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【番外:秋成 Side】封印の譜

なんだ今の……。


妙な音を鳴らしてるやつがいるな。


初めて聞いたときはそんな印象だった。

やたらと上機嫌でウキウキ浮ついてて、ちょっと心配になるくらいだ。

なのになんだかモヤモヤさせる。


(あんな調子で吹いててどうやって――)


次の瞬間、音の主を確かめずにいられなくなり立ち上がっていた。


「え、おい。秋――」


篳篥(ひちりき)親房(ちかふさ)が驚いて見上げたがそれどころじゃない。


「ちか、ちょっと行ってくる」

「行くってどこへ?」

「笛のとこ――」

「笛――?」


親房が耳をそばだてた時には、もう音は止んでいた。




「え、女――?」


大急ぎで音が聞えてきたあたりの女房たちに聞いてみると意外な答えが返ってきた。


(そんなことあるのか……?)


この世界では、男は笛、女は箏というのが普通だ。


「ええ、珍しいですよね。殿の小鳥合わせに出入りされてる尚継様が、笛の上手だとかで女房をお連れになってて」

「尚継の――」


尚継のことは知っていた。

やけに黒目がキラキラした、こないだまで角髪(みずら)頭の童姿で殿上していた少年だ。

内裏でも熱心に鳥に餌をやっているのを見かけて――。



・・・



「今のもう一回聴かせて?」


ある日小霧を訪ねると、聴いたことのない旋律が聞こえた。

やたらと音が小刻みで、野分(のわき)に合わせてハツカネズミが踊ってるみたいだ。


「え?今の?」


小霧は言われるままに軽やかに吹いてみせ、困ったように言った。


「速いやつ吹くと、息と指がこんがらがちゃうよね」

「そんな吹き方初めて聴いた」


笛の主、小霧に会ったのはそれからすぐで、あっという間に仲良くなった。

僕は女性の友人も恋人もいないから、同年代の女の子がどういう感じかはよく知らない。

けど、小霧はたぶん普通の感じではないってことは、さすがの僕もなんとなくはわかる。


「ねぇねぇ、ちょびーっとだけ、笙を見せてもらえないかな?」


僕以上に音に対する執念がすごくて、知識も恐ろしく広くて深い。


「私一度も触ったことがなくって。吸っても吐いても鳴るんでしょ?」


今まで会った誰とも違う。

知らない世界の音が聞えてるんじゃないかと思うこともしょっちゅうある。


(ほんとどうなってんだろう)


笙を差し出しながら、気になってたことを聞いてみた。


「いいよ。その笛も、いつものじゃないよね。違う音してる」

「うん、これね!特注品なんだ!」


小霧は嬉しそうに言いながら、突然御簾を上げて出てこようとする。

僕はあんまり動じない方だけど、この時はさすがにちょっとだけ驚いた。


僕の知ってる「姫」ってやつは、御簾の中にいるもんだったから。


初めて見る小霧は、あまりに思い描いた通りだった。

弟の尚継と同じ、真っ黒な瞳が印象的だ。でも、弟と違ってずいぶんギラギラしている。


(やっぱりへんな女だな……)


あっけにとられて、突然現れた透き通った黒をじっと見詰めた。


僕は女性の見た目にそれほどこだわりはないけど、小霧はたぶん「美人」と言われる部類なはずだ。


滑らかに白い肌、つやつやとした黒髪、賢そうな額、形の良い目。

ただ、その目がどうにもギラギラしてる。


(そんなに笙に興味があるのか――)


気が合う。


「姉さん――、何してるの」


その時、尚継の声がした。

振り向くと、彼の後ろに親房がいる。


「ちか――。忘れてた」


内裏でしつこく誘われて、面倒だからここに直接来るように言っておいたのだ。


「お客様がびっくりするよ!何出てこようとしてるのさ」


尚継が大慌てで小霧を御簾の中へ押し込む。別にもういいんじゃないかな。


「ちっ――」


小さく舌打ちが聞えた気がするけど、気のせいかも――、いや僕の舌打ちかもしれない。どっちでもいい。そんな感じだ。


「すみません、忘れてました」


他所の家に勝手に客人を招くのはさすがに非常識だったと謝っておく。


「あの夜の篳篥の、親房です。どうしても付いて来たいというので、こちらへ直接来るよう言っておいたんです」

「どうしてもって、秋成お前が、……」


親房が慌てた様子で言葉を返してきた。

親房という男は、こういう常識的すぎるところがちょっと面倒だ。



・・・



「お願いがあるんだけど」


内裏で突然、実雅様に呼び止められた。

話すのは初めてなはずだけど、向こうは気にする様子もない。


「"楽譜”、ですか――」


どうして彼が”楽譜”を知ってるんだろう。

小霧が前に見せてくれた"楽譜”。あの時彼女は「秘密」と言っていたはずだ。


実雅様が小霧に文を送っていることを、この時まで僕は知らなかった。

だって彼は僕らより確か10近くは年上で、良い噂も悪い噂も多い人で――。


(実雅様が小霧を――?)


「うん、音を紙にね、写せないかと思って」


なんのために――?


疑問が浮かんだけど一瞬で消える。

答えなんて一つしかない。

それにきっと聞いても本当のことは教えてもらえないだろう。

今も彼は扇で口元を隠し、薄く笑ってこちらを見下ろしている。

女房たちの噂話をふと思い出した。


(目が合うと……どうなるんだっけ――?)


考えていたら、笑みを含んだ低い声が囁いた。


「できる――?」

「できます」


挑発的な問いに、考えるより先に返事をしていた。

他の誰でもない、僕がするべきことだと直感的に思った。


すっと目が細められ、満足そうに頷いた。


「お礼、前に君の父上が仰ってたんだけど――」


知り尽くされていることが恐ろしくなった。

目の前に差し出された褒美に、甘く苦しい束縛と圧倒的な敗北感を覚える。

同時に"楽譜”に対するどうしようもない高揚感と――。


すべてが僕を、思いもしない道へと追い立てる。


「じゃ、君の"楽譜”、楽しみにしてるから」


掴もうとしていた何かが零れ落ちていくような気がした。



・・・



『――あの"楽譜”ってやつ、秘密……?』


そう尋ねた時の彼女のことを何度も思い返した。


彼女の笛の音を胸の奥で響かせながら、一つ一つの音を捕まえては墨で紙に写し取る。

このゾクゾクするような作業が彼女と僕を決定的に遠ざけて、決定的に近づける。


でもそんなこと、この時にはまだよくわかっていなかった。

その意味を理解するには、僕はまだ子供すぎたから。


一音ごとに自分の首を締めながら、同時に底知れない興奮が僕を飲み込む。

黒々とした墨が、彼女の瞳を思い出させて、僕の心を引き絞る。



もう戻れない。



笛の音を、黒い瞳を、墨に溶かしたあの日の音を、心もろとも閉じ込める。



僕のこの音だけは、誰より彼女の心のそばにいる。

僕と彼女を決定的に近づける。




それだけはもう、僕は痛いほど知っていた。













<完>









ダーリン、狡猾・悪すぎ…

でも本人も自覚してるんで、第10話であんな感じにちょっと傷ついちゃってるんですよね。

小霧ちゃん気付いてませんけど。


この番外編は、


ep.11 結びの譜

ep.36 笛吹き姫へのラブレター


とセットで読んでいただけると楽しいかと思います!

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