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平安姫に転生したら一夫多妻のはずの夫に囲われています|空蝉奇譚  作者: 藤江りこ
第二章

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いつだって自由!※ただし結婚は除く

宴が終わる頃、弟の様子がおかしいのに気付いた。


「寒い……」


真っ白な顔をして、ガタガタと震えながら身を縮める。




この日の舞台は左大臣邸。

豪華にしたいから管弦と舞、両方をってことで、実雅様と弟も一緒に来ていた。

この時まで知らなかったんだけど、二人は最近あちこちに招かれて舞を披露しているらしい。


風邪気味なのか、朝から具合の悪そうだった弟が、帰る間際にとうとう動けなくなった。

額に触れるとひどく熱い。


(まだ熱が上がりそう。温めなきゃ)


「尚、大丈夫だからね! とにかく早く帰ろう」

「うん……姉さんごめん、僕なんかおかしくって」


カサカサした声で小さく呟く。


「頭がガンガンするし、こんな寒いの初めてで……」

「熱が出てるだけだよ、大丈夫。温ったかくして水分取って寝たらすぐ良くなる」


すっかり弱り切った弟が、私をじっと見つめた。真っ黒な瞳が熱で潤んでいる。

切なげに、どうにか声を絞り出す。


「鳥……鳥をよろしくね。僕がいなくなっても1年くらいはお世話してほしいけど……。難しかったら、放してやって」


……このバカたれが!


「もうっ大げさなのよ!ただの熱だから!」


横で見ていた実雅様が弟を抱き起こした。


「とりあえず俺の邸へ移動しようか。ここからすぐ近くだから」

「いいんですか? すみません」

「車の揺れも辛いだろうから。早く乗せよう」





そうは言っても、病=不浄って考えるのがこの世界だ。

よその家に病人を置いてもらうのは申し訳なさすぎる。

発熱なんてよくあることだけど、”病”の捉え方は人それぞれだし。


「弟の世話は私がしますので場所だけお借りしていいですか? 本当にすみません」


実雅様の邸の女房たちはみんな、不思議そうに顔を見合わせた。


(これでも一応"姫”だもんね、私が世話なんて変に思うよね)


実雅様が、心配そうに眉を寄せて言う。


「気を使わなくていいんだよ?」

「いえ、大丈夫です」


手伝ってもらいながら弟を寝かせると、うちに戻って看病セットを持ってくるように言いつけた。


「実雅様も風邪がうつってはいけませんし、もうお休みください」


ぐったりと目を閉じる弟に水分を与え、額に触れ熱を確かめる。

忙しく動く私を、実雅様は注意深く眺めていた。


「君はやっぱり時々不思議だね」

「そうですか?」


悪寒は治まったようで、今度はひどく暑そうだ。

汗をぬぐい、額を冷やしながら薬湯の準備をする。


黙って見ていた実雅様が、手伝えることはなさそうだと判断したのか、ふと立ち上がって言った。


「ちょっとあやめのとこへ顔出してくる」

「あ……はい」


今までそんなことを言われたことがなかったのでちょっとびっくりしてしまう。


ああ、そうか――。


(こうやってあやめ様のところへ行ったあと、来てくれてたんだ)


ずっと、そうだったんだ。

なんで考えもしなかったんだろう。


彼がこんなにすまなさそうな顔をしているのを初めて見た。

いつも笑ってる人なのに。


「ごめん、ちょっとだけ約束があって」

「いえ、気にしないでください」


彼が謝る必要なんてない。

ほんとに気にせず行ってほしい。


「あちらをお待たせしてしまったのでは? すみません。ゆっくりしてきてくださいね」


大丈夫かな、嫌味っぽく聞こえてないよね?


「すぐ戻るから――」


じっと私を見て言う。


「待ってて」


彼は一瞬ものすごく辛そうな顔をした。

そんな顔しなくていいのに。




弟の看病セットが届いた頃、実雅様は戻ってきた。


(すぐ過ぎない?大丈夫なのかな)


今まで見えてなかったことが次々見えて、何もかもが心配になってしまう。


「――実雅様は大丈夫ですか?」

「俺?」


彼が意外そうに聞く。


「お仕事して、宴に呼ばれて、あやめ様の所へ行って、私の所へ来て」


そうだ、彼はここのところずっとそんな風に生活してたんだ。

私、ちっとも気付いてなかった。


「無理してませんか?」


私があんまり心配そうに見えたのか、彼は軽い調子で肩をすくめた。


「やりたくてやってることだからね」


(やりたいことだって、体は疲れるよね?)


彼はいつでも笑ってて、一度もそんな素振りを見せたことがない。

どうして何にも教えてくれなかったんだろう。


「実雅様の方にも私への依頼が来てるって、どうして言ってくれなかったんですか?」


実雅様はいつも通り、穏やかに微笑みながら言う。


「小霧がどこの宴へ行くかは、何も気にせず自由に自分で選んでほしいと思ったから」

「自由に、自分で――?」

「うん。俺が言うと忖度しない?」


する。

ぜったい間違いなくする。

だから全部黙ってたってこと?

それって――。


「どうしてもって言われた時は俺が行けば納得してもらえて。尚との二人舞も評判良かったからね」


優しい目で弟を見下ろした。


「こんな無理をさせるつもりじゃなかったんだけど」

「そんな——。ちょっと風邪をこじらせて熱が出ただけです」


灯に浮かぶ弟の寝顔に目をやった。

少し落ち着いたのか、よく眠ってる。


「でも……私のためですよね」


(二人にそんな風にフォローしてもらってたなんて)


知らなかった。

何てお礼を言ったらいいんだろう。


「ありがとうございます……」

「——俺のためだよ」


驚いて顔を上げると彼と目が合った。

部屋の灯りが彼の茶色い瞳を小さく照らしている。


「え?」

「俺がそうしたかった。それだけ」


静かに微笑んで、抑揚のない声で続けた。


「俺が結婚したかったからそうしたし、俺が小霧に自由でいてほしかったから、尚を連れて宴へ行った」


どういうこと――?


「それだけ」

「……」

「小霧はいつだって自由だよ」


彼は小さく笑った。

ちょっと皮肉な顔をして。


「……結婚以外はね」


胸の奥がグラグラして、目の奥がツンとなる。

なんだろうこれ。

私どうしちゃったんだろう。

これまでどうしてきたんだろう。


「なんで泣くの?」

「わ、わからない、です……」


わからない。だって何もかも初めて聞く話で。


(私、どうしたらいいんだろう)


温かい大きな手が私の手を包んだ。



なんでそんな大事なこと、もっと早く言ってくれないんだろう。


ううん。もっと前に言われてたってたぶん私はわからなかった。

てんで子供の私は、今にならないとわからなかった。




どうやったって手のひらのうえで、でもそれでいいんだと心から思った。







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