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#26 第七十六噺


ほどけた長い髪を、ようやく編み終えた紬(つむぎ)は、

愛衣花《めいか》のスク水の肩紐を持ち手に、エコバッグのように肩からぶら提げると、

その中に汚れたお嬢様服と黒パンを詰め込んでから、改めて近くの衣紋掛けに引っ掛けた。


愛衣花《めいか》は、すでに白いワンピースに着替えており、お馴染みのNPO(ノー・パン・オシリ)呆人になると、後はガイジンらしく自然乾燥に任せて、楽しそうに衣装棚を見て回っていた。


「…ところでツムギは、ホタルのお兄様達に会ったことがありますか?」

と、金髪少女が引き出し型の桐箱の一つを開(ひら)きながら言う。

「いいえ、私も会ったことないわ。話によると、ホタルが7歳になるまで宮代(みやしろ)家の男性達は女装していたらしいけど、私達もまだ小さかったから、会ってもよく覚えていないだけなのかもね。」と紬が答える。


「それにしてもツムちゃん……この部屋には可愛いお洋服が一杯ですね……これなんか、プリンセスか、妖精か、はたまた天使みたい……ふむ。宮代家の洋装は、徹底してスカートのようですね。そして、ピンクとか赤とかが多めで……。あと何でもかんでもキラキラ光ってますね……無駄にリボンとレースもマシマシです……」

「メイカちゃんは気に入った服ありそう?」と紬が、近くにあったユニコーンプリントのTシャツを眺めながら言った。


「スッゴク気に入りました!どれもこれも、み~んなカワイイ!!でもこの箱にあるのは全部大きいですね……さすがに男子が着ていただけあります……。肩幅とかが広過ぎるかも。」

「……逆に私はちょっと……。ここにあるような服は、女の子女の子し過ぎてて好みじゃないかなあ……」と紬が言う。


「ツム?贅沢言っていると着るものがなくなってしまいますよ?アナタ、夏服があらかた虫に食べられてしまったんですよね。」

愛衣花《めいか》は一番下の段から、幼稚園の制服を引っ張り出してきて、「あ、これならサイズピッタリ♡」と嬉しそうに自分の肩に合わせてみせた。

「……それは学校に着ていけないでしょ…忘れがちだけどアナタ中学生なのよ。」

「じゃあ、これと合わせて……こうして……ちょっとアレンジしてみませう。」と愛衣花《めいか》は、ディスティニープリンセスのマントを羽織って、別な箱に収納されていた羽つきのリュックサックを背負うと「なになに~?、宮代ブラザーズ~!?女の子の夢を叶(かな)えてもらい過ぎじゃないでスカ~??」と言って、プラスチックの宝石が嵌まった王冠を被って、ルルル~♪と歌いながら回ってみせた。


紬は心の中で、(………宮代の男児は、家に女が生まれなければ……切られる(▪▪▪▪)宿命だったわけだしね……その過酷な運命に同情されて、小さい頃から甘やかされ放題だったのではないかしら……。)と表情を悟られないように背中を向けながら考えていた。

(……ホタルが7歳を迎えた時点で、……もう三々賀(みさんが)の巫女の娘が、簡単に怨霊に呪い殺される心配も無くなったということで、無事、宮代の男性達はお役御免となった…。その時お兄さん達はホッとしたのかしら。それとも跡継ぎになれなくて残念に思ったのかしら……。お祖母ちゃんが言うには、ホタルの2番目のお兄さんが、特に非凡な才能を持っていて、

幼いホタルに万一のことがあった時は後を継ぐ予定だったらしい。

……なんなら彼はホタルよりも強力な妖力を秘めていて、5歳の時にはすでに砂場に出た危険な祟り神(サンドワーム)を制圧したという話だ。)


紬はふと、目の前の棚の上にある止まった時計の後ろに、写真立てが伏せてあることに気付いて、それに手を伸ばしていた。

積もった埃には指の這う跡が残り、紬はそれがいけないことのような罪悪感を覚えながら、壊れ物でも取り扱う慎重さで、マホガニー色の写真立てを手前で立ち上げてみた。


………。


「なあに?ソレ」と言って、背後からアラビアの姫のように、頭から不織布を被った愛衣花《めいか》・エル・ターナーが覗き込んでくる。


ガラスに仕切られた額(がく)の内側には、まだ印刷も鮮やかに残るカラー写真が入っていて、長年伏せられたままだったおかげで色褪せを免れていたことが見てとれた。


「……それが、ホタルのお兄さん達でしょうか?」と、愛衣花《めいか》が興味津々で聞いてくる。

「そう……かもね…」と言って、紬は改めてその写真を覗き込んだ。


そこには3人の少女が並んで写っていて、その中で一番背の低い女の子が赤ちゃんを抱いていた。

「……この赤ちゃんがきっとホタルね。」

真ん中に立つ背の高い少女は、生真面目そうな顔を真っ直ぐカメラの方に向け、その黒いストレートヘアのてっぺんに、金属の菊をあしらった前天冠(まえてんかん)を挿している。装束は、今のホタルが着ているものと違う型(かた)をしていて、襟は左前になっていた。

向かって右側の猫足椅子に腰掛けているのは白いガーベラのようなドレスを着た美少女。髪はホタルに似てふんわりと横に広がっていて、この写真で見る限り微(かす)かにブラウンがかっているようにも見えた。

「…この子が一番カワイイですね。」と首を出した愛衣花《めいか》も太鼓判を押す。

そして最後に赤ちゃんを抱いた背の低い少女。この子はおかっぱ頭をしていて、黒い地に牡丹柄のろうけつ染めをした浴衣に袖を通しており、満面の笑みを浮かべて、……ブスッとした顔の赤ん坊のことを抱っこしていた。


「メイカは、この椅子に座った華やかな子の服を貰いたいです!」

「……じゃあ私はホタルを抱いた子の服かなあ……。それにしても、この人達、本当に男の人なんだよね??どう見ても女の子にしか見えないけど……」

「それに、みんな飛びきりの美少女!でもホタルには遺伝していないみたいですね……」と金髪碧眼の少女は憐れむような目で、ふてくされた赤ん坊の顔を見つめた。

「……まあ、そんなこと言ったら可哀想よ。ホタルはホタルなりにまだ綺麗な方(ほう)よ。比べる相手が悪過ぎるわ……」


****************


「あ!ツム!見てください!」


愛衣花《めいか》が、自分が散らかし放題にした引き出しの残骸から、ハンガーで纏められた水着一式を引っ張り出してくる。

「スク水どころか、ビキニですよ!?ビキニ。これ、男の子でも着れるんですか??」


「……いや、ど、どうかな……着れる……のかしら??でもよく考えたら私達が……男性の何を知っていると言うの……」

眉をしかめ、顎に細い人差し指を当てた紬は、「……まあこれは下がスカートタイプだし。ほらメイカちゃん?男の子でさえ上を隠すんだからアナタも隠しなさいよ……」と言って他に水着がないか桐箱の中を漁り出した。


「ま、待って……これは……、レ、レオタード?かしら……」と言って紬は、スク水と形状のよく似た白い衣装を取り出す。「あ…トゥシューズもあるわ。」


「宮代のお兄様達はバレエも嗜(たしな)んでいたのですね。」

「まあ……元々……バレエは男女問わず、ピッチリしたやつを履くから……ほら、王子役のタイツとかもあるし……ふ、膨らんでも、そこまで変ではないのかしら……」と紬が慎重に言葉を選びながら言う。


「ツムは、水着の代わりにその白いのを貰えばいいんじゃないですか?形はソックリですし、それならスク水の生徒達に交ざっても違和感は少ないのではないでしょうか??」と愛衣花《めいか》が言った。

「え?し、白は透けないかしら……ほら、白の水泳帽は、濡れると髪が透けるでしょ…?それにやっぱり、肌に直接着ていた物は抵抗感があるかも……」と紬が言う。

「Soですか?美少女が履いていたやつと思えば、メイカの方(ほう)は想像していたより嫌悪感はないです…。あ、そうだ!次のプールの時間までに黒いゼッケンを縫い付けたらお洒落じゃないですか??白黒反転で可愛いかも……!」

「…………メイカちゃん??…いえ……やっぱりいいわ……。一応ね、学校指定のスク水は取り寄せてるから…。今年のプールは夏本番まで続くでしょうし。それまで私はプールは見学することにするわ……。」そう言うと、紬はレオタードを畳んで脇によけた。

「じゃあ、メイカがその白い水着もどきを貰いましょうか?前にも言ったように代わりにメイカのスク水をあげますよ?」

紬は、部屋の隅に掛けておいた、汚れ物を入れたスク水着型エコバッグを見て、「いや……よく考えたらアナタのは小さそうだからやめておくわ…」と言った。


「早く水着が届くといいですね……。ちなみにメイカは、この写真に写る美少女達が着ていたのだと思えば、下着とかも貰って平気な気がします。」とプリンセス愛衣花《めいか》・エル・ターナーは言い、他の引き出しもごそごそと探り始める。

「おおっと……これは……」

「どうしたの、メイカちゃん?」と言って紬が振り返る。

見ると金髪少女の手には、薄ピンク色のワイヤー入りブラジャーが掲(かか)げかれていた。


「Oh、宮代ブラザー……これはいったい……」と愛衣花《めいか》が囁くような掠(かす)れた声で言う。

紬も唾をゴクリと呑み込み、「……ビ、ビキニならまだしも……下とセットだから分かるけど……、ブラジャーは見えないんだし、付ける必要がないでしょ……」と言った。「いや、ちょっと待って……お兄さん達は女性ホルモンを注射してたってホタルは言ってなかったっけ……。」と紬は険しい表情をして、「だとしたら、宮代ブラザーズさん達には、胸が…あったのかしら……」と呟(つぶや)いた。

「これはワタシには不要ですネ」と言って愛衣花《めいか》がポイッとブラジャーを捨てる。

「いやいや、メイカちゃん。アナタこそ必要でしょ?これから先使うことになるから貰っておきなさいよ。」「いいえママ。メイカはブラデビューを断固拒否します!」

「誰がママよ。まあ、でも、困った時は遠慮しないでね。初めてのブラをえラブ時は相談に乗るから。」「わかりました。ツムちゃん。アナタの気持ちと、その海のように深い母の愛(ラブ)だけはありがたく受け取らせていただきます。ラブ・アンド・ピス♡」と愛衣花《めいか》がダブルVサインをすると「……今はブラより先にパンツを探してください…」と言って、ハックション!と、くしゃみをした。


――――――――――――――――


十数分が経過した後(のち)、プラチナブロンドの少女の背後には新たなお嬢様服や帽子や靴などが山積みになっており、

それを見た紬(つむぎ)が「メイカちゃん?それ全部持って帰るつもり?」と半ば呆れた様子で呟(つぶや)いていた。

「ところでツムちゃんの方(ほう)はどんなのを選んだんですか?見せてください♪」と言って、一世代前の魔法少女がプリントされた可愛いパンツを見つけてきたことで、さっきから上機嫌の愛衣花《めいか》・エル・ターナーが、

紬の選んだ、行儀よく畳まれた服を背伸びして覗き見てきた。


「うん。この辺りなら私でも着れるんじゃないかなあ…って思ったの。」と言って、紬が白いTシャツを何枚かと、紫色のキュロットスカートと花柄のハーフパンツ1枚、レギンス数本と、左右の靴紐の色が違うお洒落なスニーカーなどを見せる。


「さ、後はホタルが戻ってきたら、袋にでも詰めてもらって帰るだけですね。」と愛衣花《めいか》は満足そうな表情で言い、手を擦り合わせてニッコリとする。

「じゃあメイカちゃん。ホタルが帰ってくるまでに、この散らかしたお洋服を片付けときましょう。……どこにどれが入っていたか覚えている?」

「覚えてません。(キッパリ)」

紬は、やれやれ…と溜め息を吐きながら立ち上がり、何とはなしに再び宮代(みやしろ)の兄達の写真を見にいった。


棚の上は倒れていた写真立ての形に埃が抜けている。


美少女達に囲まれたむちゃぶくれの赤ん坊。

紬はクスッと笑い、……ふと気になって、もう一度写真をよく見直してみた。

「…ねえツムちゃん」

愛衣花《めいか》に声を掛けられて、紬は「ん?」と振り返る。


「キャ??!」


驚いて尻餅をついた紬の上から、真っ白な狐のお面を被った少女が彼女のことをじぃっ…と見下(お)ろしていた。

「びっくりさせないでよメイカちゃん?!そのお面どこから出してきたのよ??」


「ん?真ん中の女の子(▪▪▪)の衣装が入った桐箱からです。」と言って金髪の狐が面を頭の上にずらすと、ニッと八重歯を見せて笑う白人少女が出てきた。

「メイカちゃん??不用意に神具みたいな物に触っちゃダメでしょ!!バチが当たるかもよ??」と紬が言う。

「……だ、大丈夫じゃないですか……?ここにあるものは自由に選んでいいって、ホタルは言ってましたから……」


「とにかく、それは戻しなさい……」そう言いながら木守(きもり)紬(つむぎ)は、

……あれ?こんなこと前にもなかったかしら……と考えていた。


………。


……確かあれは……、小3くらいの夏祭りの時………。

……夕暮れ時、ここ宮代の杜(もり)の境内で……お祖母ちゃんとはぐれてしまった私は、小さなおやしろの手前の石灯籠の所で………

同じように尻餅をついて狐のお面を見上げていたような気がする………。


何で今まで忘れていたんだろう……。



狐のお面を被った白装束の少女が、そのふわりとした髪を両端にはみ出させながら、幼い紬の前に跪(ひざまづ)いている。

そしてピッ、ピッ、と人差し指と中指を合わせて十字に印を結び、「怖かった?……もう大丈夫だよ。あとで記憶を消すから安心してね」と優しげな声が言った。


ぼんやりとした意識のなか紬は、自分の体の周りに、粉々に割れた硝子が飛び散ってキラキラと輝いているのを見つめ、

手を引かれて立ち上がりながら、頭上に吊るされた風鈴の殆(ほとん)どが、ギザギザに砕けてしまっているのを見上げていた。


「キミは宮代の器(うつわ)候補の女の子だよね。」


紬は、目の前にいる狐の面の少女の背後に、何かどす黒い気配が隠れているのが気になって、背伸びしてそれを見ようとした。

視線の先に気付いた狐の子は、「まだ生きていたか。」と静かに、だが力強く言葉を発し、

振り返りざまに、美しく椿の模様を施(ほどこ)した拵(こしら)えから山刀(タシロ)を引き抜くと、

チェックボックスにレ点を入れるように、空間を斜めに切り裂いた。


血飛沫がびちゃびちゃっ!と紬の顔にかかり、長い髪をおみくじで結った少女はそのまま気を失いかける。

そして狐の子の腕の中に倒れ込み、強い力で抱き止められると、一気に甘いお香の薫りに包まれていき……、紬(つむぎ)は耳許で「ありがとう。」と囁かれたような気がしたが、すぐに視界が真っ暗になり、そこで記憶が途切れてしまった。


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