賀茂のまつりと姫の右耳
「きれいに支度したね」
「実雅様!」
支度をしてもらってたら彼が顔を出した。
7日ぶりに会う上に祭りコスなのが照れくさい。
「すごいですよねっ、さすが内裏の方々は違います!」
恥ずかしくってついペラペラと喋っちゃう。
「見たこともないお衣装にお化粧に……!一生の思い出です!写真に残せないのが残念過ぎて……!」
混乱して“写真”とか言っちゃったけどまぁいい。
まつり当日。
内裏のプロフェッショナルによって、私は別人に変身した。
小霧2.0。
ミツバチが間違って蜜集めに来そうな華やかさだ。
(すご)
こんなの誰だって浮かれちゃうよね?
「そのように目や口を大きく動かしてはいけません」
「あ、すみません」
どうにも落ち着かなくって、目や口をぐるぐるしてしまう。
化粧をしてくれたプロフェッショナルな女房が笑いながら言う。
「春の女神のようですよ。ゆったり笑って座ってらして」
(歩く花畑だな……そっと動かないと花粉が飛ぶかも)
春の野原のような色合いの襲の上に、見たこともない薄い唐衣を着せられた。
真っ白な裳には葵の刺繍が入ってて、花びらが散ったみたいに縫い付けられてる。
髪も大垂髪&平額のお雛様ヘアかと思ったら、簪にはかわいい花がいっぱい付いてた。
これってどういう人が作ったんだろう?時間、そんなになかったよね?
さすが国のトップ。デザインも仕立てもスゴすぎる。
「こんな綺麗な衣装なのに、ちょっとの人しか見ないなんて……」
「おかしなことを言う」
思わず言うと、実雅様や女房たちに笑われた。
中身は置いといて、“やんごとない姫”としての参加だから、この姿を見るのはほんの少しなんだよね。
「え。もったいな過ぎません?見るの5人くらいでしょ?衣装だけでももっと見せるべきでは?」
「何言ってんの」
なぜかむっとして言う実雅様をふと見たらーー。
「その格好は……」
「あぁ、聞いてない?馬で後ろに付くから」
私の付けている裳と同じく、白地に葵の葉をあしらった衣を纏っていた。
冠には葵の葉と小さな花が飾られてて、びっくりするほど様になってる。
これは――。
(目が!目がぁぁ……)
て、うっかり一瞬ムスカになってた。
でも、お祭りの神様が人の姿になったらこんな感じかなぁ。
あんまり見るとほんとに目がつぶれるかも。
でも見ちゃうよね?
「神様もきっと喜んでます」
「主役が何言ってんの」
思わずじっと見つめて言うと、彼は苦笑いした。
牛車の用意が整ったと呼ばれ、しずしずと移動する。
視線とざわめきの間を抜けて行列は進む。
「路頭の儀」では一日かけて、下鴨・上賀茂、二つの神社へお参りするのだ。
が。
めっちゃ揺れる。
ギシギシいう。
(これ、笛聴こえてる?)
私「花の牛車の笛吹き姫」だけど、実は牛車で笛吹いたことなんてない。
揺られながら笛を吹き続けるのは、思ったより大変だった。
我が家の質素な牛車に比べたら全然マシだけど、サスペンションなんてもちろんない。
地面の凸凹がダイレクトに伝わってくる。
(明日は私がギシギシなってるかも……)
足を踏ん張ってお腹に力を入れ、笛を吹く。
長い道のりを思ってちょっとブルーになりかけてたら声が聞こえてきた。
「笛吹き姫?普通の笛に聞こえるけど」
「人を踊らせるんだろ」
「恋が叶うんでしょ?」
「え、なに?初めて聞いた」
見物客がわいわいと噂している。
なんか聞いたことある話だな……。
「女だてらに……」
「内裏でも大きい顔して……」
「操ってるのは音じゃなく男だって……」
「吹いてるのって笛だけなのか……」
ネガティブなやつも聞こえてる。
笑っちゃうくらいあることないこと言われてて、ちょっと新鮮だ。
(そういえばネガティブなやつって、今まであんまりなかったよね)
初めて参内する時とか、それ結構気にしてて……。
――て。
あれ?
そんなことある?
内裏の女房なんて噂話が挨拶だよね。
でも実際はそんなのほとんどなくって――。
どうして?ちょっと変じゃない?
そういや家でもあんまり女房たちの噂話聞かなくなった……?
おかしい。
――おかしいと思わねぇの?――
いつだったか親房様が言ってたのをふと思い出す。
――実雅様にたのまれてたんだよ――
秋成様の言葉も……。
その時、後ろから実雅様が乗る馬のいななきが聞こえた。
笛吹き姫への依頼のうち、実雅様に行かないように言われた邸がいくつかあった。
訳を聞いてもはっきり教えてくれなくって。
仲が良くないのかなとか、子供っぽい発想でよく考えなかったけど――。
(そうなの……?)
辿り着いた答えが気になって、落ち着いて笛を吹いてられなくなってきた。
ちょっとだけ休憩して冷静になった方がよくない?
その時、甲高い声が聞こえてきた。
「姫様-っ」
つい先月訪ねた邸の童たちの声だ。
一緒に笛を吹いて遊んだのを思い出して頬が緩む。
「ひーめーさーまーーーっ」
声が大合唱になる。
もう意地悪な声は聞こえてこない。
ガタンと牛車が大きく揺れた。
牛車の揺れと軋みと合わせて笛を吹く。
行列は一つめの社の森へと入ったようだった。
緑の気配が濃くなって、空気が澄んだような気がする。
ちょっと息が楽になった。
「小霧―っ」
社の馬場を通ったあたりで名前を呼ばれた気がした。
(こんなとこで……?)
耳を澄ましたけど、もう聞こえない。
空耳だったのかも。
儀式の間に休憩をと言われ、牛車から降り社殿に上がる。
簀子を歩いているとまた聞こえた。
「小霧―っ」
声のした方を振り返ると、童が二人駆けてくる。
「さぎりっ」
あやめ様のところの兄弟だ。
角髪に結った童頭に春らしい色の水干姿が爽やかだった。
「お二人とも、久しぶりですね!」
「見に来たぞ」
弟の方が、あやめ様に似たくるりとした瞳でふんぞり返って言う。
「ふふ。ありがとうございます」
「……お久しぶりです」
兄の方がはにかんだように笑った。
「晴雅様はずいぶん背が伸びましたね」
「オレも伸びた!」
「はい、武雅様も大きくおなりです」
一生懸命背伸びをしているのがほほえましい。
兄の晴雅様が近付いてきて私に何かを差し出した。
「姫これを……」
「あ、オレも!あとこっちは董子からね!」
「私に?ありがとう」
見ると、葵の葉に結んだ文だ。
晴雅様がこそこそと何かを言おうとする。
かがんで耳を近付けたらほのかに葉っぱの匂いがした。
そっと顔を寄せると、小さな声で――
「……とってもおきれいです」
びっくりして見返すと、実雅様とよく似た目元が恥ずかしそうに細められた。
御簾の向こうのあの日の瞳がよみがえる。
「武、行くよ!」
「うん!じゃな、小霧!」
二人は身をひるがえし、シロツメクサの咲く緑の境内を駆けていく。
(父親似……!)
私はまたもや右耳を押さえて立ち尽くした――。
私の右耳、ときめき増幅装置ついてない?




