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カティ/男嫌いの克服は男の娘から

トントントントン、ときゅうりを刻む軽快な音が響く。

数分前に受け取ったアイスティーを一口飲んで頬杖をつき、私たちの注文に応えて調理を始めたフィナさんの、そのいちいち可愛らしい所作をただぼーっと(なが)めていた。


男といえば、野蛮(やばん)で不潔で下品な魔物のような生き物。いくら優しく振る舞っていても、結局はあわよくばという最低な願望を隠し持っている。それが私の中の男に対する評価だった。

最初からそう思っていたわけじゃない。ただ、そう思うに(いた)る決定的なきっかけが重なっただけ。


『酒に酔ったところを介抱するふりして宿に連れ込もうとしやがったから、ぶん殴って逃げた』

これはジャーラとは別の友人が実際に体験したこと。

続けて、『しかもそいつ、姉貴の婚約者なんだぜ?』と聞かされたもんだから、どういう神経をしていたら婚約者の妹に手を出そうなんて思うのかと、その異常性について友人と空が暗くなるまで語ったことがある。


まあ、こんな極端な話に比べれば、自分が体験したことは陳腐(ちんぷ)なものかもしれないけれど、男という生物に失望するに至った最初の記憶は、今でも鮮明に思い出せる。


あれは十歳くらいの頃。勉強をするために教会へ通っていたのだが、私はそこで一人の男子から執拗(しつよう)にちょっかいを出されていた。

物を隠されたり、奪って投げられたり、頭に虫を乗せられたり…。ブスだの、お前にそんな可愛い服は似合わないだのと、心ない言葉をぶつけられることもあった。

スカートが好きでよく()いていたけれど、そんな真似をしてくるのは決まってスカートを履いている日。頻度(ひんど)は一日に二度だったり、かと思えば何もない日もあったりとバラバラ。しかも嫌がらせは、その時にその場にいる、私と一緒にいる友達にまで(およ)んだ。

正直、何をしたいのか理解不能だったし、ただただ迷惑で不愉快(ふゆかい)だった。


二年後、その男子から『ずっと好きでした。付き合ってください!』と告白された時に初めて、理解不能な行動が(それが)彼なりのアプローチだったことを知る。

なぜ(好きな人)をいじめる。なぜそれで好きになってもらえると思う。それをした時の私の顔はどうだった?喜んでいたか?笑っていたか?反応は?「もうっ、○○ったら」なんて可愛いこと言っていたか?そもそもそんなに親しかったか、お前。気を引きたいなら他にも方法はあっただろう?なぜそれを選んだ?

告白を受け取った瞬間に込み上げてきたのは感動でも喜びでもなく、気持ち悪い。ただそれだけだった。


結局、自分のアプローチが間違っていたことに気づいてすらいない彼は、断られた腹いせに周囲へ私の悪口を言いふらし始めた。

好きな人を傷つけておいて、思い通りにいかなければ(おとし)める。もはや、人間のすることではないと思った。

幸いそんな根も葉もない(うわさ)はすぐに消えたし、何よりジャーラを始めとする友人たちは、そんな言葉を信じることなくずっとそばにいてくれた。


そんなことがあってから、男という生き物が苦手になった。

それに比例するように、女の子という存在に強く()かれるようになっていった。

男と違って可愛くて、優しくて、柔らかくて⋯いい匂いがする。普通なら汚いと感じる汗さえも、神聖なもののようにキラキラと輝き、甘い香りを振りまく宝石のように見えていた。

いつしか恋愛的な興味は、完全に女の子へと向いていた。


十五歳(大人)になって働くようになると、嫌でも男の人と関わる機会は増えた。それまでのように意図的に避けることはできなくなったが、仕事として割り切って接するうちに、少しづつ⋯⋯本当に少しずつだが苦手意識は薄れていった。

今の職場に()いて四年。転職もせずに同じ場所で働き続けているから、毎日のように顔を合わせる同僚(どうりょう)の男たちに慣れたというのもあるのかもしれない。


だけど、それはあくまで慣れ。

心の底で男の人を可愛いと思ったり、自分から近づきたいと願ったりすることなんて──。


「一生あり得ないと思ってたのになぁ⋯」


どうしてなんだろう。そのはずだった境界線を、目の前の彼は軽々と飛び越えてきた。


「(…⋯あぁ、そうか。この一生懸命なところ、お父さんにちょっと似てるんだ)」


男という生き物に失望しきっていた私にとって、数少ないまともな男のお手本であり、今も変わらず尊敬している大工のお父さん。職種こそ違うけれど、仕事に向き合う時のあの誠実な眼差しやひたむきな姿勢が、どこかお父さんに通じるものがあるのかもしれない。


お父さんみたいに格好いいのに、見た目はこんなに可愛い…。男の人なのに、どうしてこんなに胸がキュンとするんだろ…。


「(ほんと可愛いなぁ⋯⋯この外見で男の人かぁ⋯)」


可愛い顔で真剣に、小さな手で包丁を握って野菜を切る。力が弱いのか、可愛い顔を少しだけ(ゆが)めて一生懸命にじゃがいもを(つぶ)す。(ひたい)に汗をかきながら、自分には少し大きすぎるような(なべ)を必死にかき回す。調理場のどこからか取り出した可愛い柄の布で汗を(ぬぐ)って、水を飲む。ごきゅごきゅと可愛らしい効果音がつきそうな音を立てて、小さな(のど)が上下に動く──。


「⋯⋯えっと⋯⋯何か⋯?」


「いえ、気にしないでください」


「は、はあ⋯」


あからさまに困惑(こんわく)している彼の顔を眺めながら、またアイスティーを一口。平静を(よそお)って飲み込んだ。







しかしながら、自分でも驚くほどの豹変(ひょうへん)ぶりだな。

大人だと教えられる直前までは、てっきり親が店主で、戻るまで留守番をしている子供だと思い込んでいた。危なっかしくて見ていられない、私がここで見守ってあげなきゃ……なんて、勝手な使命感まで抱いていたのが今となっては猛烈に恥ずかしい。


「⋯⋯だってさ⋯⋯知らなかったら、子供が料理してるようにしか見えないじゃん」


自分を誤魔化すように、最初から抱いていた思いがそのまま独り言となって口を突くと、隣から親友がちょっとちょっとと顔を寄せてきた。


「フィナちゃんに子供とか言ったら怒られるから気をつけなよ。小さいけど大人だからね」


「分かってるって。さっき聞いたばかりだから、正直まだ信じきれてないけど…。常連のあんたが言うなら本当なんだろうし」


ちゃん付けはいいのだろうかと思いながら、こちらも声を(ひそ)めて返す。すると、なぜかジャーラがニヤリと口角を上げた。


「嘘だけど」


「……は? 嘘ってどれが」


「怒られるって方。別に怒りはしないんだけどね、困ったなって顔はするよ。前、他のお客さんに(から)まれた時にそんな顔してた」


「なんで嘘ついたし」


何それずるい。嘘とかどうでもいい。その場に居合わせて、フィナさんの困り顔を拝みたかった⋯!いやさっきも見たけど、それとはまた別種というかっ⋯。怒った顔だって絶対可愛いに決まってる!


「なんとなく」


「おい」


目の前で鮮やかに包丁を操り、風の魔法を使う彼は、そんな私たちの視線に気づいているのかいないのか黙々と作業を続けていた。







「はい、お待ちどう。豚汁とご飯、それからこれは⋯サービスのポテトサラダ」


目の前に置かれたのは、本日の料理だという具だくさんの汁物と、ご飯かパンかで選べた白米。そしてサービスだというとてもサラダには見えないボテッとした(かたまり)

潰したじゃがいもの熱を取るためか、料理に風の魔法を使っていた。調理に使用できるほどの精密なコントロール…。相当な訓練を積んだ、魔法の熟練者に違いない。


「(ここでお店をやる前は、魔法使いとしてダンジョン探索とかしてたのかな?⋯てか、何歳なんだろ。気になるぅー)」


「ポテトゥサラダ?」


「おい、わざとだろ」


てへっと笑うジャーラの右頬を軽く引っ張る。

親友とのじゃれあいを見ていたらしい(提供した直後だから当たり前)フィナさんが、困ったような苦笑いを浮かべる。⋯はい、かわいい。


「と、豚汁とご飯(ないし)パンだけじゃあれかなと思って、サービスで出してるんだ。作り置きもあるんだけどね、作りたての方が個人的には好きだから⋯⋯あ、作り置きの方が美味しくないとかじゃないんだよっ?そっちはそっちで美味しいからねっ?気に入ったらおかわりしてもらって、その時は作り置きの方を出すからぜひ食べ比べてみてね」


早口じゃないけど饒舌(じょうぜつ)。調理している時と違ってめちゃくちゃ(しゃべ)る!

長く話すと舌が追いつかなくなるのか、ふとした瞬間に混じる舌っ足らずっぽさ⋯!これがまたいい!素晴らしいですフィナさん⋯っ!


「は、はい…っ! 全部、全部食べます!(クゥーッ!)」


「早く食べなよ。冷めるよ」


尊みのあまり胸を押さえて(もだ)えていると、豚汁をズズッと(すす)った親友が冷静な一言を放った。


「⋯っふぅ⋯⋯そうだね。暖かいうちに食べよ」


せっかくの料理を冷ましては、フィナさんに申し訳ない。何より、食べたことがない未知の料理をおいしい状態で提供されたまま味わいたい。


まずはと目をつけたのは、豚汁という汁物。

暖かい店内にいるお陰でだいぶ体が温まってきたが、体の内側は温かいものを欲していた。

雪が降るような寒い日には、やっぱりこういうものが欲しくなるよね。


大きいお(わん)を両手で持ち豚汁を啜る。


「んっ⋯⋯ほぅ⋯⋯。あったかうま~⋯」


具材の(うま)みが溶け出した汁を飲んでホッと一息つくと、スプーンを持って具を(すく)う。


「(にんじん、じゃがいも、大根、ネギ、オーク肉に灰色のぬるっとしてる大きめの豆⋯⋯この灰色のはなんだろ、グニョグニョしてる。同じ色でもこっちは少し(かた)めだな。⋯⋯灰色の食材多いな)」


汁と一緒に、それぞれの食材が持つ食感を楽しみながら白米を口に運ぶ。味が濃いからかご飯とよく合う。

注文できる料理は日替わりだけだとジャーラから聞いた時は驚いたが、なるほど確かにこのおいしさなら一品だけで勝負するのも頷ける。自信がなければできないことだし、少なくともこの豚汁はそうできるだけの価値がある。


「(グニョプルと肉とご飯、大根とネギとご飯、じゃがいもと灰豆とご飯、人参と硬灰野菜とご飯⋯⋯どの組み合わせでもご飯が進む!おいしい!)」


仮に具がなかったとしても、この旨味の詰まった汁とご飯さえあれば胃袋が許す限り何度でも⋯⋯二度はおかわりしていたことだろう。

残念なのは、自分の胃袋がそこまで大きくないこと。


「(せめて二度はおかわりしたいけど⋯⋯一度がやっとかもしれない)」


ご飯を口に入れ、大きなお椀を持って汁を啜る。



カランコロン。

「こんにちはー、フィナさん」

「いらっしゃい、ダナガンさん」

「今日は同じチームの仲間連れてきましたよ」

「こんにちは、リーシャです」

「ミリカです」

「ども、ザインっす」

「こんにちは、ダナガンさんから聞いてるよ。同じ村の出身で幼馴染だとか。ゆっくりしてってね。お好きな席へどうぞ」

「はい」「っす」「(ペコリ)」

「⋯あれ?ダナガンさん武器新調したんだ」

「ん?あ、ええ。皆で話し合って決めたんです。揃いの物にしたんですけど、すごい金飛んでいきましたよ。ほら見てください、ここ。全員同じ位置にチームのマークを入れたんです」

「へぇ、いいね。かっこいい」



新しく入ってきたお客さんとフィナさんの(にぎ)やかな会話をBGMにしながら、今度はポテトサラダに手を伸ばす。


「(豚汁とは違って、あんまり匂いしないな)」


ふわっとも香らない、ボテっとした塊をスプーンで掬う。

ずっしりと指先に伝わる確かな重みに期待を込めて、口へ運ぶ。


「(⋯っ!?おおっ!)」


見た目通りの優しい口当たりでありながら、その奥に感じるのは繊細(せんさい)な旨味の重なり。

決して強くない心地よい酸味と、ピリッとした胡椒(こしょう)の刺激、歯を入れると抵抗なく崩れる柔らかい魔物肉、シャキシャキのきゅうり、甘みのあるにんじん、そして程よく潰されたじゃがいも⋯。

それらが合わさり、一つに溶け合い、ねっとり…いや、重厚なもったり感となって口いっぱいに広がってゆく。


ポテト()()()と言っていたけど、これはもうメインを張れるほどの重量感がある。合間に弾けるきゅうりと人参がかろうじて「私はサラダですよ」と主張しているが……成しているのはあくまで、てい。

背徳感すら覚えるこの満足感に、今猛烈(もうれつ)な罪悪感を抱いている。サラダの皮を被ったこのポテトサラダ(怪物)は、それほどまでにおいしすぎた。


「うっま」


おいしいものはおいしいでいい。そうだ、余計なことは考えず「ポテトサラダおいしいな」でいいじゃないか!


一瞬でポテトサラダの(とりこ)になった。好物リストの筆頭に(おど)り出るくらい好きになってしまった。

罪悪感を抱かせるものほどおいしく感じるこの心理。

罪悪感を抱くからおいしいのか、おいしすぎるから罪悪感を抱くのか…。答えの出ない哲学の領域。


「ポテトサラダ……ポテサラこそ、おいしいの正義っ…!」


「…なに、いきなり変なポーズ取って。ついにイカれた?」


いつの間にか椅子から立ち上がり天高く拳を突き上げていた私を、親友が白い目で見ていた。


「ポテサラがうますぎて!」


「確かにうまいけど……とりあえず座りな? 皆見てるよ」


「…え?」


恐る恐る首を動かすと、フィナさんと他のお客さんたちが会話を止めこちらを見ていた。

「ありがとう。嬉しいよ」とにこやかに微笑(ほほえ)むフィナさんに、苦笑いしたり、目を()らしたり、口をポカンと開けたりしているお客さん。

ボッと顔が熱くなった。


「⋯⋯すみません、大きな声出して⋯」


自分でも驚くほど消え入りそうな声で謝罪して、(うつむ)いたままストンと⋯⋯崩れ落ちるように椅子に座った。恥ずかしくて顔が上げられない。


「⋯っぷ、今日のカティ面白いわ」


色んな顔すんじゃんと、声を殺して笑うジャーラだけはいつも通りだった。



その後、豚汁とポテトサラダを一回ずつおかわりしたのだが…。

そこで使われていた肉が魔物のものではなく豚であること、程よく潰されポテトサラダに彩りを添えていた卵が魔物の卵ではなく鶏の卵であったこと。

そして、その卵がマヨネーズなるソースにまで使われていたことを知り、本日三度目となる驚きの悲鳴を上げたのは言うまでもない。




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カティは後にこう語る。

『徹底的に可愛く磨き上げれば、男の子も女の子に負けないくらいとびっきり可愛く⋯⋯いや、女の子そのものに、可愛くて素敵な女の子になれる!』と。

彼女は一年後、安定していた役所の仕事を辞め、男性を理想の女性の姿へと変身させる場所をコンセプトにした〈アトリエ・シュクレ〉なる店を開店。

連日、来店する男性たちを希望の姿へと見事に変貌(へんぼう)させ、自信に満ちた姿で街へと送り出したという。


⋯⋯そして、同時期に同じく役所を辞めたジャーラがそれに目を付け、その子たちをスカウト。

「中身は男の子ですよ」と公表した上であえての、美少女コンセプトカフェ〈カフェ・ド・コンフィテ〉を開店させたのは、また別のお話。

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【豚汁】

裸足じゃがいも、にんじん、大根、石芋、ゴゴボウ、こんにゃく、シーネギ、豚肉などを出汁で煮込み味噌で味を整えたもの。


石芋(いしいも)

皮が石のようにゴツゴツしていて硬い芋。中身はぬるっとしている。食べることもできるし、敵の注意を引くのにも役立つ便利な食材。

基本的にすってご飯の上にかけたり、汁物の上にかけて食べることが多い。


【ゴゴボウ】

一つの種から五本の根が分かれて育つ、珍しい品種のゴボウ。

栄養が(かたよ)ることなく平等に分配されるため一本一本は短め。根ごとに味や食感が異なり、一つ育てれば多彩な風味を楽しめるお得な食材。


【シーネギ】

海の中で育つネギ。塩っけが強く、塩抜きしないと食べられたものじゃない食材。

塩抜き後はとても甘くなり、どこか夏を感じさせる(さわ)やかな香りがするようになる。


【ポテトサラダ】

裸足じゃがいも、にんじん、きゅうり、鶏の卵、豚のハムなどを程よい大きさに潰したり切ったりし、マヨネーズと胡椒と一緒に混ぜたもの。

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