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あなただけがいない日

「ねぇ。これどうしたらいいと思う?」


てんこ盛りになった文の前に途方に暮れる。


「どれでもいんじゃねぇ?どこでも小霧が行きたいとこ付き合ってやんよ」

「なに、今日は男前じゃん」

「“今日も”だろ」


父の出立の宴の噂がどう広がったのか、「笛吹き姫」はさらに有名になってしまった。

毎日のように文が届き、管弦の宴に招待される。

「花の牛車の笛吹き姫」は、いまみやこで注目の的だ。


噂好きの貴族連中が面白半分に声をかけてくるもんだから、数が多すぎてとうてい捌ききれない。


(この人たち何か勘違いしてない……?)


私の笛って別に普通だし、花もまき散らさないし、ひとりカーニバルもしないんだけど。


「え。笛吹くと花びら降るとか、そういうの期待されてる?」

「何の話だよ」


勘違いを正すためにも、一度まっとうそうな貴族を訪ねてみるのがいいかもしれない。

そういうわけで、この日は3人集まってじっくり相談することにしたんだけど。


(どれを選んでいいのかさっぱり……)


秋成様が文を手に取っては送り主を確認している。

……うん。美形って動くだけで花びら降って見えるときあるよね。

私をじっと見て尋ねた。


「実雅様はなんて?」

「好きなようにやってみろって、それだけ」


実雅様に相談しようにも、最近様子がおかしい。

仕事かプライベートかわからない文がしょっちゅう届くし、その文もこっそり見ていることが多い。

こないだなんて、湯殿まで文を持って行っていた。


(前世だと“スマホ風呂持ち込み”って言ったらだいたい”アレ”なんだけど……)


”アレ”って感じでもないんだよね。

でも上の空なことが多いし、昨夜も宮中から使いがとかって、夜遅くに出て行った。


(そんな遅くに仕事の呼び出しなんてあるもの?)


思い出してつい考え込んでいると、秋成様が優しく言う。


「小霧が選んでいいんだよ」

「そうは言っても、迷うなぁ」


腕組みしてうむむと唸る。


「どうやって決めるのがいいんだろ。知ってる人?偉い人?それとも"いろは”順?」

「知ってる人も偉い人も間違いではねんだろうだけど……」


親房様がキリッとした眉を寄せ、難しい顔をする。


「決められるか?左大臣と右大臣どっちとか面倒くせぇ」


たしかに。


そういった世渡り的な采配は、私には荷が重い。


(だから実雅様の意見を聞きたかったんだけど……)


「ま、あれだ。因縁つけられたら陰陽道つっとけば間違いねぇ。直感で選べよ」


陰陽寮に怒られないかな。


慎重派の私は“因縁”をつけられないよう、初回は”知って”て”偉い人”を選んだ。



二条の大納言邸。

紫陽花の宴リバイバルだ。



そうと決まれば早速行動だ。我が家にも大納言邸の常連がいる。

秋成様にばっかり頼るのも気が引けるので、弟に声をかけてみた。


「大納言様のとこ?今度小鳥合わせで行くよ」


環境激変でお疲れ気味の私は、ブレない弟の発言にほっとする。


「管弦の宴に来てほしいってお文をいただいたから、今度お邪魔しますってお伝えしてくれる?」

「うん、伝えとくね」

「……」


大納言邸へ行ったことはあるものの、何せ前回は勝手に潜り込んだ形だ。面識があるわけじゃない。


(しかも平安的ビジネス文書もよくわかんないんだよね……)


文の書き方も段取りも、何が正解かまったくわからない。

実雅様は忙しそうだし、女房に頼むのも少し心もとない。


「がんばってお文書くからお渡ししてくれる?」

「うん、それはいいんだけど……。僕もなんか聞くようにしてみるね?」


不安そうな私を見て、弟も不安そうに返した。


こんな感じで大丈夫なのかな……?



何もかもが手探りで落ち着かない気持ちのまま、どうにか連絡をとりつけ、二度目となった訪問の日――。


(さすが京一の風流人……)


秋まっさかりの大納言邸は、庭の紅葉が見頃だった。

緑の苔の絨毯の上に、赤く色づいた紅葉が彩りを添えている。


偶然なのか弟の手配なのか、紫陽花の夜と同じ場所を与えられた。


(たった数ヶ月前なのに。もう懐かしい……)


あの夜、ここで初めて実雅様に会った。

宴の楽しい雰囲気のなか、あちこちから聞こえる楽の音につられて、思わず笛を吹いちゃったんだよね。

実雅様は、すぐに私だと気付いたって言ってた。


あの日と違って明るい昼間。澄み切った青い空に赤い紅葉が美しい。

なのに、やけに寂しく感じるのはどうしてなんだろう。


(今日も聴いてほしかったな……)


客席には私も名前を知ってる貴族たちが大勢いた。

でも誰より知ってるあの人だけは、どんなに探しても見当たらない。



秋成様と親房様の三人で、音を合わせる。

息を吸うたび、冷たい空気が胸を満たす。

笛の音が、笙と篳篥の音と響き合い混ざり合い、紅葉の向こうの高い秋の空へと上っていく。



最後の音を出し切ってふと目を上げると、宴席は静まり返っていた。

目元を拭う人たちの様子が見える。

ちょっと驚いて御簾の前にいる二人を見るとニヤリと笑う気配がした。


「大成功じゃん?」

「上手くなったね」




でも私には、すべてがどこか遠い場所で起こっていることのようだった。





聴いてほしいのは、たった一人だけなんだ。





それから三日間、実雅様は来なかった——。









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