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平安姫に転生したら一夫多妻のはずの夫に囲われています|空蝉奇譚  作者: 藤江りこ
第二章

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何も知らない笛吹き姫

「ねぇ、ひょっとしてちかとあっきーも知ってた?実雅様があちこちの宴に行ってたの」


二人は顔を見合わせる。


「まぁな。実雅様、内裏でしょっちゅう声かけられてたし」

「どこの邸の宴に来てたとか、噂もよく聞いたよ」


(そっか、みんな知ってるようなことだったんだ……)


私が一番知ってなきゃいけなかったのに。


親房様が少し考えてからボソッと呟いた。


「実雅様にとって俺らは、お前を自由にするための存在だよ」

「どういう意味?」

「ちか、それは――」


秋成様が、親房様が話すのを止めようとする。


「いんだよ、こいつ言わなきゃわかんねーし」


親房様が諦めたように言う。

なんのことだろう。

でも私、確かに大事な何かを見落としてる気がする。


「お前が自由に動けるように助けてやってくれって頼まれたんだよ」

「実雅様が口出しすると、僕たちが自由にできなくなるから任せたって」


(そんなことまで二人にお願いしてくれてたの?)


実雅様に相談できないから、わからないことも困ったことも、二人になんでも相談してた。

それで、三人が一番動きやすい方法を毎回一緒に考えて――。


それが全部彼の指示だったってこと――?


「そんな……」


思いもよらない話に言葉が出ない。


どうしてそこまで私の自由を守ろうとしてくれるんだろう。


―― 小霧はいつだって自由だよ ――


実雅様の声がよみがえってきて、のどの奥が熱くなる。

泣きたくなんかないのに、どうやっても止められない。


だって、実雅様だけじゃない。

弟も、この二人も。どんな気持ちで私の我が儘に付き合ってくれてたんだろう。


「あっきー、ちか……ありがとう」


お礼を言う私を見て、親房様が呆れた顔をする。


「だいたいお前、おかしいと思わないの?」

「……なにが?」

「俺たちとこんだけ会ってて噂にならないのとか」


そういえば――。


貴族の間での噂なんて一瞬で広まる。

「花の牛車」も「笛吹き姫」も翌日には知られてた。

結婚してるのに男の子と交じって笛吹いてるなんて、良くない噂をされてもおかしくない。


「それって……」

「うん。変な噂が立たないようにって、それも頼まれた。二人が結婚したころにね」


(私ひとり、何にも知らずに笛ばっかり吹いて――)


なんで今までそんなこと考えもしなかったんだろう。


二人が弟を気にかけてくれてるのを、ただ単純に仲がいいんだと思ってた。

その裏に誰かの思いやりがあるなんて、考えもしなかった。


私、のんきなのにもほどがあるのでは――?


「大事にされてんだよお前は」

「僕たちにもね」

「……っ」


いたずらっぽく言う秋成様に、今すぐ御簾から飛び出して行きたくなる。

涙と鼻水でもうぐちゃぐちゃだ。我ながらひどい。


「泣くな!うっとうしい」


見かねた親房様が顔をしかめて言うけど、止まらない。

だってこんなにずっと、みんなにもらってばっかりで――。


子供みたいに大声を上げて泣きたい気持ちだ。

ぐっと堪えるけど収まらない。


「どうしようっ……」

「何だよ」

「どうしたらみんなにお返しできる……?!」

「そんなもんはいらん!」


親房様がなぜか怒って言う。


「お前はバカみたいに笑って笛吹いてりゃいんだよ」

「ちかっ……!うんっ めっちゃ吹く~~~」

「ふっ」


秋成様が吹き出した。


もうびっくりするくらい笛吹きまくって、世界を変えるしかない……!





でもその前に、やらなきゃいけないことがある。いつもみたいにモジモジしてる場合じゃない。

全身全霊で、実雅様にありがとうを伝えないと――!


(行ける。やれる……!)


やってきた実雅様をキリリと見据え、姿勢を正して口を開く。


「実雅様にお話があります……!」

「なに、突然」


実雅様が、私の気迫に驚いてこっちを見た。今の私、湯気出てるかも。

彼は私の顔を見て、ふっと口元を緩めた。


「なになに小霧ちゃん、やっと愛の告白?」

「いえっ!全然そんなんじゃなくって!!」

「え~?全然?」


ひょいと顔を覗き込まれていつもの匂いがした。



あれ?



楽しそうに言う彼と目が合い、とたんにしどろもどろになる。


(私のバカ……!なんでもうちょっと頑張れないの?!)


「いや、あのですね……」

「うん?」


にこにこした彼を前に、ますます勢いがしぼんでいく。

どうにかしないと……!


「目を閉じて!喋っちゃダメです」

「えー……」

「いやなの?」


軽く絶望的な気持ちになって彼を見上げた。


「ちょっといや」

「……」


まぁ、そりゃそうか。

何されるかわかんないもんね?


「何もしませんよ?」

「何もしないの?」

「……うん」

「してほしいなぁ」

「……っ」


(この人のこゆとこ……!)


「だからっ……喋っちゃダメ!」

「あはは!ごめんごめん、わかった。ん」


彼は目をつぶって黙った。


「……」


突然しんとして、さっきまで聞こえなかった衣擦れや息遣いが私をじわじわ追い詰める。

緊張で指先が冷たくなってきた。


(なにこれなにこれ。どうしよう?)


ふと見ると――。

実雅様の肩、震えてない?


「なんで笑ってるんですか?!」

「ははっ――だって。すっごい緊張してるから……」

「……」


もう無理だ。


作戦その2に移行する。

行け、小霧。


「わっ」


どんと体当たりするみたいになってしまった。

ハグしようとしただけなのに……。


(どこまでも上手くできない私……)


「あはは。ひどい小霧ちゃん、何もしないって言ったのに」

「……」


ここからどうしたらいいんだろう。


恥ずかしすぎて彼の胸に顔を隠してたら、背中に腕の重みがかかった。


「何か言うんじゃなかったの?」

「……そう思ったんですが」

「うん?」

「……」


何言うんだっけ。

よくわからなくなってきた。


くっついてる温かい体が、「硬すぎ」って笑ってた彼を思い出させる。

こわばった体をそっと緩めてみた。


「これなら硬すぎない?」


情けなさで涙目になりながらおそるおそる聞いてみると、彼が小さく笑った。


「気にしてたんだ」

「だって……」

「そういうとこがいいんだけどね」

「……」


目を細めてじっと見るから、私の中の何かがゾクゾクする。


「緊張する?」

「うん」

「いいね」

「なにが——」




「大丈夫でしょ?」


ぜんっぜん大丈夫じゃない。

緊張がピークに達し、今度は力が抜けてふにゃふにゃだ。


彼は、体に力が入らない私を抱きとめて撫でてくれた。




これからもっともっと大きな波に飲まれていくことを、この時彼はもう知っていて、黙っていてくれたのだ。





私だけが何も知らず、ただ温かな腕に、匂いに、包まれていた——。












<第二部完>


 



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