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ふたりをつなぐ紫陽花の道

「小霧、よく来たね」

「おじさま、突然ごめんなさい」


訪ねていくと、叔父は私をじっと見つめて優しく笑った。

何も言わず招き入れてくれる。


「最後に来たの、いつでしたっけ?変わってないね」

「毎日やることは一緒だからね」


久しぶりの邸は、記憶のままだ。

丸々としたブチ猫がのっそりやってきて、私の足に体を擦り付ける。


「ふふ。乙丸はまた大きくなったんじゃない?久しぶりね」

「小霧――」


猫を抱えたまま振り向くと、叔父が静かに言う。

目尻の皺に、心配がはみ出してる。


「ここにいる間ひとつだけ約束してほしい」

「なんでしょうか」

「ちゃんと食べて、ちゃんと寝ること」

「……はい」


(そんなにひどい顔してたかな……)




叔父の邸でじっとしてる時間なんてない。

家にいるときは「姫」だから家事なんてしないけど、ここではただの「私」だから、朝から晩までくるくる働く。

水道も電気もガスもない。

炊事・洗濯の手伝いだけでも、慣れない私には一日がかりだ。


「お水汲んできますね」

「お洗濯行ってきます」

「お湯沸かしましょうか」


毎日がアウトドアキャンプみたい。

いつもご飯の前にはお腹がぺこぺこ。夜は横になった瞬間目が閉じる。

だから叔父との約束を守るのはそう難しくなかった。


「小霧、ちょっとたくましくなったね」

「うん、筋肉ついたよ!日焼けもしたし」


ちょっと袖を上げて腕を眺めてみる。

ふにゃっとしてた腕が、ギュッとなった気がする。


「母様が泣いちゃうかも。姫らしくないって」



叔父との暮らしに「姫らしさ」なんて言葉はない。

じっとしたり顔を隠したり、そんなのいらなくって自由で。私はしょっちゅう前世を思い出した。


(転生して、それなりに”姫”になってたんだなぁ……)


それにめったに人も来ない。

子供みたいに叔父にくっついて行って、野草を摘んだり散歩したりする。

叔父は何にも言わない。

ただ笑って私を見てた。




「姉さん、文だよ」


今日も弟が文を届けにやってきた。

弟も日焼けして、顔がすっきりして見える。気のせいかな。


「尚、こんな遠くまで大変だから急ぎじゃない文はいいんだよ」

「そういうわけにはいかないよ」

「ごめんね……」


実雅様の文が溜まっていく。


(相変わらず筆マメだよね)


迎えに行くから待っててって、毎回書いてある。

わかった待ってるって、毎回返事を書く。


実雅様を傷つけたかったわけじゃない。

ごめんなさいって、百回くらいは思った。

でも手紙ではまだ一度も謝ってない。


どうしてあんな話を持ち出したのかな。

私に典侍になってほしい?

そんな風にも見えなかった気がする。

でもそれは私の願望かも。

ちゃんと話を聞くべきだった?

でも彼からあんな話聞きたくなかった。


同じことを何度もぐるぐる考える。

家に戻る気にはまだなれない。



「あれ。落ち込んでねーじゃん」

「小霧、おだんご持ってきたよ」


親房様と秋成様が、弟と一緒に遊びに来てくれた。

なんとなく気恥ずかしくってもじもじしちゃう。私のくせに。


「吹かねーの?」

「吹くよ!」


親房様が篳篥片手にニヤニヤしてる。


「おま、もう無理だって」

「まだまだ行けるよ!がんばって!」


私を煽ったことを後悔させてやった。


「小霧……今の音、薪割りみたいだった」

「あハイ、すいません」


でも秋成様にはかなわない。


(薪割りなんて言わせない……!)


家事で上腕二頭筋が鍛えられたけど呼吸筋落ちてる。ショック。


「ちゃんと練習して」

「ハイ……!」


厳しい……!

こんな容赦ない秋成様初めて。

うれしくってニヤニヤしちゃう。


「私も一緒に弾こうかな」

「叔父様……!」


叔父の琵琶の腕前に二人ともびっくりしてた。


あとはご飯を食べて、お喋りして……。

ちょっと部活の合宿みたい。

そういえば、二人とご飯食べるのって実は初めてだ。


「友達とご飯」とか、前世っぽいよね。

もし二人と「学校」で出会ってたら、どんな感じだったのかな。




「小霧っ。来てやったぞ」


突然、元気な声が戸の向こうから聞こえた。


「武雅様?」


牛車を降りて一人走って来たのか、顔が真っ赤だ。


「小霧ちゃーん!遊びにきたよー!」

「姫、お元気ですか」

「さぎりちゃん、姫もきた」


あやめ様が来てくれた。


「外!外行こう!小霧っ」


一緒に虫取りや花摘みをして、泥んこになって遊んだ。


「さぎりーっ毛虫!」

「必殺――!小霧玉!」


私の苦手な毛虫を投げつけてくるから、泥団子爆弾「小霧玉」をお見舞いしてやった。

あやめ様に怒られないように、着弾は足元を狙うのがポイントだ。


下の二人がなかなか帰ろうとしなくって、あやめ様を困らせた。





「姉さん、文だよ」

「……増えてない?」


なぜか、弟の持ってくる文の数が増えてきた。

透子様や梅壺様、あちこち訪ねた先の北の方や姫君たち……。


(なんでここにいるって知ってるんだろう)


恥ずかしいな。

文を読むと、どうやら私は病になってるっぽい。


また根回しして……。

思い出した実雅様は、久しぶりに笑ってた。




そろそろ梅雨に入る頃だけど、朝から青空が気持ちいい日。


「おじさま、ちょっとお散歩してきます」

「気を付けて。遠くへ行かないようにね」


なんとなく気が向いて笛を持って出かけた。

木々がまだらに影を落す山道に、紫陽花が濃い紫になっている。


(初めて会ってからもう一年たつんだ……)


紫陽花の宴――。

弟に頼み込んで無理やりくっついて行ったんだよね。

そこで、実雅様に初めて会って。


眠れないくらいワクワクして、女房に変身して潜り込んだあの夜。

あの時は夜の宴で賑やかで、篝火が揺れてて、それから……。


呼び止められて扇を渡されたんだっけ。


(やっぱりめっちゃキザだよね)


思い出すとちょっと笑っちゃう。


青白い月明かりが照らしてて、びっくりするほど綺麗な人だって思ったんだよね。

目が合って、消えたいくらい恥ずかしいのに、どうしても目が逸らせなくって。


笛を構えて、あの夜の曲を吹いてみる――。

しんとした、草花しか聞いてない山道で。



――あなたの笛、ちょっと人と違うから ――


笛の音だけで私を見つけてくれたんだ。

じゃあ私は……どうやって実雅様を見つけるのかな?


その時、突然背後から小枝を踏む音がした。


「!」


飛び上がるほど驚いた。

笛をぎゅっと握りしめ、そうっと振り返る。


「……」


そこには見慣れた人が立っていた。

朝日を受けて、光って見える。


久しぶりのせい?

外だから?

なんだかいつもと違って見える。


(でも……)


背が高くって、ちょっと乱れた狩衣(かりぎぬ)さえ様になってる。

切れ長の目がじっとこっちを見て――。


なんでそんなにびっくりしてるんだろう。


「実雅様」

「……」


彼はなんだか呆然とした顔をしていた。


「……。失礼――、あまりに見事な笛で……」


(突然どうしたんだろう?)


なんのことかわからない。

失礼、って知らない人みたいな言い方……。


あ。


初めて会った紫陽花の夜、御簾越しに聞いたあの台詞だ。

すっかり忘れてたのは私だけだったなんて。


「ふふ。よくそんな台詞覚えてましたね」

「――小霧もね」


彼がほっとしたみたいに言う。

その顔が無防備で、なんだかいつもの彼じゃない。


(私、実雅様のこと、何も知らなかったんじゃ……)


実雅様っていつも笑ってばかりで悔しいくらい余裕で――。

嘘かほんとか、よくわからなくって。


「相変わらずキザだなぁ」

「そんなこと思ってたの」


彼がすぐそばまで寄って来て、眩しそうな目で私を見下ろした。

いつもの匂いでほっとする。


「絶対だまされないって思ってた」

「うん」

「でも今は――」

「今は?」


大きな手が私の手を取った。

少し茶色い目が私を映して先の言葉を待っている。


何が言いたかったんだっけ。

いっぱい考えたのにもう思い出せない。

でも一つだけ気付いたことがあった。


彼は知らなかったんじゃないかなって。


気付いたら結婚してて、私は笛ばっかり吹いてて。

そんなこと本当には考えたことなかった。

考える必要もなかった。


でも壊れちゃって。

なくなりそうになって。

初めて覗いてみたんだ。

そしたら――ちゃんとあった。

いつの間にか大事なところにそっとしまわれてた。



実雅様は知ってたのかな。





「大好きなんだよ?」





私も知らなかったこの想いを――。












お読みいただきありがとうございました!

無事、お迎え到着しました!


次回、本編最終話です!

ネタバラシ全部やるのでぜひお付き合いください。

二人は「夫婦」になれるのか?

どうか見届けてやってください^^

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