内裏デート、宮様付き
「競馬の見物……!」
「ええ、今回はいつもより桟敷席の数が多いんですって」
訪ねた先の北の方とお喋りしてたら、教えてくれた。
内裏で行なわれるイベント、五月の節会では、毎回競馬や騎射がある。
五月の節会は華やかな催しで、人気の競馬なんかは観覧席が用意されるのだ。
毎年欠かさず見物に出かけてた賀茂のまつりは、今回は自分が参加してて見れなかった。
実はちょっぴり残念に思ってたから、催しや見物と聞くとやっぱり行きたくなってしまう。
早くもお祭り気分でウキウキしながら実雅様に尋ねてみる。
「競馬ってどういう人が見に行けるんでしょうか!」
「見たいの?」
「はい!でも我が家レベルじゃ無理ですよね?誰かに聞いてみたら行けるんでしょうか?」
(透子様とか梅壺様……?いや、それよりはこないだ行った中御門の大臣の……)
腕組みして考えていたら、実雅様に言われた。
「誰かって、なんで俺に聞かないの?」
「え?」
それってありなの?
実雅様はちょっと考えると、笑いながら言う。
「俺に勝ったら連れてったげる」
「勝ったらって何で?」
ずっと負けっぱなしなのに?
「私が実雅様に勝てることなんてありますか?」
「何なら勝てそう?決めていいよ」
(勝てそうなもの……)
考えろ小霧。
力も頭も使わず対等に勝負できるもの。何かあるはず――。
「双六……!」
まけた。
(私は運任せのゲームでさえも実雅様に勝てないの……⁈)
愕然としていると、実雅様が笑って言った。
「負けたご褒美に連れてってあげるよ」
「負けたご褒美?じゃ、なんで双六したの?」
「悔しがってるの見たくて」
「もうっ」
ますます悔しくなっていると、もっと笑われた。
結局どっちでも連れてってくれるなら、わざわざ悔しがらせなくたっていいじゃないか。
そう思ってからハタと気付いた。
(しまった、お礼言い忘れた。……あれ。まさか、お礼を言わせないため……?)
……とんだ紳士だ。
そうやってワクワクと準備をしているうち、あっという間に当日になった。
実雅様が贈ってくれた菖蒲の髪飾りを挿し、ご機嫌で牛車に乗り込む。
節会の日の内裏は、いつにも増して華やかだ。
色とりどりに装束を纏った女房や公達が行き来している。
(あれ。ひょっとして外で実雅様と一緒にいるって初めて?)
しかも桟敷席で見物なんて、ちょっと前世のデートっぽいよね。
一瞬浮かれそうになったけど、次の瞬間、疑問が浮かぶ。
これ、私でいいんだろうか……。
「こんな公の場所で私といて大丈夫ですか……?」
「賀茂のまつりでずっと後ろにいたのに今さら何言ってんの」
え。どういう意味?
あの祭りすら、何かよくわからない噂がある……ってことかな?
えーと。たとえば……。
「夫を後ろに従えて」とか「笛で馬ごと操ってる」とか、なにかそうゆう……。
私って何にも知らないにもほどがある。
(ひょっとして私、”情弱”ってやつなのでは……?!)
実雅様の情報規制のせい?
私がぼんやりしているせい?
たぶんどっちもだよね。
やばくない?
思わず実雅様を見上げて聞く。
「わ、私のとんでも発言やふるまいで、もしや実雅様のお名前に傷が……⁈」
「気にし過ぎ」
笑われながら桟敷席に着く。と、几帳が揺れた。
向こうから聞き覚えのある声がして、思わず体がびくっとなる。
「あぁ、これはこれは。噂のふたりがお揃いで」
「宮様……」
「宮……ハメましたね」
「人聞きが悪いなぁ」
実雅様が珍しくげんなりした様子でつぶやくと、宮様がいつものように嬉しそうに笑う声がする。
(あれ――?)
宮様からの文はこれまで何度か見たけど。二人が話してるの見るのって実は初めてじゃない?
この二人って……。
こそこそと実雅様に聞いてみる。
「実雅様と宮様とはどういったご関係なんですか……?」
実雅様の顔からすっと表情が消えた。私、変なこと聞いた?
「…………上司だよ」
「……え――?」
次の瞬間、そんな顔する?ってくらい渋い顔になる。綺麗な顔が台無しだ。
私は驚きよりむしろ気の毒過ぎて言葉が出ない。
(どんなに苦しめられてるんだろう……)
内裏ダンジョンでの戦いがよみがえってくる。
彼の顔を見てると、どうして教えてくれなかったのなんて責められるはずなかった。
実雅様がよく言う「聞かない方がいい」ことに違いない。
だって「夫の上司」として対決する宮様なんて、今までどころのストレスじゃない。
実雅様は諦めたように言った。
「“花の牛車”の最初の噂は彼だよ」
「え、花の牛車って……。えーっ⁈」
前に、あやめ様の用意した花飾りの牛車で彼女を訪ねたのがその日のうちに内裏で噂になったことがあった。
あの噂を広めたのが宮様だった――?
「そんな……」
「こそこそと、良くない話してない?」
宮様が嬉しそうに噛んでくる。
几帳で見えないけど、いつものあの意地悪い顔で笑ってるに違いない。
「この席だって、せっかく手配したげたのに」
「また恩着せがましい……」
実雅様がぼそっと聞こえないように言う。
え。なになに、何て?
「だいたい実雅の根回しは大変なんだよ」
宮様がわざとらしく溜息をつきながら言う。
「やれ男を寄せるな、陰口を聞かせるなとうるさいのなんの……」
「宮――」
咎めるように実雅様が宮様の話を遮る。
(なに。今の話――)
私はぽかんとなって彼を見上げた。
「賀茂のまつりの潔斎だって短くするよう協力したげたのに。感謝されこそすれ文句を言われる筋合いはないよ」
「路頭の儀なんて持ち出したのは宮でしょう。私のいない間を狙って……。協力して当然です」
え。
ちょっと待って。
知らない話ばっかり次々出てくる。
どういうこと?
どこから突っ込んでいいかわからない。
「まぁでも、潔斎。姫との愛が深まったんじゃない?」
几帳で見えないはずなのに、今ぜったい、すっごく悪い流し目してるよね?
「障害がある方が燃えるというから」
「それこそいらぬ世話です」
宮様はまだまだ私の知らない話を繰り出してくる。
攻撃力がいつもの非じゃない。
これ実雅様、大丈夫なの?
ハラハラしながら聞いてるけど。はっきり言っておもしろい。もっとやれ。
「実雅があんまり言うから、姫が参内するたび都合つけて様子見に行ってあげてたのに。私だって暇じゃないんだよ?」
「え――?」
「信じちゃだめだよ。姫に会いたいって仕事ほったらかして遊びに行ってたんだから」
そうなの?
え?どっちがほんと?
あれ?じゃあ宮様が参内する度にいてたのって――。
ちらっとのぞくと、実雅様が見たことないうんざりした顔してる。
こんな……こんな顔って――。
「ふ、ふふふ」
がまんできなくなった私はとうとう笑ってしまった。
この日私は、クセ者の宮様の正体を初めて知って、実雅様の知らない顔を見た。
(宮様は私の向こうに実雅様が見えてたんだ……)
意地悪に見えていたこれまでの彼を思い出すと、少し頬が緩んだ。
新しい仲間ができた気すらして、うれしい気持ちを抱えていたのに――。
知らない場所で、自分の居場所が変えられようとしてたなんて――思いもしなかったんだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。感謝で言葉もありません…!
小霧ちゃんの物語、本編はいよいよ残り3話です。
このお話、大暴露祭りでにぎやかに終わるかと思いきや……最後の一行の通り、次回は重めの展開です。
でも!必ずハッピーエンドをお約束しますので、片目をつむって見守っていただけると…!
物語ラストも大大大暴露大会です!
最後までお付き合いいただけると嬉しいです!




