笛吹き姫、ついに参内
「これ……どうしたらいいでしょうか」
さすがの私も困って実雅様を見た。
彼はいつものように脇息にもたれ、扇を弄びながら笑っている。
「どうしようか。困ったね?」
「……ほんとに困ってます?」
「なんで?」
「実雅様、知ってたんじゃ……」
私もちょっとは学習した。
彼が何も言わないからって何もないわけじゃない。むしろ何かある。
届いた文は内裏からだった。
何の手違いか、私に参内するようにって内容で……。
というか表向きは、遠縁の内裏勤めの女房から、「ちょっと遊びに来ませんか」的な文面になっている。
(こわ……)
軽ーく誘っているように見せかけて「行きません」とは絶対言えないやつだ。
「これが噂のぶぶ漬け構文……?」
ぶつぶつ言ってたら、実雅様が扇の陰でぼそっとつぶやく。
「断れないよね」
「!やっぱりそうですよねえ?! え、どうしよう!なんで突然私?」
実雅様にそう言われると、一気に事の重大さがのしかかってくる。
呼び出されるようなことなんてしてないよね?
てかどういう時呼び出されるんだろ?
「ははっ。なんでだろうね?」
内裏は職員室じゃないから、悪いことした時とかじゃないよね。
いいことした時?
”いいこと”?私何した……?
「もしかして、笛吹き姫――?」
「それ以外ありそう?」
「なさそう……」
文を握ったまま呆然とする。
「ついてってあげようか?」
にこにこしながら実雅様が言う。
「ありなの?!」
「なしかな」
「もう!」
じゃあなんで聞いたんだ。
言われた日に、牛車に乗って参内した。
慣れない女房装束が窮屈だけど、初めての内裏は何もかもが珍しい。
きょろきょろしたいのを我慢して、案内の女房について行く。
数人の女房が控える間に通された。
「紀伊の君、お見えです」
(ヤバい。紀伊の君、おばさんってどの人?みんな髪型同じ過ぎるし)
てか小さい時に法事で一回会っただけの人、覚えてるわけなくない?
……あの人っぽい?
狙いを定めて口を開こうとすると、あさっての方から声がした。
「小霧さん、お久しぶりです。よくお越しくださいました」
「あ、どうも!お招きありがとうございます」
とっさにそっちへ挨拶すると、紀伊の君、おばの眉がピクリと動いた。
(今のやっぱアウト……?)
我ながら素人丸出しの挨拶だったよね。
(いや、でも玄人の挨拶とは……? )
実雅様に内裏的マナーレッスンしてもらうんだった。
正解がぜんぜんわからない。
私、なんでこんな丸腰で参戦した?
その時、御簾の向こうに人の気配がした。
周りの空気が一斉に張り詰める。
(なに……?)
息をひそめてそっとうかがうと、明るい声がした。
「あなたが噂の笛吹き姫?」
やけにキラキラした青年が立っている。
隣には綺麗だけどニヤニヤした雰囲気の男の人が一緒だ。
「わざわざご苦労だったね」
にっこり笑い、よく通る声で言いながら腰を下ろした。
素人の私が見ても、所作の一つ一つが美しい。
ただそこにいるだけで気になって、目が吸い寄せられてしまう。
(どういう人なのかな……)
御簾越しに見る感じだと、歳は私より少し上の20代前半くらい?
直衣の着こなし見本みたいにきちっとしてるのに、堅苦しくない。
興味津々で見てるのに、ぜんぜん嫌な感じがしない。
口角が少し上がってるところは、愛嬌があって上品だ。
(何だろう、この王子様のような雰囲気は)
ひそひそと隣の男が耳打ちした。
隣の人は30半ばくらいかな?実雅様より年上っぽい。
きちんと袍を着てるのに、どこか崩れた感じがする。
こっちを見る目が探るようで不安になる。
上品に笑ってるのにやけに色っぽくて、色気慣れしてるはずなのになんか落ち着かない。
(この人、私のこと知ってるのかな)
視線がなんとなく馴れ馴れしい気がするけど、今まで行った邸の人かなぁ?
思い出せない。
あれこれ考えてたら、隣の女房がツンと私を肘で突っつく。
返事をしろってことかな?
「あ、はい。初めまして。このような機会をいただき……もったいないことで――。ありがとうございます」
今の挨拶はOKなの?
頭を下げながら紀伊の君をちらっと見ると、さっきよりは満足そうに見える。
(この人のメンツもあるもんね)
「あはは、そんな堅苦しくしないで。評判は聞いてるよ。笛の師匠はご家族?」
「はい、小さなころから伯父に」
「そう。箏も弾くんだって?」
……私のこと調べて知ってるのかな。
あんまり箏の話、人にしてないはずだけど――。
「はい。透子様――山吹の宮の方みたいには弾けませんけど……。音を拾うのに便利なので」
「ああ、彼女は素晴らしいよね。――音を拾うとは?」
しまった。
あんまり喋らないようにって思ってたのに。
(管弦の話になると、喋りすぎちゃうな)
そう思うのに、聞かれるままに話してしまう。
「和音――いくつもの音が同時に出せるから、いろんな楽器を合わせた時の響きを確かめられて……」
「あぁ!なるほどね。へー。そういう考え方があるんだね」
嬉しそうに言う彼に、ちょっと好意を持ってしまう。これは危険な人たらしだ。
と――。
「ずいぶん楽にお詳しいようですね。どこでその知識を?」
突然隣の男の人が口を挟んできた。
(なんかトゲのある言い方だな……?)
「どこ、とは……えーと。自然に?ですかね」
「へえ?」
なんだこの人、何が言いたいの。
「”自然”ねぇ……?」
(なになに、こんなトコでまさかの転生バレ?)
一言一言が引っかかる。
やっぱり喋らないのが正解。黙っとこ。
「……」
「ちょっと、宮! 黙っちゃったじゃないか。勝手についてきたのに邪魔しないでくれるかな」
「これは失礼。興味があってつい」
(この二人はずいぶん親しそうだけど……?)
「宮」様の方がずいぶん年上に見えるけど、彼が敬語だよね。
立場は王子様の方が上なのかな。
(この人たちいったいダレ……?)
さすがの私も誰ですかとは聞けない。
王子様が溜息をつきながら言う。
「あなたのような上司で彼に同情するよ」
「私はあなたのような上司で感謝してますよ」
ふーん。王子様は宮様の上司なのか。
「褒めてもさっきのはナシにならないからね」
チラ見で釘を刺してから、王子様がこっちへ向き直った。
「ごめんね姫」
キラキラと光を撒き散らしながら笑顔で尋ねる。
「今日は笛は持ってきてくれてるの?」
「あ、はい……一応……」




