48話 会いたくない
頭をあげると、そこには頭を押さえて悶えるレストさんがいました。頭の上には、立派なたんこぶができています。
そんなレストさんの手は、相変わらず、何かを掴んだような形のままです。魔力の気配もありますし、ホントに、一体なんなんでしょう。
「ま、まさか……さっき使ったテレポート魔法の、反発か何かが!?」
生命力を使う魔法なら、そんな事があってもおかしくはありません。だとしたら、やはり魔法は恐ろしい物です。
心配して駆け寄ろうとしましたが、レストさんが手を私にかざして、来るなと言ってきました。
「あ、いえ、違います。コレはただ、ちょっとぶつけただけです」
心配したのに、即否定です。違うなら、別にそれはそれで良かったとは思うんですが、ぶつけったってなんですか。どこに、ぶつけたんですか。
「もう、平気なので、お気になさらず。それで、グレアちゃんの願いの方ですが……」
「は、はい」
レストさんが、自分の頭を撫でながら、復活しました。
「先ほども言った通り、いいでしょう。私は、貴方の願いを聞き入れます」
「っ……」
私は、旅をして至ったこの道に、思わず感動して泣きそうになってしまいます。先程は、レストさんが気持ち悪かったので感動が薄れてしまいましたが、今度はちゃんと、達成感が押し寄せてきました。
オリアナがいたら、なんて言ってくれるでしょう。絶対に、褒めてくれますよね。そんな、そこまで?照れますよ。
「グレアちゃん。感動するのは、まだ早いです。いくら私でも、二つの大きな勢力の争いを止めるのは、それなりに骨が折れるという物ですから。グレアちゃんの、期待にそえる形になるかは分かりません」
「そ、そうですね……!」
レストさんの、言う通りです。まだ、油断はできません。私は、たったの一歩、前進しただけに過ぎないのです。
「それに、まだ、条件があります」
「えと……」
先ほど、レストさんは私を、自分の物だと言っていました。確かに、レストさんが私の願いを聞き入れてくれるという事は、そういう事になります。だから、どんなに変態行為を要求されたとしても、断る権利は私にありません。実際、先ほどはなんか気持ち悪い事を、言いかけていましたからね。きっと、それの続きを言われるに違いありません。
でも、相手がレストさんであれば、それほど嫌な気持ちではありません。とは言う物の……という感じですが、私はもう、どんな命令でも受け入れる覚悟です。
「そんなに、緊張しないでくださいー。また怒られるのは嫌なので、変な事は言いません」
「怒られる……?」
緊張して身構える私に、レストさんは呑気な口調で言ってきました。
怒られるとは、一体誰にでしょう。辺りには誰もいなくて、私のレストさんだけですよ。頭をぶつけて、おかしくなっちゃったんでしょうか。いえ、おかしいのは元からでした。
「条件、とは?」
「グレアちゃんには、貴方の国に捕らわれている、妖精を解放するためのお手伝いをしてもらいます」
「妖精を……ですか」
「はい。当然、妖精を浚っていた首謀者を、罰する事も要求します」
妖精を浚っていた首謀者。それは恐らく、ツェリーナ姉様の事だ。つまり、私はツェリーナ姉様を罰するために、レストさんに協力しなければいけない、という事ですね。
事の始まりは、ツェリーナ姉様に、地下倉庫へ連れてこられた事から、始まります。そこから、私はツェリーナ姉様の策略に嵌まり、まんまと父上から死刑宣告を受けるまでに、至りました。そんなツェリーナ姉様に、仕返しをするまたとないチャンスです。
「喜んで、協力しますとも」
断る理由が、ありません。事件の真犯人を暴き出し、父上には、誰が罰せられるべきかを、しっかりと判断してもらいます。
そして何より、あんなに苦しむ妖精の姿は、もう見たくありません。彼女たちを助けるためなら、なんでも協力しますとも。
「それじゃあ、早速行きましょうか。あんまりのんびりとしていると、戦いを止める所じゃなくなってしまいますからね」
「はい。お願いします」
「では、手を」
「……」
私は、差し出されたレストさんの手を、掴み取ります。
「えへへ」
すると、レストさんが嬉しそうに、顔を赤くして笑いました。
「どうしたんですか?」
「グレアちゃんの手は、小さくて可愛いですね。私、この手が凄く好きです」
「い、いいから、さっさとお願いします。時間がないんでしょう?」
恥ずかしい事を言われ、私は話を誤魔化し、催促しました。
いつもなら、もっと気持ち悪く言ってくるのに、なんでこんな時に限って、気持ち悪くならないんですか。そんな屈託のない笑顔を見せて言われたら、私が照れてしまうのも当然です。
「はーい。では、まずは魔族の偉い人と、話をつけにいきましょうか」
「ま、魔族の……」
正直に言えば、怖いです。魔族とは、私たち人にとって、畏怖の対象です。彼らは、凶悪にして、狂暴……そう教えられてきたから、そんな魔族の偉い人に会いに行くとなると、緊張せざるをえません。メリウスの魔女の下に訪れると、行きこんでいた時以上に、です。
「今から会いに行く人は、私のお友達でもあります。とても良い方なので、怖がらないで」
「わ、分かっています。それに、別に怖がってなんかいません。それより、オリアナは……」
「オリアナちゃんはー……今は、グレアちゃんと、会いたくないようです」
「……」
それを聞いて、私はショックを受けました。先程レストさんは、会わせないと言っていましたが、本当はそうだったんですね。
オリアナが、私と会いたくない……胸が痛くて、心臓が止まってしまうんじゃないかと言うくらい、苦しくなります。
「で、でも、大丈夫。その内、絶対に会う事ができます。会せます。約束です。だから、そんな悲しそうな顔をしないでください」
レストさんが、慌ててそう言って来ました。そんな悲しい顔、私はしているつもりはありません。ただ、ちょっとショックを受けて、胸が苦しくなっただけです。
「悲しくなんかありませんしっ。私だって、私を見捨ててどこかへ行ってしまったオリアナとは、会いたくありません。こちらから、願い下げです。……でも、無事なんですよね?怪我とか、してませんよね?絶対に、その内会えますよね?」
「グレアちゃんは、分かりやすいですねー。大丈夫ですよ。ただ、オリアナちゃんには少しだけ、時間が必要なだけです。今頃きっと、グレアちゃんの想いを考えてあげられなかった事を、後悔しているはずです。だから、すぐに戻ってきてくれます。少しだけ、待ってあげましょう?」
「……」
私は、レストさんにあやすように言われ、静かに頷きました。
「……では、飛びますね」
「あ……馬が……」
私がお城を出る時に連れて来た馬が、建物の外にいるはずです。メリウスの魔女に酷い目に合わせられる事を想定し、自由になれるように綱を外してあるので、どこかへ行ってしまうかもしれません。
あの子には、随分とお世話になりました。それに、可愛く、おとなしく、頭が良いです。できれば、無事に帰してあげたいです。
「この辺りは、結界によって、狂暴な魔物は近づけないようにしてあります。なので、あのお馬さんは、ここにいる限り平気ですよ。あの子は頭が良さそうなので、下手に動いたりはしないでしょう。ご飯もたくさんありますし、また戻って来た時に、お城に帰してあげましょう」
「分かりました……」
「今度こそ、飛びますよー」
「……はい」
これ以上、憂いはありません。私は、レストさんの手を握る力を強くし、頷きます。
すると、私たちを包むようにして、透明な光の球体が現れました。キレイな、青と赤の光……それが混ざりあい、そして球体の透明度がどんどん下がっていき、視界が真っ白に染まっていきます。
そして、一気に魔力が膨張していったと思ったら、次の瞬間、何もかもが見えなくなりました。何も見えなくなった中で、握ったレストさんの手の感触だけが、力強く、安心感を与えてくれます。
旅は、お終いです。
ですが、まだまだ終わりません。次に気づいた時、そこからまた、新たな章が、始まろうとしています。




