585、オキビの力
はぐれミスリルの少女が、表情の無い顔で目を見開いた。
手から長い髪を垂らし、それがムチ状に絡まって地を打つ。
ムチはその細さから考えられない力強さで、地面を割るかのごとく地響きを上げはじめ、一同は恐怖におののいた。
ビュンッ!
ムチの軌道が変わり、女が大きく振りかぶった。
軌道がこちらを向き、皆の髪が逆立つ。
その瞬間、1人が声を上げた。
「戦うな! にげろおおおおお!! 」
「 な?! 」
一斉に皆が馬を切り返し、元来た道を走り出した。
脇目も振らず、馬車の両脇を走り抜ける。
それが、足手まといにならない道だとわかっている。
彼らの相手は人間ではどうにもならない。
ここで死者を出すのは、リリスがもっとも望まないことだ。
「先に行け! 先の橋だ! 」
「「「 おおおおお! 」」」
ドドドドドドド
「なっ! なんですってええ!! 」
肝心の巫子を置いて逃げる行動に驚いて、女のムチが浮き、皆の頭をかすめて風圧に押された。
フギャアアアッ
ニャーッ!ニャーーーーッ!
風が巻き、大型の猫であるミュー馬のいななきが辺りに騒ぐ。
「先に参る! 」
後ろを付いてきた荷馬車は、小型なので先に旋回して他の者と元来た道を走り出す。
「承知! こちらも行く! それっ! 」
御者台のブルースが立ち上がり、前を走るグレンと息を合わせて一気に馬車を方向転換させる。
グレンは右手を大きく一閃し、邪魔な木々を一息に切り倒して道を切り開く。が、馬車がその上を行くのは無理だ。
そう思った瞬間、グレンが大きく手を振り馬車を宙に巻き上げた。
「 はぁっ! 」
グレンの手に操られるように、馬車が浮いて宙を渡る。
「うおおおおお! 」
舞い上がり、猫のミュー馬が驚いて嘶きながら、バタバタと倒れた木々の上を駆け抜けた。
「フギャーーーー! 」
「走れ! 走れ! 落ちるな! 走れ! わあああああ! 」
生きた心地がしない一瞬を、ブルースが必死で馬に鞭打つ。
道に戻って着地すると同時にグレンが飛び乗り、一気に走り出した。
ガチャンッ! ガラガラガラガラ!
グレンが馬車の後ろから姿を現しオキビと目を合わせる。
任せたと、うなずいてその姿は小さくなっていった。
「ばっ!ばかな! 逃げるですって?! こんな馬鹿なこと! 」
アトラーナの誇りばかりを重んじる騎士や戦士が、戦いもせず逃げ出すなど聞いたことも無い。
焦る女があとを追うため踏み出すと、オキビが立ち塞がった。
「 お前の相手は私だ! 」
「 この! 奴隷ふぜいがっ! 」
ビュンッ!
少女が片足を軸にクルリと回って踊るように振り回すと、その場で回転してムチを振るう。
オキビがムチを避け、一気に少女の懐に入る。
気を入れて、ドスンと両手の平でみぞおちに掌底を入れた。
だが、少女はその華奢な肢体から考えられないほどビクともしない。
いや、手応え無くボスッと抜ける感じがする。
「 あははは! 無駄よ! 」
ピュピュンッ! ヒュッ!
瞬時に離れると、腰からナイフを取り、細かい動きで襲ってくるムチを避けて距離を取る。
「お前に構ってるヒマはないのよ! 」
空を切る激しい攻撃に、軽く避けながらオキビは動きを見る。
人の動きと違う。
筋肉の躍動を感じない。
ナイフを逆手に握ると、少女に向けて一気に駆け出した。
少女の動きにはクセがある。
腕の力では無く、主にそれは遠心力だ。
つまり、単調で避けやすい。
ビュンッ!
ビュッビュンッ!
飛び上がるオキビの動きに、そのムチはいきなり容易に向きを変え追従する。
だが、同じミスリルの彼ならば、避けられないものでは無い。
「ハッ!」
少女を飛び越え短剣を縦に振り下ろしたとき、鋭い気を飛ばし少女の背中を切り裂いた。
「 キャアッ! 」
バサバサッ!
切り裂かれた少女の背中から、真っ黒い髪の固まりがあふれ出る。
「ああああ! お気に入りの皮だったのに!
ひどい! ひどいわ! 」
少女は中身が抜けるように、しわしわと張りを無くして次第に地に崩れ落ち、頭が小さくしぼんで行く。
まるで穴の空いた袋から流れ出るように、皮に詰め込まれた髪は、裂け目を大きくして地面に流れ出てしまった。
「髪が本体か! 手応えが無いはずだ。」
今どき随分、異形の度合いが強い。
驚くオキビをよそに、髪は地面を這ってグルグルとひとまとめになると、もさもさと転がる。
どこが顔なのかもわからない。
顔は無いのかもしれない。本体は、髪の固まりなのか、何かから髪が生えているのか。
だが髪女は、髪を伸ばして少女の皮を名残惜しそうに持つと、地面に叩きつけた。
「よくもやってくれたわね! 」
「髪が本体か。身体はあるのか? 」
その言葉にひどく傷ついたのか、ザワザワと髪がざわめく。
「なにさ、あんただって獣人のくせに。
人間と行動を共にしても、仲間の振りをするだけで結局は置いてけぼりじゃないか!
ハハハ、おめでたい頭だよ、仲間なんて思ってるのはあんただけさ!
それとも、ハナから奴隷なのかい? 」
「奴隷だと、そう言われるのも仕方が無いだろう。
アトラーナで毛嫌いされる存在だからこそ、顔を隠しひっそりと隠れて生きるしかなかった。
だが、時代は変わって行くのだ! 」
「知った風な口を! あんたの皮を寄こせ! 」
髪の毛が、大きくうねるとドリルのように旋回してオキビを追う。
「貴様、あの少女を食ったな?! 」
「ほ、ほ、ほ、何きれい事を言う!
弱い者が強い者に食われただけのこと。探しに来た親も丸ごと食って悲しむ者もいない。
後腐れ無く綺麗な物よ。
お前だって手を汚したことはあるだろう?
同じミスリルのくせに、きれい事を言うな! 」
髪が大きくその場で回転すると、細く、鋭いドリルの先をオキビに向けて向かってきた。
回転しながら大蛇のように、逃げる彼を追ってくる。
「くっ! 」
切っても刺しても倒せない相手に、逃げ回るしか手が無い。
こんな時、みんなのように火が使えれば!
自分の火打ち石は、一体どうなってしまったのか?
いつまでも、神官としての力が使えないのは自分だけなのだ。
森の中に逃げ込み、木を盾に逃げ回る。
だが、相手は髪の毛だというのに、木肌を削り、地面をえぐりながら追いかけてくる。
シャーーーーッ! ドガッ! シャッ!
ガッ! ドスンッ!
「 はあはあはあ 」
オキビが後ろに結んだ髪を指ですき、指の間に挟んだ髪に気を送ってピンと伸びた針にする。
「はっ! 」
ドリルの中心に、それを投げた。
「無駄よ!無駄!無駄! お前の身体を寄こせええーーっ! 」
オキビが木の根に足を取られた瞬間、髪女が髪を網のように広げて襲いかかった。
オキビはとっさに背中に仕舞っている精霊の衣を引き出し、頭上に広げて盾にする。
髪は衣ごと彼に巻き付くと、なんとか身体の中に入ろうと鼻や口を狙ってくる。
だが、彼をすっぽり包み込む精霊の衣が邪魔で思うようにならない。
先に殺そうとでも思ったか、ギュウギュウ締め上げてきた。
「く、く、く、くそ! 」
よろめきながら、傍らの木にもたれて何とか手を考える。
「死ね!死ね!さっさと死になよ。
あんたの皮は、あたしが使うんだから。きっとあいつら油断するわ! 」
ギュウギュウ身体を締め上げられ、息が苦しく身もだえる。
次第に立っていられず、ドサリとその場に横たえた。
こんな! こんな事をしているヒマ!
こんな! 事をしてっ いるから! いつまでもミスリルは!
オキビが精一杯息を吸った。
「生きる者を! 平等に見る、御方が、上に立つ!
これを、どれだけの、ミスリルが、願って、きただろう。
我らが、地上で生きることが、当たり前と、なった、世界を、
悲願を、今こそ叶え、共に、影からではなく、表…… に立って、
この力を、はあはあはあはあ、
生かして、アトラーナ、という、国を、守る、いしずえとなれるならば。
この命、賭けても! あの御方を、守り抜く! 」
絞り出すような、覇気ある声が、髪女を圧倒した。
「うるさい! うるさい! はぐれて生きるしか無い我らの気持ちが、お前なんかに! 」
だからと言って、人など食うから! ミスリルは!
怒りが、身体の中の火打ち石に鼓動し、身体がカッと熱くなる。
まるで、おき火が次第に火力を強くするように、チラチラとオキビの手が光りだした。
身体の中で、火打ち石が火花を散らす。
ボッ!
両手に火が灯り、髪が焼け、千切れて腕のいましめが解ける。
燃える手に目を見開き、グッと拳を作りその手を開く。
心に火打ち石の声が聞こえる。
今こそ、 今こそ、 我が巫子の御為に力の解放を!
パーーーンッ!
柏手を打つように、目前で合わせ声を上げた。
「 火打ち石よ鳴れ! 来たれ! 炎雷! 」
カッ! カーーーンッ!
バシッ! バーーーーーーンッッ!!
突然、雷鳴が響き、オキビの手の中でスパークする。
髪女の髪が、ウニのように一瞬広がり、電気を帯びて爆発すると四散した。




