カティ/人形と悪魔の役所職員ポテサラランチ
カランコロン。
ドアを開けるとドアベルが軽やかな音を鳴らす。
「あったけーっ」「ほわぁ⋯⋯あったか~い⋯」
朝からずっと雪が降り続いているせいか、昼間だというのに暗く昨日よりも寒く感じる。
こんな日は外に出たくない。だから、本当は役所内にある食堂でお昼ご飯にしたかった。けど、『近くに行きつけの店があってね』からの『明日の昼行かない?』と誘われ約束していたため来ざるを得なかった。
こんな天気だからまた今度にしようと断ったところで不機嫌になるような子じゃないけど、約束しておいてこちらから反故にするというのは気が引けた。
『ちょっ、速いってっ』
『寒いんだよぉっ』
『こっちも同じだわ!滑って危ないんだってば。歩幅違うの忘れてるでしょ。そっちは背が高いから別にいいんだろうけどさ』
『えー?だって動けば暖かくなるし、早く店着くじゃんかー』
『それで置いていかれたら、私が辿り着けんわっ。あんたから誘ってきたんでしょうがっ』
『あははー⋯⋯よっしゃ行こうぜーっ』
『あっ、こら!もうっ!』
『うひゃあ!?つめた⋯っ。⋯やったな~?』
『ぅわぷっ!?』『うぇーいっ』
『⋯⋯⋯⋯』『⋯⋯やべ⋯逃げの一手じゃー!』
『待てっ、おい! 逃げんな!』
『うひゃひゃ、おっそーい!もう当たんないもんねーっ』
『だから、置いてくなって言ってんでしょうがーーっ!!』
その約束をした張本人である親友のジャーラは、道中隣でさみぃさみぃとぼやきながら早足で歩き、あろうことか私を置いて行こうとしたので雪玉当ての刑に処している。
『いぃらっしゃいませーっ!』『らっしゃっせー!』
『フンッ。できたての手搾りジュースでーす!』
『店頭にある果物ならなんでもジュースにできまぁす⋯⋯いかがですかぁ』『いぃかがですかーっ!』
ちなみに雪玉当ての刑の後、手搾りフルーツジュース専門店〈強シボリ〉と看板が掲げられている屋台の前を通ったが、店員の格好が真冬だというのにタンクトップとハーフパンツという出で立ちで、見ていて寒々しかった。
客引きのための筋肉アピールか、ヌンッムキッニカッ、って笑顔でポージングしていたけど⋯その体はなぜか、僅かに湯気が立ち上っていた。あれで結構暖かかったのだろうか。
目的地に着くと、彼女はドアを開けて中に入り暖かい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。が、すぐにドアの外へ頭を出すと積もった雪を手で払う。寒さから逃れたすぎて忘れていたのだろう。
寒いから早く中に入りたいのに、彼女が入り口を塞いでいて通れない。仕方がないので、外でコートを脱ぎバホバホと叩いて雪を落とす。
「(私もお店の中からやりたかった⋯⋯うぅ、寒い⋯)」
人形族とはいえ、今は人化中。寒さをちゃんと感じる身で震えが止まらない。
というか、子供の頃に人化魔法を習得してから、基本的に自宅にいる時以外は人化を解くことはない。
なぜなら人間族の姿に近くなることで、本来の体では感じにくい暑さや寒さといった気温や湿度などの体感温度を鮮明に感じることができるからだ。
フードの中の雪を取り除いたあたりでジャーラが中に入っていったので、後に続き入店。
中と外の寒暖差で出かけた鼻水をすするのと同じくして、後ろでドアが閉まる音がした。
「いらっしゃい」
店の中に入ると、ふわりと幼い声が降ってきた。
店員さんだろうか。落ち着いてはいるが、随分と声が高い。
挨拶を返そうと声がした方へ視線を向けるが、そこには無人のカウンターがあるだけ。向こうにも誰もいない。
店内を見回しても、カウンター席が6つにボックス席が2つ。立ち入り禁止の張り紙が貼られた扉(たぶんスタッフ用の休憩スペース)と、トイレらしきドアが見えるだけで、他にお客さんの姿はない。
「(じゃあ、今の声はどこから⋯?)」
姿の見えない推定店員さんを探してキョロキョロしていると、ジャーラがカウンター席へと歩き出した。
初めてのお店で勝手が分からず引きずられるようについていくと、鼻腔をくすぐる食欲をそそる匂いが強くなる。
「(いい香り⋯)」
ドアを開けた時から漂っていた、お店の中を包み込むような優しい香りだ。
「こんちはーっ。今日は友達連れてきたー」
「ジャーラさんこんにちは。雪すごいけど滑らなかった?」
「大丈夫!⋯だけど、靴の中はビッショビショ~」
ジャーラは誰かと親しげに会話しながら、カウンターの椅子を引いて座る。
「(ちょっと、初めてでカウンター席は緊張するって!)」
親友はこちらをほっぽって会話に夢中。背中を向けているから、緊張している私に気づいてくれない。
会話に割り込む勇気もないので、心の中で叫びながらその隣の椅子へ座るべく近づいていく。
すると、カウンターの影からひょこっと小さな頭がのぞいた。
「…あ、いた」
思わず声が漏れた。
視界に入ったのは、料理をする少女の姿。
白くふわふわとした髪は、1ダルア銅貨ほどの大きさの金髪がランダムに混じっていて、まるで高級な陶磁器の装飾のようだった。不思議な斑模様は、彼女が動くたびに柔らかく揺れている。
その眼差しは驚くほど静かで大人びているが、どう見ても十歳に届くかどうかという子供。それが小さな手で包丁を握り野菜を切っていた。一人きりでだ。
周りにはやはり親友以外におらず、この子の親も見当たらない。
「(誰かついてないと危なくない⋯!?)」
ハラハラとした思いが顔に出ていたのか、ふいに件の少女と目が合った。
「こんにちは」
鈴を転がしたような高くて幼い声が耳に届く。
どうやら入店した時に聞こえてきた挨拶は、目の前の彼女が発したものだったらしい。
「こ、こんにちは」
「来るのは初めてだよね?」
「は、はい。…⋯この子がおいしいお店があるって誘ってくれて」
「それは嬉しいね」
ぎこちなく返事をしながら椅子を引き、コートを背もたれに掛ける。
きっと親の手伝いもしくは、料理の練習中なんだろう。今は親が立ち入り禁止の扉の奥に行っているだけで、用事が済んだらすぐに戻ってくるはず。それまでの間、留守番を兼ねて接客を任されている、といったところか。
…じゃないと十歳そこらの子が一人で包丁握ってるなんて、不安で心配が勝ってしまう。
「(親御さん、いない間は私たちがちゃんと見てますからね⋯!)」
席に座ると、まるで保護者のような心持ちでその手元をじっと見守る。
「初来店のお客様は飲み物一杯無料だよ。注文決まったら教えてね」
「あ⋯⋯はい」
しかしそこでハッとする。違う違う、私はここに食事をしに来たんだと。
でもそうは言っても、やっぱり視線が吸い寄せられてしまう。
この子の親が戻ってくるのを待ってから頼むべきだろうか。今はどうにも目が離せない。
「カティ⋯⋯カティ?」
「⋯え、なに?」
気がつくと、ジャーラが怪訝そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「なにって、注文どうするのか聞いてるんだけど⋯どうした?」
彼女が指さしたのは、私の方へ向けられたメニュー表。
いつの間に置いたのだろう。考え込んでいて反応が遅れてしまった。
「あ、注文ね。ちょっと考え事してた。ごめん」
慌ててメニュー表に目を向けると、ジャーラが「あ、」と何かを察したように体を寄せてきた。
「もしかして、あの人のこと子供だと思ってない?」
耳元で囁かれた内容は、まさにずっと考えていたことだった。
なぜ小声なのかという疑問と、問いかけへの戸惑いが同時に湧き上がる。思ってないか?も何も子供じゃん。どう見たって⋯。
「え…あ、うん。そう……ん? 子供、でしょ?」
「なるほどねー、だから挙動不審だったのか~」
含みのある反応に、ドクンと心臓が跳ねる。
「(なに、その反応⋯。まさか大人だったりする⋯?)」
思わず首をぐりんと回し、少女をじっと見つめてしまう。
「⋯えっと⋯⋯注文、ですか⋯?」
「あ、すみません⋯⋯まだです」
メニュー表に視線を落とすが、文字が全く頭に入ってこない。
いやいやいや、子供だよね。ドワーフ族の大人だってあんなに小さくないよ?
ぶんぶんと首を振っていると、また耳元で囁かれた。
「あの人、フィナちゃんって言ってね。子供に見えるけど大人だよ。あと、ここの店主さん」
「え、えええぇぇェェーーっっ!!??」
自分の目がこれ以上ないほど丸くなっている。そう表現できるほどに驚いた。
「ちょっ、声っ!」「どっ、どうかしたのっ?!」
耳を押さえる親友と、何事かと調理の手を止めてこちらを心配そうに見つめる少女。
二人の反応を見て少し冷静さを取り戻す。
「なっ、なんでもありませんっ!失礼しました!」
フィナさんというらしい彼女にペコペコと頭を下げる。騒いでしまってごめんなさい。
「(…他のお客さんがいなくて本当によかった。いや、お店的にはよくないんだろうけど…でもよかった…)」
「…驚きすぎ。声が大きすぎて鼓膜が破れるかと思った」
至近距離で絶叫を浴びたジャーラから、ジトリと恨めしそうな視線を向けられる。
「ご、ごめん⋯」
「ま、驚くとは思ってたけどね。いやー、あんなに叫ぶなんて予想外予想外」
ニシシと笑う親友を見て合点がいった。
昨日お店のことを聞いても料理が美味しいとしか教えてくれなかったのは、これが見たかったからか! 確信犯だ、わざと黙ってたな!
「私の驚く姿を見て楽しいか、この悪魔め…っ!」
「んふふ、ごめんごめん」
精一杯の小声で不満を漏らすが、ジャーラは「悪魔族ですけど何か?」と言わんばかりに、矢印型の尻尾をゆらゆらと揺らした。
「もうっ」
頬を膨らませつつも、楽しそうな親友の顔を見て毒気を抜かれてしまう。
「はぁ⋯⋯まったく」
一つため息をついたところでジャーラが再度身を寄せてくる。
「あ、それとねー、もう一個。フィナちゃんね⋯」
「なに?まだ何かあるの?もう驚かな──」
「男の人なの」
「えっ⋯」
「気づかなかったでしょ。初見だと分かんないよね」
目を見開く。驚きに、さらなる驚きが上書きされた。まさにとどめの一撃。
「んんーっ⋯⋯⋯ふぅ。ね、」
衝撃的な事実にまた叫びそうになったが、声が出る前に自分の手で口を塞いだ。今度は大丈夫。
「ね、って。怪しかったけどね」
「叫ばなかったじゃん?」
「残念」
「おい」
フィナさんも一度チラリとこちらを見ただけで、すぐ作業にもど……れてるか?手元を動かしてはいるがチラチラと視線を送ってくる。
戻りきれてない、ダメだったか。
「⋯えーっと⋯⋯フィナ、さん?私は大丈夫ですよ」
慌てて取り繕ったせいで、わけの分からないことを口に出した。⋯⋯本当に何を言っているんだ私は。
「そ、そう…? まあ…何もないならなによりだけど⋯」
どこか困惑を含んでいる返答。
「(き、き、き、気を使わせてしまったーーっ!!⋯⋯穴があったら入りたい⋯⋯うぅ⋯)」
あっちがやったらこっちもやる。
ジャーラに恨めしい視線を向けた。
それにしても、世の中には彼のような人もいるんだな。私がこれまで出会わなかっただけで、世界はこんなにも広い。
「(子供のように見えて実は大人で⋯⋯少女のような外見だけど男の人で⋯⋯。うわっ、今キュンとした⋯!あり⋯うん、めっちゃあり⋯っ!)」
この人のことを心配して目が離せなかったのは、単純に子供だと思い込んでいたからではなかったのだろう。大人であることや男の人であることを頭では知らないながらも、心はどこかで感じ取っていたのかもしれない。
その事実に不意に自覚もなしに、すとんと腑に落ちた拍子に心臓が小さく音を立てた。




