転生したら”笛”だった件
「なんで来ないんだろう——」
落ち着いて考えてみよう。
寝不足になってる場合じゃない。
実雅様が三日間来ていない。
この世界で夫がもし浮気をしている場合、三日来ない=よその女の人と結婚、の可能性がある。
三日連続で同じ姫に通うと結婚成立しちゃうんだよね。
(でも、なんとなくそれは違うような気がするんだよなぁ……)
風呂場に文を持ち込んだり夜遅くに出かけたり、普通に考えるととびきりあやしい。
あやしいけど、”女の人”じゃない気がする。
でもこれは単なる私のカンで、なんの根拠もない。
あんな感じで結婚したけど、その後はずっとほとんど毎日来てくれて、家族のことも大事にしてくれて。だからきっと浮気じゃ、ない——?
(いや、毎日来すぎてさすがに飽きたのかな?)
うん、その可能性もなくはないよね?
他の可能性はあるのかな。
もっとよく考えないと。
どこか具合が悪い?それとも私、何かやらかした?
(えーっと最近どんな話してたっけ)
記憶の引き出しをあちこち引っ張り出そうとしたら――。
え。私笛しか吹いてないじゃん。
(これ、新婚の妻としてどうなの……⁈)
いやいや、でも結婚したとき、笛がどうとか言ってなかったっけ?
あれって笛吹いてていいですよってことだよね?
え、違うのかな。
まって。そうなると私って”妻”ではなくもはや”笛”なのでは?
そんなことって……。
『転生したら”笛”だった件』――?
お話変わってない?いや、初めっからそうだったのにまさか私一人、気付いてなかった?
――わからん!!!
ぐるぐると考えていたら――。
「考え事?」
「ふわっ!!」
びっくりして顔を上げると実雅様がニコニコして私を覗き込んでいる。
大丈夫?私、笛になってない?
思わずじっと彼を見つめた。
大丈夫っぽい。
(でも……この笑顔の裏に笛への不満が――?)
いかん。落ち着け。
「お久しぶりです」
「なに、怒ってる?」
なんとなく嫌味っぽい言い方になってしまったのに、気のせいか嬉しそうに見える。
「怒ってません」
私は笛じゃない。笛じゃないから……。
ここで普通の女の子っぽく「会いたかった~」とかやると効果的だよ!
どこから現れたのかもう一人の私が頭上からささやきかけてくる。
(いや、キャラ違くない?)
考えこんでいると、彼の指先がそっと頬に触れた。
「クマできてる。眠れない?」
「いえ、あのぜんぜん元気で——」
彼がすっと目を細めて私を見る。
なんだろう。何かまた魔法が発動してるよね。
「はい……。眠れないです」
「なんで?忙しすぎる?」
確かに大量の文への返事とか次に行く邸の下調べとか、やることは山積みだけど。
「いえ、実雅様や秋成様と違って、私は出仕もしませんし、それほどでは……」
「じゃあなんで?」
「さあ…..?――環境の変化、てやつ……?かな」
実雅様がいなくて眠れないなんて逆立ちしたって言えない。
(いやだって、こんな笛しか吹いてない人間が)
「ふーん……そう」
実雅様は真面目な顔でじっとこちらを見ている。
(何か、なにか別の会話を……笛以外で!)
「あのっ!えと……最近お仕事は、忙しいですか?」
「んー、仕事はそうでもないかな」
”そうでもない”――?
(あれ?じゃあ、三日間来なかったのって……)
しょっちゅう来る文も夜の呼び出しも、三日来なかったのも。仕事だと思ってたけど違ったってこと?
思わずうつむいて考え込んだ私を見て、彼が聞く。
「なんで?」
「"なんで”って……」
"三日も来なかったから”とはやっぱり言えない。
「なんでもなくって……ですね」
どんどん声が小さくなる。
(笛だけの私が……)
そんなこと言ったら、来ないって責めてるみたい。
まるで会いたがってたみたいに聞こえるじゃん。
「何か、困ってる?」
「いえ、何にも困ってはなくって……」
目を上げるといつもの優しい瞳に私が映っていた。
「うん?」
彼の手が伸びてきて、そっと私の指先を握る。
「あのっ……」
少し硬い指先に驚いて、思わず手を引っ込めてしまう。
「まだ、だめか~」
「……っ」
実雅様が茶化した雰囲気で天を仰ぐ。
「いつまで待たせるの、小霧ちゃん」
脇息にもたれ、笑って私を眺めている。
見られているのに耐えられなくなって、私はぷいと目をそらした。
「もうっ、ずーっと待っててくださいっ!」
まだおかしそうにクスクス笑っている。
こうやって、やっぱり肝心なことは何も聞けないままなのだ——。




