5文字のお返事お断りです
(お話したけど、やっぱ髪は伸びないよね……)
石化の魔法は本当だったけど、髪が伸びるって噂はウソだった。
平安世界のぼんやりした鏡を覗き込みながら悶々としていたら、弟がやって来た。
「姉さん、文だよ」
「私に?」
弟が文を持ってくるなんて珍しい。
「秋成様から」
「って、誰?有名人?」
「大納言様のとこで笙を吹いてた人だよ」
「あぁ!あの時の笙仙人」
苦しくなった瞬間に、私を救い上げてくれたあの音を思い出す。
初めは白い髭のおじいちゃんかと思ったけど、よく聴いてると意外と若い人かなって思ったり、謎だったんだよね。
(どんな人なんだろ)
キラキラした音を思い出しながらそっと文を開く。
飾り気はないけどコピー用紙みたいではない、品も季節感もあるけど嫌味のない紙だ。並んだ文字にはちょっとクセがあるけど読みやすい。
文を見た感じ、おじいちゃんではないっぽい。
「秋成様は大納言様のとこの常連だよ。あの日初めて来た笛の人は誰かって探してらしたんだって」
「探して?」
礼儀正しい文面で、昨夜のことを尋ねる内容だった。
もしそうなら一度管弦の手合わせを、明るい時間に弟・尚継を訪ねさせてほしいって書いてある。
(めっちゃまともそうな人だ……)
笛レポートばっか見すぎて、ちょっと私の感覚バグってるかも。こわ。
「ねぇねぇ尚。秋成様、常連ってどんなおじさんなの?」
「ぇえ?……おじさんじゃないよ?笙の腕前がすごいから大納言様のお気に入りで……」
(おじさんじゃないって、やっぱ白髭のおじいさん?)
詳しく聞こうとしたら、母の手下がまた現れた。
「姫様、お文です」
大納言邸へ行ったのがバレたら大変だ。慌てて弟に言う。
「尚、じゃこの件はまた後で!」
(またこんな時にっ。笛レポート……⁈)
と、思った瞬間に、昨夜を思い出した。
(そうだ、顔を見られて扇を……)
思い出すと顔が熱くなる。がんばって平然とした風を装って文を受け取る。
昨日の今日で何の用なんだろう。常識外れのヘンテコ姫にはもう文は書きません、とか?いやそんなんわざわざ言ってくるかな。
「あれ――?」
いつもの笛レポートだ。
今回も聞いたことのない笛伝説がしたためられているが、さすがに内容が頭に入ってこない。
(私だってバレたんじゃなかったの――?)
最後の一文までいつもと変わらず、何事もなかったみたいないつも通りのレポート文だった。
良かったぁ……、と言いそうになった自分にびっくりする。何にも良くない。
もう文は書きません、の方がいいに決まってるんだ。
返しの5文字に過去イチ悩んで返事をした。だって思わず「ありがとう」とか言いそうになる。
ありがたくなどない!
本当は過去イチ返事なんてしたくない。
二晩連続で悶々としながら床についた、そのまた翌日――。
「姉さん聞いて!」
内裏から戻った弟が嬉しそうに飛び込んできた。
「実雅様がね!鷹狩に連れてってくれるって!」
(は……?)
いつそんな仲良くなったんだろう。え、おかしくない?
呆然としていると弟が真っ黒い瞳をキラキラと輝かせながら言う。
「僕が鳥好きって知って、いろいろ話してくださってね。実雅様って小さい頃、雀の雛を世話してらしたんだって!優しい方だよね!」
鳥好きに悪い人はいないとでも言いそうな弟の曇りなき眼が眩しすぎて、返す言葉もない。
「あ、でも姉さんのおかげだよ!前に僕に伝書鳩の話してくれたでしょ?」
話の雲行きがあやしくなってきてぞわっと悪寒が走る。
「その話を実雅様にしたら興味を持たれてね」
「伝書鳩の話……したの――?」
「うん!だって僕伝書鳩みたいでしょ?あちこち文運んで。実雅様、伝書鳩って初めて聞いたっておっしゃってたよ」
当たり前だ。だってそれは私の前世の知識で、平安世界にはそんなものないはずで――。
「あー、鷹狩楽しみ!一回行ってみたかったんだよね。そうだ!狩衣の準備しなくっちゃ」
私の様子を気にも留めず、ウキウキと出ていこうとした弟が、ふと思い出して振り返った。
「ごめん忘れてた。姉さんに文預かってたんだった。"水無月”宛てなんだって!」
「え?」
「実雅様から!お返事あったら僕持ってくからね!伝書鳩だし!」
見たこともないほどご機嫌な様子で去っていく弟の背中を見送りながら呟く。
「伝書鳩、飼おうかな……」
弟には聞こえるはずもなく――。
私は呆然としながら手渡された文を見た。
("水無月”宛て?)
いつものものとは違う小さな結び文で、笛レポートじゃないのが一目でわかる。
「……?」
不思議に思いながら文を見て絶句した。
(やっぱりバレてるじゃん……!!)
昨日の笛レポートでは何事もなかったみたいに安心させといて、"水無月”宛てだと言いながらこんな文を私に送ってくるなんて。
(ぜったい……!これ絶対、笑いながらやってるやつ!!)
彼からの文に書かれていたのは、たったの5文字だった。
――また会おう――
あの夜の彼の笑った顔がよみがえり、私は歯噛みした。
「会いません」……!!!!!