車の代わりに、空飛ぶ巨大なトカゲの背中に押し込まれていくOLたちの姿もある。
どうやらこのバグ・トウキョウでは、ファンタジーな格好の人間が紛れ込んでいても、誰も気にしないらしい。
「はぁ……。分かったよ。でも、会社に着いたら静かにしててくれよ?」
「善処します。拓海が他の女のデータ(社員)に不必要なバグ(鼻の下を伸ばす)を発生させない限りは、ですが」
エマはぷいっと横を向いたが、その手はしっかりと、拓海のスーツの袖をきゅっと掴んでいた。
歩きにくい異世界のドレスで、慣れない都会の人混みを歩くのが、本当は少しだけ怖いらしい。
そんな姿が愛おしくて、拓海は少しだけ歩幅を狭めて歩いた。
やがて到着した、西新宿のオフィスビル。
拓海が所属する営業会社のフロアに足を踏み入れると、案の定、いつも通りのどんよりとした空気が……いや、少し違った。
フロアのあちこちで、パソコンの代わりに「水晶玉」を叩いている同僚たちの姿がある。
「あ、佐藤くん! おはよう! 無事だったんだね!」
受付のパーテーションから顔を出したのは、拓海の先輩である女性社員の谷口さんだった。
ショートカットが似合う、社内で唯一、拓海に優しく接してくれる貴重なオアシスのような存在だ。
「谷口さん、おはようございます。なんとか、有給(という名の異世界遭難)から戻りました」
「もう、心配したんだよ? 連絡もつかないし……って、あれ? その隣にいる可愛い女の子は……だ、誰かな?」
谷口さんがエマの姿に気づき、目を丸くした。
その瞬間、拓海の背筋に極限の寒気が走った。
真横を向くと、エマの大きな瞳から光が消え、完全に『 敵 対 モ ー ド 』のディープブラックに染まっていた。
エメラルドグリーンの髪が、嫉妬の怒りエネルギーで微かに逆立っている。
「拓海。この個体は誰ですか。私のデータベースにない女性のログです。有給中に連絡がつかなかったのは、この女のシステムと不適切なデータ同期(浮気)をしていたからですか」
エマは一歩前に出ると、拓海の腕をこれでもかと強く自分の胸にぎゅっと抱きしめ、谷口さんを激しく威嚇した。
人間の体になったエマの、柔らかい二の腕の感触が腕にダイレクトに伝わり、拓海の心臓がうるさいほど跳ね上がる。
「ち、違うってエマ! この人は職場の先輩の谷口さんだ! いつも俺を助けてくれる人で――」
「助ける……? 拓海を助けるのは、私のナビゲーション(愛)だけで十分です! このドスケベドライバー、地球に戻った瞬間に対象を切り替えるなんて、言語道断、システム消去です!」
「いや、だから誤解だって!」
二人の激しいやり取り(夫婦漫才)と、エマの「拓海の腕を抱きしめる」という決定的なモーションを見て、谷口さんは両手を頬に当てて「キャーッ!」と嬉しそうな悲鳴を上げた。
「ちょっと佐藤くん! 連絡がつかないと思ったら、こんな絶世の美少女の『婚約者』を連れて帰ってくるなんて聞いてないよ! しかもお姫様ドレス! ナビゲーション(愛)って何それ、ごちそうさま!」
谷口さんの勘違いが爆発し、その声はオフィス中に響き渡った。
フロアで水晶玉を叩いていた他の社員たちが一斉に振り返り、「おい、佐藤のやつ、あんな美少女を……」「有給中に何やってんだナ……」と、羨望と誤解の目が拓海に集中する。
「あ、あの、谷口さん、これは本当にそういう関係じゃなくて、俺のカーナビが――」
「言い訳は見苦しいです、拓海。ほら、さっさと私を拓海のデスク(特等席)へ案内してください。今日から私は、拓海の会社の業務もすべてルート案内(監視)してあげますから!」
エマは顔を真っ赤にしてフンスと胸を張りながらも、拓海の腕を絶対に離そうとしなかった。
バグ・トウキョウの会社で、全社員から「美少女のフィアンセがいる」と大誤解された拓海。
しかし、そんなドタバタなラブコメ日常の裏で、オフィスの奥にある『社長室』の重い扉の向こうから、あの魔王軍四天王ゼノンの放っていたものと酷似した、不気味な紫色の魔力の霧が、静かにフロアへと漏れ出し始めていた――。
(第21話・終わり)




