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平安姫に転生したら一夫多妻のはずの夫に囲われています|空蝉奇譚  作者: 藤江りこ
第二章

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主人公は女神に交代です

三日ぶりに朝までぐっすり眠った。

頭はすっきり。体も何だか軽い気がする。

いつもよりいい音が出せそう――。


って、違う。


笛じゃない。


(なのにこんなぐっすり寝ちゃっていいの?”妻”なんだよね?)



起きた時には実雅様はとうに出かけた後だった。

彼が寝てた場所はひんやりしてる。匂い……はちょっとするかな?


(は……っ。私いまちょっと変態っぽかった?)


元気になった頭でも、考えることはあんまり変わらないみたい。

がっくり。

三日ぶりに会えても肝心なことは聞けなかったし。


しかも会えない間は寝不足で、同衾だとぐっすりって、どう思われただろう。


(添い寝が必要な子だと思われてしまう……)


今夜は来るのかな?

もし来たら……。

今度は”妻”としてちゃんとしないと。


そんなことを考えながら支度していると、門の方から派手な掛け声が聞こえた。






「小霧ちゃーんっ、待ってた!久しぶり!来てくれてありがとう!!今日もかわいいね!」


着くなりあやめ様が飛びついてきた。

紹介したい人がいるとかで、今日は二度目の訪問だ。


(あやめ様ってかわいいよね。やっぱ子だくさんの嫁は違う。円満夫婦の秘訣はこれか?)


思わずあさってなことを考えていると、あやめ様はパッと顔を輝かせて言う。


「牛車どうだった?」

「牛車?」


口元をむずむずさせて言う。


「前回の牛車、なかなか好評だったみたいじゃない?だから今回も張り切ったんだよ~~~!」

「あ、それで……」


今回の牛車はさらにパワーアップしていて、二重三重の花飾りで牛の顔が埋もれていた。

ついでに伴も牛飼い童までも花に包まれ、通る後には花びらが点々と……。


「ありがとうございます。すっごくきれいで……えっと、華やかでした」

「だって 小霧ちゃんは“花の牛車の姫”だもんね!」


当然知ってるよね、私の二つ名。だってあやめ様が生みの親だもんね。


「この時期いい花がなくって、菊ばっかりにしたらお供えっぽくなっちゃってさぁ、あはは。苦労したんだよ~。 時間かけて頑張ったかいがあったわ」


確かに、ススキや小さな秋の野花が挿され、洒落た”牛”に仕上がってた。

あやめ様が一生懸命花を挿しているのを想像して頬が緩む。


でもまた噂が広がっちゃうよね。きっと。

実は大納言邸の紅葉の宴、先方が迎えの車を寄越してくれたんだけど、花飾りをつけた牛車が牽いてたんだよね。


(まって、ひょっとして私、花飾りなしの牛車にはもう乗れないんじゃ……?)


私の心配に気付くはずもなく、あやめ様はにっこり笑って言った。


「小霧ちゃん、前に箏の上手い人探してるって言ってたでしょ?」

「あ、そうなんです。なかなかいい人見つからなくって」


箏とか琵琶とか、絃楽器もあったらいいなって前から思ってたんだよね。

秋成様たちとはよくそんな話をしてて、前にあやめ様にこっそり打ち明けたんだけど――。


「紹介したい人ね、透子(とおこ)様。先に着いててね、お待ちだよ!」



(箏の”透子様”って、たしか……)





その人を一目見た瞬間、私はすっかり心を奪われてしまった。


(やっぱり私、笛だった……。主人公ここにいたんじゃん)


今までのは長い長いプロローグだったんだ。

『転生したら笛だった件』本編ようやく始まった。


「あなたが小霧ちゃん?」

「は、い——。あ、笛の……笛吹き姫の小霧です」

「っふふ。噂聞いてるわ」


思わずぼうっとなってヘンテコな自己紹介をしてしまった。

なのに優しく受け止めてくれて、ますます好きになってしまう。


(女神……。私いつのまにか天上界にワープしてたんだ)


聡明そうな白い額にかかる艶やかな黒髪、ふっくらした頬にすっきりした顎で造られた理想的な輪郭。

凛とした瞳を縁取る濃い睫毛。

表情を緩めた瞬間は優し気で、蕾がほころぶようだった。


「……」

「やだ小霧ちゃんたら、めっちゃ緊張してない?」


感動と興奮でものも言えない私を見て、あやめ様が笑った。


「わかるけどね。麗しいでしょ。しかも物知りなのよ!なんでも聞いて!」


あやめ様は自分のことのように誇らしげに言う。



”透子様”といえば箏の名手で、私でも知ってるレベルの有名人だ。

先代の帝の弟宮、山吹の宮の奥方だが、宮は少し前に亡くなられたと聞いている。


(さすがあやめ様、顔が広い)


「小霧ちゃん、あやめ様と一緒に雲鱗寺へ行かれたんですって?」


緊張して固まっている私を見て、透子様が優しく声をかけてくれる。


「あ、はい。ものすごく感動しました……!私もついつい絵巻が欲しくなっちゃったり……」

「絵巻?」

「法会に行くと、絵巻に絵を描いてもらえるのよ。そうそう、あの時の絵巻!こないだ届いたの!一緒に見ましょう!」


いそいそとあやめ様が絵巻を取り出してきた。




「で、ですね!声明が聞こえてきてうわ~ってなってたら、あやめ様が"さぎりちゃんっ浄土が見えるでしょ”って——」


私は調子に乗って、何度目かのあやめ様ポーズで熱弁する。ギラ目とか、はっきり言って上手くなってきた。

あやめ様は恥ずかしそうに顔を隠して悶えている。


「やだ、小霧ちゃんやめてよ~」

「まあ! 浄土が?ふふ、それは絶対行かなきゃダメね」


女子トークって、こんな楽しかったっけ?

女房や家族以外の女子とのお喋りって、考えてみたら前世ぶりだ。


「小霧ちゃんのお父上の出立の宴、立派だったんですってね」

「ネゴ男の本領発揮したんじゃない?」

「ネゴ……ふふ。相変わらずの根回し力で父も母も喜んでて……」


あやめ様にはいったい彼がどんな風に見えてるんだろう?

私にもそのうち実雅様が違って見える時がくるのかな。


(向こうが大人過ぎて想像もつかないけど――)



透子様が控えめに言う。


「私たちにも一度小霧ちゃんの笛、聴かせてくれる?」


今だ――。


私の野生のカンが閃いた。


「ぜひ!というか透子様、よろしければぜひ箏を一緒に……!」


透子様はちょっと驚いたように目を見開いたあと、真っ白い花びらが開くようにふわりと微笑んだ。


(微笑むと後光が……!)


いったいこの女神がどんな音を奏でるんだろう。


高鳴る胸が、これは運命だと告げている。——に違いない。





そんなわけで私は、一目惚れした女神を仲間に引き入れることにまんまと成功したのだった。









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