1.7赤のアジサイ5
家についたら山羊をトイレに連れて行って用を足させる。トイレは俺と共用だ。こいつの糞尿ににおいはほとんどないが、俺の使うトイレで山羊の気張った顔を眺めるのはなかなかに複雑な気分だ。このトイレはギー族が用意してくれたわけだが、ギー族は似たような顔の動物が、人間と同じ場所で糞尿を垂れ流すのはいいのだろうか。いや、むしろ似た顔だから人間と同じ便所を使わせているのだろうか。いや、あいつらが何か考えがあるとも思えない。いやいや流石に。。。そんなことをダラダラと考えていると山羊は用を足し終わったようだ。あとのこいつの仕事は寝るだけだ。
俺は首輪に紐をつけてこいつ専用の小屋に連れて行って入れてやる。エサはエルフのお姉ちゃんがやってくれているから俺がやる必要はない。水も餌と一緒にまとめて飲んで貯めるようだ。至れり尽くせりだな。俺がこいつにやってやれることは愛でてやることくらいなもんだ。
この世界に来て気づいたことがある。この世界では名前を持っているものは極めて少ない。エルフ曰くギー族は個体名を持たないらしい。そういう種族のようだ。エルフもババアがドライアと名前を持っている以外は名前を持たないらしい。俺も最初は、名前を付けるとみんなすごい力を手にして俺の仲間になってくれるパターンかと思ったものだ。しかしうもエルフたちは名前を付けられることに消極的なようで、名前を付けてやると元気よく提案しても困ったように苦笑いを浮かべるだけだった。ギー族に関しては興味なしといったようにガン無視だ。
まあ文化の違いだな。多分。名前を付けるのは儀式的な何かが必要なのかもしれない。だが、人に名前を付けることはNGでもこの山羊に名前を付けるぐらいは許されるだろう。毎日厳しい道のりを乗せてもらってなおかつ俺と同じ便所を使うソウルメイトに、いつまでもお前とかこいつとか言っているのはなかなか罰当たりな気がする。当然山羊に名前を付けたことなど一度もない。名前を付けるとしてもどうしたものか。ペットのようにフィーリングでつけてもいいが、こうも俺のために毎日毎日頑張ってくれている奴に適当な名前は付けたくない。
どうなのだろうかと頭を揺らして考えながら山羊の頭をなでていると、俺の首に頭を押し付けてきた。名前を付けてやろうとしていることを察して愛情表現しているのだろうか。結構力が強い。正直少し痛い。サージャといい、ここの世界の生物は力の加減を知らないのだろうか。だがそこまで痛いわけでもないし、サージャと比べると全然可愛いものである。
「ふふふふふ。愛い奴め。毎日毎日大儀であるぞ。ふふふふふ。」
鼻息を荒くしながらわしゃわしゃと撫でてやると、手に顎を押し付けて舌を俺の指の間からちろちろ出してきた。こうも動物に好かれる経験はなかったから新鮮でうれしいものだ。エルフのねーちゃんたちから摂取する類の癒しとも、サージャから受け取るものとも違う癒しで胸が満たされる。
小一時間山羊とじゃれつきながら思案に暮れてついに俺はこいつの名前を決めた。「アマルフィリア」。白いアマリリスのような美しい毛並みに俺からの愛でアマルフィリアだ。なかなかオシャンでかわいらしい名前じゃないだろうか。あだ名でアマルフィとか読んでやると女の子らしくかわいくていいじゃないか。
「お前は今日からアマルフィリアだ。どうだ?なかなかかわいらしい名前じゃないか?」
アマルフィに呼びかけると頭をグリグリと俺の胸に擦り付けてくる。あまり力は強くない。気に入っていると見て間違いないだろう。
「よしっ。アマルフィ、明日もよろしく頼んだぞ。」
また軽く頭を撫でてやって俺は小屋をでて自分の寝床に向かった。
部屋に入るなり俺はベッドに倒れこんだ。ベッドといっても植物を乾燥させたものをまとめてその上に植物で編み込んだ布を敷いた原始的な寝床だが、これが結構いいものだ。
今日の授業の内容を反芻しているとだんだんと眠気が俺の意識を支配していった。