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ダンジョンの姫たち

「実雅様、どうしよう」

「なに?」

「一晩で字が上手くなる方法知りませんか?」

「なんの話?」


見たこともないような文が届いた。

紙も文字も超絶美麗。

これはひょっとしたら文字の神様の足跡かもしれない。

思わず文字を指先でなぞってしまう。


「梅壺の更衣様からお文をいただいたんですけど……」


筆跡格差の壁が高くそびえている。


(私の笛と筆の能力差バグが明るみに……)


梅壺様は、こないだの内裏の女子会で琵琶を弾いてらした姫君だ。

落ち着いた感じの賢そうな方だった。



「どうしよう。直筆でお返事すると、字が下手なのがバレてしまいます」

「いんじゃない?」

「そこ、否定するとこです」


文机の上の書きかけの文を見て彼が笑う。


「梅壺様はなんて?」

「もう一度笛を聞かせてくれって」

「へえ?」


あの時の彼女を思い返す。


「梅壺様って、琵琶かなりお上手ですよね」

「そうなの?俺はよく知らないけど」

「はい。でもすっごく控えめに弾いてらっしゃって」


姫君方は四人とも「たしなみ」レベルを優に上回る腕前だった。やっぱ上流女子は違う。

なかでも梅壺様の琵琶は別格だと思った。

けど、なんだか遠慮がちな弾き方だったんだよね。


「梅壺様ってどういう方なんでしょう?」

「うーん?主上がまだ東宮の頃に入内されたね。お父上は大納言で。真面目な方だよ」




そんなわけで梅壺様に招かれて、久しぶりに参内した――。



参内したら、いきなり不真面目な宮様が目の前に現れた。


内裏ダンジョンの戦闘開始だ。

ぼんやりしてたら足元を救われる。小霧、気を付けて。


向こうはまだこちらに気付いていない――。


▶にげる

▶たたかう


いや、逃げるとかむりだし――!


御簾の向こうにいるらしき女房といい感じに話し込んでいる。

扇をかざして、なんだかやけに艶めかしい。


――にしても何やってるんだろう、この人。

いま仕事の時間だよね?



「おや実雅殿の大事な笛吹き姫ではありませんか」


私付きの女房の顔を覚えてるのか、すぐに気付いて声をかけてくる。

どうやったらそんな嫌味な言い方思いつくんだろ。天才か。


「……」


(なにか……何か逃げる技ない?!)


脳内フル回転で考えてみるけど、何の案も出てこない。


仕方ない。奥の手だ。

必殺、内裏コンボ!

扇で顔を隠しつつ、愛想笑い&会釈で通り過ぎようとした時——。



「今日は梅壺様ですか?」


何で知ってるの?


(まさか更衣様の面会予定を把握してるとか?)


いや、そんなわけなくない?

だったらどうして……?

こわ……。


「ご一緒しても?」

「え……」


思わぬところから攻撃がきた。

思わず低い声が出る。

ちょ……!血ぃ出てるじゃん!(※出てない)


「はっはっは、そんな嫌そうにされなくても。冗談ですよ」


きたっ!

揶揄の呼吸・弐ノ型・嘲笑一刀――!


避けきれない。


言い逃れでさらに攻撃加えてくるなんて卑怯すぎない?

地味に痛いんですけど。


「失礼しました――」


神妙な顔をして言うと、宮様は扇越しにじっとこちらを見下ろした。

何かを試されている気がして居心地が悪い。


「では、また私にも腕前を披露してくださいね」

「はい。また……」


(『腕前』って”笛”の、だよね?)


内裏コンボを繰り出しながら宮様をやり過ごした。



小霧の内裏レベルが1上がった。

スキル『お愛想バリア』を習得した。





「来てくださって嬉しいわ。お呼び立てしてごめんなさいね」

「そんな、とんでもないです」


ここはダンジョンに束の間出現する花園だ。

梅壺様の少し低めの落ち着いた声が、私のすり減ったHPを回復させてくれる。



梅壺の更衣様って、夜明け前の空みたいな人だ。

静かで透明で、でも切れ長の瞳の奥が光ってる。


「この間は楽しかったわ」

「あ、はい。そうですね――」


一瞬、例の島流しのアレを思い出して脳内で悶える。


梅壺様は眉を下げ、はにかんだように微笑んだ。

笑うと途端に幼く見える。


(あれ?実は同い年くらい?)


勝手に親しみを感じてしまう。


ぽつりぽつりと世間話をするうち、女房達が梅壺様の琵琶の準備を始める。

それを見た梅壺様が、女房達を止めようとした。


「いえ、私は――」

「一緒に弾いてくださいますよね?一人だと緊張しちゃいます」

「えぇ、そうなさいませ」


女房達も一緒になって勧める。


「梅壺様、遠慮はなしですよ?」

「ええ……」



一緒に楽器を構えて音を出してるけど――。

なんだろう。どうしたんだろう。


(こないだもそうだったよね?)


やっぱりおずおずとした音がどうしてももどかしい。


「うーん、最後のとこもっといけますよね?もうちょい撥をしっかり握って早く……」

「……」


(あ……しまった)


うっかり秋成様たちといる時のような気分になってた。

上から目線で指示して、偉そうだったよね?

梅壺様は驚いたのか、目を丸くしている。


「すみません。生意気に出過ぎたことを……」

「いえ、いいんです……」


いいの?

真に受けちゃうよ?


「あの、ではもう一度……いいですか——?」




さっきよりは少し音がしっかりしたけど、やっぱりなんだか物足りない。


(何を迷ってらっしゃるんだろう?)


せっかく上手いのにもったいなくない?


えーいと、私は思い切り息を吸い込み勢いよく笛を響かせた。

梅壺様がびっくりしてこちらを見る。

にっこり笑って答え、息継ぎの合図を送る——。


「……」


目を伏せた梅壺様が、次の瞬間息を吸う。

撥を大きく一振りした。



絃が震える。

深く空気が揺れる。


背中から頭のてっぺんまで、何かが駆け上った。

私、今どんな顔してるんだろう。

梅壺様の鳴らす琵琶のために、大きく息を吸い込んで笛から音を紡ぎ出す。


彼女の伏せた睫毛が震え、黒い瞳がじっと私を見つめる。


音と音とが触れ合い、ゆるく広がり、溶けて消えた――。





音が切れた瞬間、突然声がした。


「姫……」


びっくりし過ぎて笛を取り落としそうになる。

見ると、御簾の向こうに主上と宮様が立っていた。


「ぁ……主上——」


梅壺様は掠れた声でつぶやいた途端、真っ赤になった。

みるみるうちに目が潤んでいく。

主上は御簾の前に腰を下ろし、梅壺様に優しく話しかける。


「今の……あなたの琵琶があれほどなんて知らなかったよ」

「いえ、忘れてください……」


梅壺様は息も絶え絶えに震えている。


(どうしてこんなに動揺してらっしゃるんだろう?)


主上に見られたくなかった、とか……?なんで?


「どうして隠してたの?」


主上の問いに梅壺様が消え入りそうな声で答える。


「見苦しいものを、ご覧に入れないようにと……」

「見苦しい?」

「髪を振り乱して弾くなど……はしたないことと育てられましたので」


(振り乱してたかな?)


琵琶を抱えた梅壺様は絵巻物の天女のようだった。

ふと首をかしげた瞬間、サラサラと黒髪が白い肌にかかって。

見開いた瞳は透き通るようで、撥を持つ手のやわらかな線が見惚れるほど優美で——。


「不思議なことを言うね?こちらからはよく見えないし、わからないけど……」


主上は首を傾げて少し考えた後、嬉しそうにおっしゃった。


「……出会った頃からずっと、あなたはいつも美しいよ」




私は女房に声をかけ、そっと梅壺を退出した。






(私やらかしてないよね……?)


主上はうれしそうにされていたけど、梅壺様はひどく取り乱してた。

弾きたそうな気がしたから思いっきり煽っちゃったけど……。

「はしたない」ってどういうことかな?恥ずかしいってこと?


好きなのに恥ずかしい?

弾きたいのに弾いちゃダメってこと?

……それって、なんのため?


考えながら牛車へ向かっていると後ろから声がした。


「面白いものを見せてもらったね」


振り返ると、扇で口元を隠した宮様が、ニヤニヤと思わせぶりに笑っている。


いたのか。


もう今日のHP、残ってないんだけど。


「姫にはまた参内するよう文が届くでしょうから。楽しみにしていてください」


えーっ!なんで!

なんかやっぱりまずかったのかな。


「……はい」


正直めちゃくちゃ嫌だけど。

やっぱりそうとは言えないわけで……。


扇の影でこっそり溜息をつきながら、できるだけどんよりしないよう返事をした。




文が届いたのは、それからひと月もたたないうちにだった。


「どうしよう、実雅様……」


デジャヴを感じながら文を手に実雅様を見る。


「どうしようね」


彼はいつもの様子で私を見返した。



文の送り主は宮様からで――。




また戦うのぉ……?








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