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まだまだ“妻”にはなれません

「今日はまたいっそう多いね」

「昨日の梅壺様とこのが良かったんでしょうか?」


酔っぱらって帰った次の日。

ここのところ増えてた依頼の数よりはるかにたくさんの文が届いた。

文机には文が山盛りになっている。


「見ても――?」


やってきた実雅様が、文の山からいくつか手に取り目を通す。


「こっちは花見で、こっちは法会か。これは……雲鱗寺?」

「あ!そうなんです。光栄です」


雲鱗寺は、あやめ様が声明ライブに連れて行ってくれたお寺だ。

ぜひ一度、法会で笛をって依頼だった。


「あとは……若君・姫君方の手ほどきも多いね。主上の笛の師だって、かなり噂になってるから……」

「それは恐れ多すぎるというか……」


主上への笛レッスン、内裏女子会での音合わせ、梅壺様の琵琶と宴……。

噂が噂を呼んだのか、気が付けば笛吹き姫への依頼は宴の出し物だけじゃなくなってる。


(前はもっと面白半分な感じだったんだけど……)


笛だけじゃなくって、琵琶とか箏とかの手ほどきの依頼もある。

教えられるほど弾けないんだけどな。


「前はちかやあっきーに相談できたんだけど、今は私だけの依頼も多くって……」

「行きたいと思うものに行ったらいいよ」


実雅様の答えは前と同じで――。


「でも一人で行くのは、俺に報告してからにして」

「はい――?」


同じじゃなかった。


一人は報告ってなんでかな?


(……あ、一人だと“主上の笛の師”ポジになるからね!)


うんうんと頷きながら目を上げると、笑いながら私を見ている実雅様と目が合った。


「わかってないでしょ」

「なにが?」


意味が分からず聞き返すと、顔を覗き込んでくる。


「最近”妻”って言わないね?」

「え――」


な、なんだ突然。

今そんな話してたっけ?


「なったんだっけ?”妻”」


(あれ、あれーー?私、何かスイッチ押した?)


「いつなるの――?」

「い、いつ……かなぁ??」

「あ、愛の告白、先にしとこっか?」


だめだ、しんでしまう。

そう思ったとき、家の者がやってきた。


「お文でございます」






実雅様は、いつだったかも見た冷たい目で文を読むと、私に差し出した。


「宮からだよ」

「え、読んでいいんですか?」


こわごわ文を見ると、「宴おつかれ&体平気?」みたいな内容だった。

見ようによっては“おしどり”の謝罪……と言えなくもない、かな?


(キャラ変?それともこういう人なの……?)


ニヤリと笑う顔が頭に浮かぶ。


「突然どうしたんでしょう?」

「……また俺が出仕しなくなったら困るからじゃない?」

「それって……」


彼は目を伏せて笑った。


「こないだ実雅様がずっと出仕されなかったのって……」

「ちょっとね」


(宮様が原因……?)


何があったのかな。

気になって聞いてみたけど、その件についてはもう話すつもりはないみたいだった。





「お前、それ全部行くの?」


てんこ盛りになった文を見て秋成様も親房様も目を丸くする。


「うん、せっかく声かけてくれてるからね。もういくつか行ったし」

「そんな無理しなくても……」


秋成様が心配そうに眉を寄せて言う。


「大丈夫だよ。私達四人の都合がつく日って少ないから。代わりに一人で行けるとこは行っときたいなって」

「僕も都合つくときは声かけるようにする」


やさしい……!


「ありがとう、あっきー」


でも二人は私と違って、内裏でのお仕事があるからね。

無理させられないのは、本当はこっちの方なんだよ。




来てほしいと文をくれた所へはできるだけ足を運んだ。

一日に何件もはしごすることもあった。

そんな日は、せっかく実雅様が来てくれてもうつらうつらと居眠りしちゃう。


「もう早く寝なさい」


子供のように寝かしつけられるのが悔しいのに起きてられない。


(朝起きたら『おはよう』を言おう!)


そう決めて諦めて寝るんだけど。


「実雅様は……?」

「とっくに出られましたよ」


朝もやっぱりお見送りできない。



宴や法会、若君・姫君の手ほどき、北の方(おくさま)たちのお遊び会……。

あちこち行くうち、いつの間にか季節は進んでいく。

桜の蕾が膨らんで、満開になっていた。





その日は実雅様は物忌みでお休みだったけど、私も彼も予定が合わなくって。

会えたのは結局いつもの時間だった。

待つ間にうたた寝してしまった私は夢を見て――。



綺麗な夢だった。



満月の夜、我が家の庭に一本だけある桜が咲いてて、実雅様と一緒にお花見をしていた。

これは夢だってわかってるから、私は何だって言える。

思いつくままお喋りして、実雅様はいつもみたいにずっと笑ってて。



輪郭が滲むように、彼との境目がなくなった――。



ところで目が覚めた。


(え……)


見回すと、小さな灯りが点された部屋は薄暗い。


いやいやいやいや。

おかしくない?

あんな夢見るなんて――。


(私どうにかしちゃったのかな?!)


一人で悶えてたら、簀子にいるらしい実雅様から声をかけられた。


「目が覚めた?」

「~~っ」


夢の記憶がよみがえってきてどうにかなりそう……!

彼が立って来て心配そうに聞く。


「大丈夫?」

「――はいっ、ごめんなさい!」


反射的に意味もなく謝ってしまう。

後ろめたさが私をビシバシ責めてくる。


「なにが?」

「いえっ……あの。その、寝てしまってて」


そう!うたた寝なんかしちゃうからあんな夢見るんだよ!


「起こしてくれてよかったのに……」


見上げると、彼が優しくいたわるような目で言う。


「よく寝てたから。疲れてるでしょう」


春の朧月が彼の姿をやわらかく包んでいた。


視界の端で何かが動いた。

見ると、夢にも出てきた桜の木だ。

いつの間に満開を過ぎてたんだろう。

ちらちらと花びらを降らせ、周りには白い絨毯が敷かれていた。


気まずくってもぞもぞしてたら、そばに座った彼が突然私を呼んだ。


「小霧――」


そんな風に呼ばれることがほとんどないから、びっくりして夢なんかすぐどこかへ飛んでった。

彼が笑って私に手を差し伸べる。


「おいで」


その笑顔と声がどうしようもなく優しい。

なんだか突然泣きたくなった。


手を取ると、彼が私の顔を覗き込む。


(ちょっと……今見ないでもらえるかな)


恥ずかしくって目を臥せると、私の手を包む彼の手が目に入った。

彼がクスクス笑いながら言う。


「なにをそんなに恥ずかしがってるの?」

「寝起きで……」


おかしな夢見て寝ぼけてて。

声も上手く出ないし、なんだか髪もぐしゃぐしゃで……。


「ちょっと無茶しすぎじゃない?」


私があちこち出かけるのに一言も口出しはしないけど、心配してくれてるのは知っていた。


「でも……来てほしいって言ってくれるから」

「ふうん?」


彼はちょっと意外そうな顔をして、また笑った。


「――じゃ、次からは”妻”の時間も残しといて?」


("妻”の時間って……)


顔を上げると目が合った。

答えようとしたら手を引かれ、いい匂いでいっぱいになる。



ぎゅっと目を閉じた瞬間――。

足音と衣擦れの音が聞こえ、几帳の向こうから家の者の声がした。


「お文でございます」


(デジャヴ⁈)


実雅様の空気がすっと冷たくなった。

抑揚のない声で答える。


「あとにして」


私は思わず彼の胸を押す。

離れようとするのに腕を掴む力が強くてほどけない。


「申し訳ありません。内裏の使者様が、急ぎご覧いただくようにと……」


内裏――?

また何が……。





「やられた――」

「え、何を?」

「今日、参内しなかったから……」


またあの冷たい目で文を読んでいた実雅様が私に文を手渡した。

見覚えのある、あの人の文字だ。

ニヤリと笑う顔が浮かぶ。


「賀茂のまつり、の――路頭の儀?……え。私が?!」

「うん、それはいいんだけど最後のとこ」


(いや、全然良くなくない?)


だって賀茂のまつりってすっごく大事な国家行事じゃなかったっけ?

そう思いながら最後まで読むと――。


「え。“潔斎”……?」


(“潔斎”って、たしか身を清めてどっかに籠って――)


誰とも会わずに、一人で静かに、じーっとして……て、やつ。だよね?


「うん、しばらく会えなくなるね」






そんなことある――?!








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