#19 第八十三噺
三神丘の曲がりくねった坂道を、古い大八車を引いた宮代蛍と、それを後ろから押す2人の少女の影が、
よろよろと進んでいくのが見えた。
「これ3往復もするの無理じゃないですか??」と金髪碧眼のスク水少女、愛衣花・エル・ターナーが汗をかきながら言う。
「しかも、帰りは重い荷物を運ぶんですよね?!」
「帰りは下りだから……」と自らも大汗をかくブルマ少女が答えた。
横で荷台を押す白人少女の、酸っぱい汗の匂いに気付きながら、エンジ色の甚平とベージュ色のモンペ姿の木守紬が「タンポポ屋敷についたら飲み水はある?……私、もう水筒の中、空になっちゃった……」と言う。
「うん、今朝早く、帰り際にタンポポ屋敷の井戸を浄化しておいたから……多分もうそろそろ飲めるようになってると思うんだけど……。念のため濾過してから飲んだ方がいいかもね。中でネズミが死んでたし。」と蛍は言って、体操着の下にあるブラの紐を触った。
「や、やめておくわ。」と紬が呟く。
「おおっと?!」と蛍が突然大声を出し、腰から抜いた鉈を片手でひゅっ!と斜め前に投げつけると、
……道の脇で、マキリに串刺しになったサソリがピクピクと震えているのが見えた。
「サソリがいるということは……」と蛍は言い、「ちょっと待ってて!」と大八車から手を離し、
「ホタル!急に離さないでよ!!」と紬と愛衣花が、坂を転がり落ちそうになる台車をぐぬぬぬぬ……と後ろから必死に支えるのを横目に、蛍はサソリからマキリを抜き取ると、道から外れて林の方へ入っていってしまった。
ガサガサガサ……
「ああ、やっぱり!ここらへんちょっと砂漠化してるわ!」と藪の中から嬉しそうな声が聞こえ、
続けてシュパンッ!と鋭い音と共に、蛍が手に緑色のものを握って戻ってきた。
「サボテンが生えてたわ!」
ブルマ少女は、切り取ってきたと思われる緑色の果肉を口の上に掲げ、ギュぅぅぅぅぅ……と握るとドロリと零れてきた水をベロで受ける。
「う……思ったより苦いのね。」
そのまま「どうぞ」と差し出された、握り潰された物体を見て、紬は「……いらない」と首を横に振った。
「ツムちゃん、大丈夫よ。サボテンによっては毒があるものも珍しくないけど、この種類のやつなら…確か飲めたはずだから。」と蛍が言うと、
紬は「いやいや……「確か」とか、「はず」とか…そんな曖昧な感じで平気なの??私達の胃はそこまで丈夫じゃないからね……飲むのは危険よ。メイカちゃん?これで汗でも拭いたら?」と言って、受け取ったサボテンの中身をスク水少女に手渡した。
「ありがと」と愛衣花は言い、潰れた果肉を使って脇の下を拭き始める。
「ヒンヤリしてキモちぃ」
「メイカちゃん、ついでに足の裏も拭いたらどう?」と紬が何気ない風を装って言った。
「Why?」と
キョトン、と愛衣花が首を傾げる。
「いや……なんでって言うか……拭いた方が良くない?……隣人として拭くことを強くお酢スメするわ…」
蛍が「メイカ嬢はお気付きでないようですね……サソリは自分の毒で死なないからね。」と言ってクスクスと笑った。
*************
ガラガラガラガラ………
少し立て付けの悪い木の車輪が、上下に揺れながら回る。
丘を上る女子生徒一行の先頭で、荷車を引っ張る宮代蛍は、
……いつの間にか黙りこくって、額にダラダラと汗を垂らしていた。
「どうしたのよホタル?……なんか様子が変よ?蟲姫様の結界にでも入った?邪気とか瘴気とか感じてない?……ねえ、返事してよ。ホタル?大丈夫?」汗の跡に土がついて茶色くなった体操着の背中を見つめながら、紬が心配そうに声をかける。
蛍の足はどんどん早くなり、どこにそんな力が隠されていたのかと思うくらいに、
早足でぐんぐんと荷車を引いていった。
「ホタル?ねえ、どうしたの?」
と紬が首を伸ばしながら前に立つ巫女の様子を伺おうとする。
瓦屋根のついた土塀に囲われたタンポポ屋敷が見えてきて、道が平坦になったところで、
蛍がようやく立ち止まり、後ろを振り返ると、汗をかいた額に反してカラカラに渇いた口で、
「………さっきのサボテン水でお腹下したみたい……」と涙を溜めた目で言った。
「ま、まじでそれ言ってる?」と、紬は青い顔をして叫び、青い瞳の少女が「メイカは脇の下と足の裏がピリピリする~♪」と歌うように言った。
「……ちょっと、限界かも……」蛍はそう言うと、恥も外聞もなく、ブルマの後ろを餓死っ!と手で鷲掴みにすると、
背中を反らせてお尻を突き出しながら、「わ、わたくし、先に行ってお化粧室を借りてきますわ!アナタ達は正面口から入っちゃダメよ!あと必ずマスクはしてね!!生水は決して飲んじゃダメよ、オホホホホ……」と、辛うじて片手だけは裏手を頬にあてがったポーズでお上品に叫ぶと、うら若き娘としての尊厳を保ちながら、内股になって凄いスピードでお屋敷の方へ瞬間移動していった。
「ちょ、ちょっと……」と手を伸ばした紬だったが、
やがて溜め息をつき、もう一人の友人を振り返ると、
「メイカちゃん……、アナタは大丈夫?脇とか足の裏がピリピリする以外に異常はない?」と聞いた。
「いえ、それ以外は特に……。」
そう答える金髪碧眼少女に顔を近付け、紬はクンクンと鼻を鳴らすと、「……デオドラント効果はあるみたいね……」と呟き疲れたように微笑んだ。
2人はいったん大八車を松の木の下に傾けて置き、持ってきた荷物を荷台に乗せると、そこからマスクと手袋を取り出して着け始めた。
お互いの顔を見合わせ、マスクがきちんと口と鼻を覆っているかどうかを確認する。
そして、お屋敷の土塀を離れた所から見つめつつ、再び大八車を引いて移動し始めた。
今度は紬が前、後ろから愛衣花が押す形となり、平坦な道を進んでいく。
お屋敷の壁は粘土を固めた上から、白い漆喰が塗られており、頭上には瓦屋根が乗っていた。
「何だか思ったよりも綺麗じゃない?」と紬が青い瓦を見上げながら言う。
門番のいない長屋門は、長い間打ち捨てられていたとは思えないほど新しい色をしていて、正面には打ち水がしてあった。
しかし、その奥には真っ白なタンポポの綿毛畑が見え、無風の中、微動だにせずに不気味に並んでいるのが見えた。
「さ、裏に回りましょ。それにしてもホタルは無事、厠に辿り着けたのかしら……」
紬はそう言うと、少し怯えた様子の愛衣花を促して、壁沿いに裏手へと回っていった。
タンポポ屋敷の裏側は、丁度一本鳥居に繋がる木のトンネルの出口に面していて、
そこから少し脇にずれた場所に、簡素な裏口があり、白い格子の入った黒いなまこ壁が左右に連なっている。
「じゃあ、ここでホタルを待ちましょうか。多分、しばらくしたらゴミを一杯持ってくるから、それまで少し休憩しておきましょ。」
2人は荷台に腰を下ろすと、
早速金髪スク水女子は、マスクの中のお口に黄色いおしゃぶりを吸い付け、ちゅっぱ、ちゅっぱ、と正面を向きながら無言で紬の肩に寄りかかった。
…………。
………。
……。
「それにしても綺麗なお屋敷ね。」
「そうですね。どこらへんがゴミ屋敷なんでshort-cut?」
2人の横を黄色い蝶々がふわふわと飛び、脚に花粉をつけた蜜蜂が一直線に何処かへ向かっていくのが見えた。
「あ、見て、あそこらへん、ちょっと汚れているかも知れません。」と愛衣花が斜め前を指差し、紬もそちらへ目を向ける。
……確かにそこの敷居壁は、茶色く腐っているようで、長い蔦が蔓延り、
よく見ると何かの黒い虫らしきものが這い回っている様子が確認できた。
……ん?
……んん?
若干背伸びをしながら、紬はもっとそこがよく見えるように荷台から降りて立ち上がり、
愛衣花を庇うようにして腕を彼女の前に出すと、
目を細めて「……誰??ホ、ホタルなの?」と大きな声で呼び掛けた。
屋敷の方から静かに人影が近付いてくると、
壁の蔦がポロポロと枯れて崩れ落ちていき、虫達が四散する。
人の影がよりはっきりとしてくると、壁の色が一瞬にして真新しい漆喰の色に変わっていくのが分かった。
やがて緑色のジャージを着た白髪の美少女が、その姿を現し、
……微笑みつつ、少し低くなっている壁の上辺に手をかけると、「おぬしらが、宮代のオトモダチか?」と少し低めの声で言って赤い瞳を光らせた。
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「や、やばくないですか?あれ蟲姫様ですよね?」と愛衣花がスク水の中で体を縮こませながら言う。
紬は念のためおみくじで結わいてきた長い髪を肩から前側に垂らし直し、左腕の静脈より少し上の辺りに爪で、阿毘・羅吽・欠々……とバッテンを作ると、
ちらっと後ろを振り返って、愛衣花にも同じことをするように目で合図を送った。
「ほう?あびらうけんけんか?……懐かしいのう。」と蟲姫が、にっこりと笑いながら言った。「言っておくがな?妾をばい菌扱いしたクラスメイトは一人残らず脳みそを腐らせて弁天沼に沈めてやったからな。まだ若く先も長いおぬしらが、よもやそんなことはしないとは思うが、もう一度聞く。…おぬしらは宮代のオトモダチか?」
「は、High!!メイカ達はホタルのオトモダチでありマス!!それはそれは大親友でして!なんなら同じ黒パンを分けあった仲間でありマス!」と、ピョコン!と立ち上がったスク水ブロンド女子が敬礼をしながら叫んだ。
「黒パン………?妾はパンは嫌いじゃ。モソモソしていて飲み込めんからな……」と蟲姫が、ない眉をしかめながら言った。
「ハイ!奇遇でありマス!!メイカもパンは嫌いでアリマす!ご飯がスキです!日本食バンザイ!!」
蟲姫は目を細め、顎に細い指を鉤爪にしてあてがうと、「……まあ、よい。宮代のオトモダチなら歓迎せねばならぬな。」と言った。
紬がまだ警戒した様子で、「バンザーイバンザーイ」と騒ぐ外人を後ろに押し退けながら間に立ち、
「ホ、ホタルはどこですか?」と尋ねた。
「ああ、宮代は、厠に籠っておるぞ。屋敷に戻ってくるなり、わき目も振らずに駆け込んでいったぞ。どうやら肥料を備蓄(ソ)してくれておるようじゃな。後でスカラベ虫達に転がさせて運ばせる予定じゃ。」
3人の少女はしばらく無言で向かい合い、
心の中で、床を丸い球が列をなして転がっていく様を想像していた。
やがて紬が、「……あの、聞いていらっしゃるかも知れませんが……私達お屋敷のお掃除の手伝いにあがりました……」と言った。
「ああ、聞いておるぞ。妾もな?あらかた家の中を歩き回って、古くなった部屋を再生しておいたから、今は新築同様になっておるぞ。ああ、そうだ。おぬしらもうちに上がるか?妾の洗濯物や食器類はまだ手付かずじゃ。宜しく頼む。」
(ダメよ……)と紬は黙って首を振り、
一歩前へ踏み出そうとした愛衣花の手首を掴んで、こちらへ引き戻した。
「蟲姫様…ありがたいお言葉ではございますが……ホタルが戻るまで、ここで待たせていただきたいと思います。」紬はそう言うと、片膝をついて深く一礼をした。
蟲姫は、一瞬ムッとしたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻り、
「……ところで、おぬしら?何故に顔にパンツを履いておるのじゃ?それは中学生の最近の流行りか?」と不思議そうに尋ねてきた。
紬と愛衣花は、白いマスクを付けたお互いの顔を見合わせ、どう答えてよいか分からずに、再び姫の方を見つめ返した。
「ん?どうした。答えよ。妾が質問しておるのじゃ。黙っていては分からんぞ?…金の髪、黒の髪、どちらでも良いから、納得いくよう説明せい。パンツはお股につけるものではなかったか?」そう言う蟲姫のジャージの首すじから、羽のないチャバネゴキブリがカサカサ……と這い出してきて、頬の辺りで触覚を揺らしながら止まった。
「お姫様!」と愛衣花がガバッと地面に土下座する。
「こ、これはパンツではございません!誤解を与えてしまいマコトニ申し訳ございませんでした!」
「そうか。」と蟲姫は言って、頬についたゴキブリをピン!と指で弾き飛ばした。
「ではそのパンツもどきを脱いでみせい。おぬしらが、その顔にどんな恥ずかしいものを隠しておるのか、妾は見とうなった。そこに隠してあるものは汚いものか?それとも綺麗なものか?見せてみい。女が隠す体の部分といえば、大抵が恥ずかしい場所と相場が決まっておる。さて。おぬしらがどんな顔をしておるのやら……想像もつかん。笑ったりせんから見せてみろ。さあ!」
スク水を着た背中に、魚のような背骨を浮き上がらせながら土下座する愛衣花が、恐る恐る顔を上げると、
丁度目の前に大きな女郎蜘蛛が迫ってきているところだった。
「ヒィッ」と小さく叫んだ金髪少女は、思わずマスクの鼻を摘まんで下におろそうとする。
「ダ、ダメよ!メイカちゃん?!マスクを取ったら口にタンポポの綿毛が入るわよ?」と紬が、今度はハッキリと声に出して友人を注意した。
「なんじゃ?聞こえなかったのか?早うせい。コラ、そこの黒髪甚平。モンペに妙な結界を張っておるからといって調子に乗るなよ?……なんなら今すぐお前の耳を聞こえなくしてやろうか?」
落ち着いた声で囁くようにそう言った蟲姫の白髪が、
ワサッと一部立ち上がり、そこからブワァッと一気にタンポポの綿毛が吹き出してくる。
慌てて耳を塞いだ紬に向かって、綿毛の渦が一直線にうねりながら突っ込んできて、
それを見た愛衣花が「きゃあああああ!」と叫んだ。
…シュル………
シュルルルルルル……シュパン☆!!!
唐突に弧を描くメノコマキリが、青白い刀身を輝かせながら空気を切り裂いて飛んできて、
そのまま全ての綿毛をぶったぎると、ぐるりと旋回して戻ってきて、壁を越えて跳躍してきた体操着の少女の手に収まるとキィィィィン………と高音を響かせて、震えながら静止した。
「なんじゃ、宮代??」と蟲姫が目を見開いてびっくりしたような声を上げると、
紬の正面で片膝をついて顔を上げた宮代蛍が、閉じていた目を開け「ゆっくりトイレくらいさせてよね?!!」と怒鳴った。
他の2人の少女達は、三々賀村の巫女が黒いブルマのお尻から、白いトイレットペーパーをカッコ良く後ろに靡かせている姿を、手を握り合って見つめていた。




