困惑
「――ッ!!」
激しい頭痛とともに目が覚める。
「一体、何が……」
恐怖で息遣いは荒くなり、冷や汗が滲み出る。
しかし、そんな感情も目の前の光景を見た瞬間、沈んでいった。
「……よかった。」
黒影は、そんな言葉を口にして、布団の上に寝転がる。
部屋は、2人だけでは物足りないほど広く、外からはザーッと、水の落ちる音とともに滝が見える。
また、部屋には様々な用品があるのだが、ただ一つ、違和感を覚えるほど巨大な鏡が設備されており、それが部屋に不気味さを漂わせている。
そして、そんな光景がここが宿泊室であるということを告げていた。
「夢……だったのか。」
ホッ、と息をつく。
先程まで死に絶えていた体は元に戻っており、場所も、真っ暗な廊下から元の部屋へと戻っていた。
「何があったら、こんな夢を見るんだよ。」
夢の内容はよく覚えていないが、暗い廊下で体が切り裂かれ、何かを失ったということだけは鮮明に残っている。
黒影は、そんなことに頭を悩ませつつも机の上に置かれているグラスを手に取り、中に入っている水を飲み込む。
「……なんか、おかしくないか?」
そんな光景に、まるで一度は見たことがあるように既視感を覚えた。何事もない、ただグラスを取って水を飲む、という行為自体に何故かだ。
不思議に思い、その場で少しの間立ち尽くしていると、ふと、部屋のすみの一角で、光を放っているランプが目に入った。
「ランプ?イレーナさんがしまってなかったか?それに、外があんなに暗かったら必要だ……うん?」
途端に、疑問が生じた。そして、黒影はそれを確認するために廊下に出る。
廊下は暗闇に包まれており、昨夜まであった緑色の光が一切なかった。そのため、食堂に行くときにはどう考えてもランプのような明かりが必要だろう。
なんで、廊下が暗いって分かったんだ?それに、なんで3人が食堂に行くなんて分かったんだ?
……あれ?3人?3人とも、部屋の中にいないのか?
部屋を見渡すと、確かに、部屋にはイレーナがいなかった。しかし、君子と姫子は布団をかぶってぐっすりと寝ている。
が、その光景が異様に奇妙に見えた。
何もわからない、それに別に変とも何とも思えない。なのにどうして、どうしてこんなに奇妙に思えるんだろうか。
黒影は、そんな疑問を払拭するために君子と姫子の近くまでよって、肩を揺さぶる。
「君子、姫子。もう、朝だぞ。」
なんで朝だと分かったんだ?と再び疑問が訪れたが、そんなことは一旦置いておく。
「おーい。君子、姫子。……おかしいな、なんで、起きないんだ?」
不思議なことに、いくら肩を揺さぶっても声をかけたとしても、微動だにしない。
「おい。君子、姫子、いい加減に……え?」
そんな様子に嫌気が差して、黒影は布団をめくって起こそうとした。
「こ……これは……」
すると、布団をめくった瞬間、何か生暖かい液体が手を濡らした。
「そんな……馬鹿な……」
そして、彼らの胸元からは血が出ており、何か釘のようなものが6本、深々と刺さっている。
「な、なんで。」
黒影は、その異質な光景に後ずさりをする。
そして、床にへたれこむ。
なんで、二人が死んでいるんだ?こんな場所にはいなかったし、そんな姿は一切見なかったのに。
……待てよ、こんな場所にはいなかった?そんな姿は見なかった?何を考えているんだ俺は。今現在、この場で起こっているというのになんで過去のことのように言っているんだ?
なんで?
「一体、何がどうなって――」
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
そんな言葉が口から漏れ出ると同時に、甲高い、鈴のような音が鳴り出した。
「うるさいな……何だよ、一体。」
黒影は、その音を発している物を手に取る。
すると、音は勝手に静まった。
「これは……目覚し?なんでこんな物が……うん?ちょっと、待て。今頃、鳴り出したのか?本来なら、もっと早いはずなんじゃ……。」
そんな風に困惑を極めていっていると、ドアからガチャリと鍵を開けるような音がした。
そして、そこからイレーナが入ってきた。しかし、イレーナの様子はどこかおかしく、服にも顔にも、赤いペンキのようなものが飛び散るようにして付いていた。
「さてと、ここまでは順調。あとは、待つだけね。」
彼女は、鼻歌を歌っており、どこか気分が良さそうだった。
「君子、姫子。あと少しで……」
が、そんなイレーナと目があった瞬間、その態度は一変して、あたふたと動揺し始めた。
「は?え?どうして、あなたが今、起きているの?それに、その血は何?
一体、私がいない間に何があったっていうの?」
「イ……イレーナさん。その……君子と姫子が……」
「なんですって!?」
イレーナは、すぐさま、君子と姫子の元まで駆け寄ってきた。
イレーナからは最初の方こそ焦りだとか驚きが見えたが、すぐにそんな表情は消え去った。
「……してやられたわね。」
そうため息とともにイレーナは、口に出した。
そして、少しの間部屋内が静寂に包まれたが、その様子が黒影に嫌な予感を覚えさせる。
「あなた、彼らを殺すために、わざわざ記憶喪失とかいう面倒くさい嘘をついたの。それは、まあ、ご苦労なこと。」
その次に発したその言葉は、ドスが効いており、明らかに怒っている様子だった。
「ちょっと、待ってください!俺は――」
「黙りなさい。」
次の瞬間、イレーナが顔を殴ってきた。殴りはかなり痛く、一発だけにも関わらず意識が飛びそうになる。
「あなたには、もう、言葉を交わしたくないの。それに、どうせ死ぬんだから喋る必要はないでしょ。」
そのまま、ガッチリと胸ぐらを掴まれて、鏡のある場所に叩きつけられた。
鏡は、その衝撃で蜘蛛の巣状に割れていく。
「ま、待ってください。俺は……」
「何?私の言ってることがわからないの?これだから、こういう奴は……本当に、救いがたいわね!」
そこから、耐え難い激痛とともにひたすらに暴力を振るわれた。
足で蹴られたり、殴られたり、ときには変な穴を出して、そこから取り出した剣で刺されたりもした。
そんな暴行の中、たとえ意識が飛びそうになっても殴られ、蹴られで、再びもとに戻される。
時折、イレーナは『やっぱり、連れて行くべきだった』、『こんな奴に構わなければよかった』と呟いていた。
「なかなかしぶといわね。さっさと、死になさいよ!」
そうイレーナが言って、よりこの暴力が苛烈になり始めようとしたその時、赤い髪の女性が現れる。
「止めなさい!イレーナ!」
そして、女性はイレーナの殴っている手を抑えた。
「なぜ、止めるんですか!?こいつは、2人を殺したんですよ!!」
「それは、後で話すから!とにかく、一旦落ち着きなさい!」
「そんなの無理ですよ!!あの子達が、どれだけ苦しく、耐えてきたのか、カミーラ様もお分かりでしょう!?それなのに、こんなクズに殺されるなんて……」
しかし、イレーナは女性を振り切って、拳を振り上げた。
「おかしいじゃないですか!!」
「イレーナ!ちょっと待ちな――」
それを最後に、景色がぐらりと暗転した。




