甘やかな枷
「ずっと気になってたんですけど」
ようやく彼がいることにも慣れてきた。
今日は思い切ってずっと気になっていたことを聞こうと思う。
「うん?」
(なんでこの人、他所んちでこんなリラックスできるんだろ……)
直衣をゆるく着崩して脇息にもたれている姿は、まるで脇息専属モデルかのように絵になっている。
私、撮影見守るマネージャーになってない?
ちっ。これだからプレイボーイは……。
「最初の文」
「何か変だった?」
「……」
もしや覚えておいででない?
「まさか忘れて?」
ほんと引くわ。
「はは。覚えてるよ。そんな顔しないで」
なんでそんなもったいつけるんだろう。
「あんなの人に寄越すなんて、辛いことでもあるのかなって」
「はは、優しいね」
彼は眩しそうに目を細めた。
「――あの少し前にこの邸の前を通りかかって笛を聞いてね。どんな人が吹いてるのかどうしても知りたくなったんだ」
「笛を?」
「聞いたことのない音だったから……」
彼は音を思い出すように、少し遠い目をしながら話す。
そういえば秋成様も、笛を聞いて私を探したと言っていた。
私、ひょっとして笛チートが……?
「初めは尚継かと思ったけど、なんとなく内裏で見るのとは違う気がして」
「そうですね。あの子笛は苦手で」
あの鳥の囀り笛も未だにマスターできてないっぽい。
「気になって噂話に詳しい人間に聞いてみたんだ。"姫”だって噂を聞いてちょっと驚いた」
この世界では笛は男子、箏が女子というのが一般的だ。
どこの姫が箏の名手だとか、知ってる人は知っている。
「その後、偶然お父上を見かけてね。めったに会わないから思わず声をかけたんだ。絶対今すぐ笛の主に文を送らないとって、大慌てでその辺から紙をもらって筆を借りてね」
「で、くちゃくちゃのぐねぐねに?」
「立ったまま字を書いたの初めてでね」
静かに微笑んで言う。
「立ったまま……」
(いまいちわかんないな……)
「どうしてそこまでして?」
「どうしてだろうね」
ちょっといたずらっぽい色を滲ませ、じっとこちらを見て言う。
「次の文は気合入れたんだけど」
「……」
(まずい。風向きが……)
次の文って、恋文選手権優勝のやつだ。
綺麗でいい匂いで、頭の中でサイレンが鳴ったから――。
「返事くれなかったよね」
「そうでしたっけ?」
ぷいと知らん顔して言うと彼がクスクス笑う。
「そうそう。くれても代筆とかね。で、急ぎだって言って返事をもらうようにことづけたんだけど」
「……門をドンドン叩いたやつですね」
「そんなことした?」
初耳だという顔で驚いてこちらを見る。
「はい、返事をもらわないと帰らないって」
「それで返事くれたんだ」
「母に叱られまして……」
「あはは。そう。初めて直筆で嬉しかったよ」
そうだ。あの後から、キザな和歌じゃなくなった。
(私の字が人を喜ばせる日がくるなんて。母様の言う"誠意”……?)
「でも5文字になっちゃったけどね」
「はは……」
やばい。これ以上話すと5文字詰められコースでは…。
話を変えねば。
「紫陽花の!あの宴の……、いつ私だって気付きました?」
これも気になっていたことだ。
おそるおそる聞いてみる。
「初めから?」
「え、初めから?」
(それめっちゃ恥ずかしいやつでは……)
「あなたの笛、ちょっと人と違うから」
「違う?何が?」
「わからない。俺はそれほど楽に詳しくないから」
「私の笛チート、ハメルンの笛吹き的なやつ?え……こわ」
思わずぶつぶつと独り言を呟き考え込んでたら、指が頬に触れる。
びっくりして顔を上げた瞬間には、もうその温もりは離れていた。
「すぐどっか行くんだから」
いつもと変わらない笑みでこちらを見ている。
「……」
(「どっか行く」って、そんなのそっちの方なんじゃないの――?)
まやかし!この甘さはまやかしだ。
言わば笛レポートの最後の一行。騙されるな、小霧!
うっとりする手触りの衣でぐるぐる巻きにされて、気付いたら動けなくなってるやつだ。
もうすでに足元は緩く柔らかに締められて、逃げるための足は見えなくなっている。
一体この先どれくらい持ちこたえられるんだろう。
いい匂いがして顔を上げるとすぐそばに彼がいた。
「わ!」
「そんな驚く?」
「いま気配消してましたよね?」
「いや……?」
またクスクス笑っている。
私、そんなおかしい?
「どうして結婚したいか、もう言っても良さそう?」
(彼を好きになったら教えてくれるって言ってたやつ――!)
「ダメ!ぜんっぜん、まだまだです!」
「まだまだなの?」
彼の少し茶色い目が細められたまま、私の顔を覗き込んでいる。
石化の魔法に耐性はついたけど、今度は動悸がするようになった。
心臓を狙ってくるとは、恐ろしいチート能力だ。
「じゃ、もっと頑張らないとね」
「はい!頑張りますっ」
私の返事に、彼は一瞬きょとんとしてから、楽しそうに笑った。
甘やかな枷がまたひとつ、重ねられる。
どうにかして逃げないといけないのに。
一緒にいると、優しいまやかしが私を包み込むんだ。
息詰まるほど温かく、柔らかく――。




