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49話 包囲


 気づけば、私は強い風に晒されていました。頬を切る強烈な風が、冷たく痛いです。


「ふぇ?」


 恐る恐る目を開いた私は、驚愕しました。目を開いて、広がった景色はいっぱいの青空です。そして、眼下に広がる大自然。そんな中に、そびえたつ、見覚えのある建物を見る事ができます。3方向を山に囲まれ、大きな城壁により、残りの1方向を塞がれています。それは、私の故郷、キールファクト王国です。たった数日離れただけですが、妙に懐かしく感じます。

 問題は、私はそれを、上から見下ろしているという事です。現在私は、経験したことのない高さにいます。そんな高さから、重力によって地面に引っ張られ、真っ逆さまに絶賛落下中です。

 その事実に気づいた時、私はレストさんの手を握る力を、一層強めました。


「いたたたた。痛いですよ、グレアちゃん。けっこう、握力ありますね!?」


 私は、レストさんと一緒に、落下中です。私をこんな上空に連れて来たのは、他でもないレストさんです。この手は、絶対に離しません。もし、私を死なせたら、化けて出てやります。そもそも、道連れにしますけどね。


「こんな所にテレポートして、どうするつもりですか!」

「心配ありませんよー。今、魔族の軍勢がどこにいるのか、正確な位置が分からないので、適当に空高い場所に飛んでみたんです。上から見れば、一目瞭然ですからー」


 ニコニコ顔で、レストさんはそう答えました。やる事が、案外大胆ですね。

 私は、そんなレストさんが目を向けた先を、見てみます。確かに、黒い影が蠢くのが見えて、それがお城へ向かって、平原を猛然と進んでいくのが見えます。それは、大勢の魔族が作って、そう見えている物でした。お城からも、その姿は見えるはずです。もう、あと少しで、開戦しそうな所に至っています。


「レストさん!」

「分かってますよ。もう一度、テレポート魔法を使います」


 レストさんが、そう宣言した次の瞬間に、また、私たちは光に包まれました。


「わっ」


 気づいた時、次は、しっかりとした地面の感触がありました。ただ、いきなり現れた地面の感触に対応できず、私は転びそうになってしまいます。

 そんな私の手を、レストさんが引き寄せてくれて、私は着地に成功したレストさんに掴まらせてもらいました。掴むというより、抱き着いたと言った方が、正しいかもしれません。


「す、すみません」


 すぐに、自分でバランスを取り戻し、離れます。その際に、手も離しました。思えば、こんなに長い間、手を繋いでいたのって初めてでした。この人は、私の初めてを次々と奪っていく、どうしようもない人です。

 それにしても、長く繋いでいたせいか、掌から体温を感じなくなったのが、ちょっとだけ寂しく感じます。


「いえいえ。ごちそうさまです」

「……」


 レストさんは、嬉しそうにそう言いました。

 それにしも、相変わらず、反対側の手は、何かを掴んだような形のままです。私がレストさんに抱き着いた時、私から遠ざけていたのも、気になります。


「あの、レストさん。ずっと気になってたんですけど、その手は──」

「貴様達、どこから現れた!」

「ふぇ!?」


 その手の事を、レストさんに尋ねようとしましたが、突然、低い声で怒鳴りつけられて、我に返りました。よく見たら、周囲を立派な角の生えた、牛顔の魔族に包囲されているではありませんか。

 彼らの身体は、凄く大きいです。大きいと言っても、うちの家族くらいですけどね。2メートルくらいでしょうか。筋肉質な身体で、魔物のミノタウルスに似ていますが、それとは違い、知性があるみたいですし、身体の作りも違うような気がします。黒い肌の上に、更に黒の鎧を着こんでいて、全身真っ黒です。更には、手に持っている槍も、黒いです。

 その、黒く大きな槍を、私たちに向けて突き出されています。四方八方を、槍によって囲まれていて、それで一突き突かれれば、間違いなく私は死にます。自信があります。

 私は、一旦離れたものの、それに気づいて、思わずレストさんに縋るように服を掴み、身震いしてしまいました。


「皆さん、落ち着てください」

「……ミストレスト様!ミストレスト様じゃないか!」


 レストさんだと理解した魔族達は、私たちに向けた槍を、取り下げてくれました。そして、妙な盛り上がりを見せます。

 1人が、ミストレスト様が来たーと叫ぶと、それは伝達していき、大きな雄叫びとなり、広がっていきました。

 その雄叫びの迫力に、私は耳を塞いで恐怖します。コレが、魔族。コレが、兵士……。


「時にミストレスト様。そちらのちんちくりんの人間は、なんですかな」

「誰が、ちんちくりんですかっ!」


 牛顔の魔族にそう指摘されて、私は怒りました。いくらなんでも、失礼すぎですよ。ぶん殴ってやろうかと思いましたが、そこまではしません。ただ、私にそう言ってきた魔族の前まで歩み寄り、下から見上げて睨みつけます。


「私は、グレア・モース・キールファクト。キールファクト王国、国王の三女にして、姫です。態度を改めなさい」

「き、キールファクト……」

「姫……」

「三女……」


 私が名乗ると、周囲の空気が一変しました。牛顔の魔族が、私を睨みつけています。皆殺気だった目をしていて、今にも殺されそうな雰囲気です。


「この方々は、これからグレアちゃんの国に、攻め込もうとしているんですよ。そんな方々の真ん中で、敵の国のお姫様だなんて、名乗っちゃダメですよー」


 レストさんに、あははーと笑われながら、そう言われてしまいました。

 全くもって、レストさんのおっしゃる通りです。何も考えずに名乗ってしまいましたが、正に愚行でした。

 私は、そそくさと、レストさんの傍に戻ります。後の事は、レストさんに任せました。


「この子は、私の大切な、お、お嫁さんです。手を出したら、承知しないんですからねっ」

「お、お嫁さん?ミストレスト様は、オスだったのか!?」


 レストさんの衝撃の告白に、周囲の魔族が、またどよめきました。というか、誰がお嫁さんですか。私はレストさんと結婚した覚えはありません。抗議の意味をこめて、お尻を抓ってあげます。


「いたたたた。お尻、抓ってますよね!?やめてください、嘘です、冗談ですから、お尻、痛いです!」


 慌ててそう言ったレストさんに、一部の魔族は、なんだ冗談かと、何故か残念そうにしています。よく見たら、その魔族は隣のオスの魔族と、手を繋いでいますね。一体どういう意味なんでしょうか。知りたくはないので、触れないでおきましょう。


「──ミストレスト」


 大勢のざわめきの中で、その声だけは、特別に聞こえました。小さいのに、何故か耳によく響き、まるでその声だけが、普通の声とは違う方法で伝わって来たかのようです。

 また、凄くキレイな、高い女性の声でした。

 その声の主に、道を譲るように、魔族が囲った道が出来上がります。道の到達点は、私たち2人です。


「お久しぶりですね。エルシェフ」


 その道を、悠然と歩いてきた人物に、レストさんは親し気に、そう話しかけました。


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