4.12.2.2橙色のヒガンバナ3
ミチノ様は椅子を持ち上げ部屋の隅に置きなおすと、端に寄せられた木箱を軽く蹴った。僅かにズレた蓋を少し避け、中から煙草を取り出した。もう片方の手の指を少しこすると先に火が付き勢いよく煙が立ち上がる。軽く咥え大きく息を吸い込むと、思いっきり息を吐いた。一帯に鼻の奥につく匂いが立ち込める。
「お前は後で説教だな。。。。それで、いつもどういった話をするんだ。」
椅子に座ると、やって見せろとカメピス様に僅かに傾けた顔を向けた。
カメピス様は強く鼻息をつくと、指を交差させ顎に手をやった。
「最近お前はどんな夢を見る。」
対峙するように座った男ははぁといった風に顔をしかめていたが、真っすぐ見つめる目に冗談を言っているわけではないと悟ったようだった。
「。。。夢は覚えていないから夢なのだろう。」
少し口角を上げると、そうかそうかとさらに質問を続ける。
「私が神話について語ったことがあるはずだがそれは覚えているか。」
男はさらに眉を寄せる。
「。。。全く無い。」
これにも同じようにそうかと頷く。
「では、何回もこうして同じような部屋に来てもらっているわけだが、その時からお前は自分自身に疑いを持ったことはあるか。」
男が口を開く前にミチノ様が口を挟んだ。
「待て待て待て。これがお前のいつものやり方か。これが。一体何問聞くつもりなんだ。」
期待外れだと言わんばかりにぐったりした表情で手を顔の前でパタパタと振っている。カメピス様は先ほどより大きな鼻息をして、こめかみの辺りを指で撫でた。
「38問だ。」
追加でため息をついてから渋々といったように答えた。
「38っ!?お前はどうしてこうも頭が固いんだ。」
大きく煙の混じった息を吐いて頭を抱えてしまった。ミチノ様もなかなかの頭の固さの持ち主だと思うが、機嫌が更に悪くなりそうなのでそれは口に出さない。
もう一つ息を吐いて、ゆっくりと頭を振って立ち上がった。煙草を足元に落とすと、足で踏みつけ灯を消すと、そのまま男に歩み寄る。
「単純なことだろうに。」
男の肩に手を置いて無理やり頬を持ち上げて笑顔を作っている。
「人とは何だと思う。何によってお前は人となる。」
男は鬱陶しそうに顔をしかめた。皆が注目する中答える気は無いらしい。居直って顎を上げ、微笑すらも浮かべている。そんな様子にミチノ様は心からの笑みを浮かべた。
「どれ程前だろうか。。。なかなか見どころのある人間がいてな。お前らの恩恵を受けずして転々と彷徨う男がいた。見た様子では唐人の血を引いているようだったな。」
知っているかと周りに目線を送っている。カメピス様は諦めたようにこめかみを押さえたまま俯いてしまっている。完全に役割を乗っ取られてしまっている。
わざとらしく誰も知らないのかと不思議そうな顔をして辺りを見回している。
「この辺に住んでいた男なのだがな。。。まあいい。そいつが言うのには、人とは記憶であると。自分自身の持つ記憶が自分を規定し、そして他者の記憶によって形作られると。」
開き直った態度をしていた男の顔色がみるみるうちに悪くなっていく。白けた空気が一気に重くなっていく。使用人の唾をのむ音が聞こえる。
「38という数にお前は覚えが無いのか。薄情なやつだ。俺ですら覚えがあるぞ。」
頬を下げておどけて見せる。その様子に目もくれず、男はカメピス様を睨みつけてわなわなと震え始めた。
「クソっ」
舌打ちをすると指を鳴らそうと手に力をいれた。
「忘れていろ。」
いつの間に席を立っていたカメピス様が男の首に手を当てる。
「死を記憶せよ。何度も言っただろう。。。。今度は忘れないといいな。」
「クソがっ。。。クソクソクソッ。信仰心を試すなよ。神は見ている。神はもう戻られる。」
体を震わせ目に涙を溜めながら、泣きそうな笑顔で喚きだした。だんだんと興奮の度合いが高まっていく。
「お前も。お前も。お前らも!貴様ら全員八つ裂きにされるだろう!」
「声の出し方も立ち方も、目の閉じ方さえ忘れていろ。お前はただ聞けばよい。」
首に手を当てたまま異様なほどに口の端を持ち上げた。
「さて、そろそろいいだろう。。。。思い出せ。今までの36にも及ぶ談義を思い出せ。」
歯を見せ不気味な顔を男の目の前に持って行った。男は椅子ごとガタガタと震えだした。目からは涙があふれ、食いしばる歯からギチギチと異音が聞こえてくる。
その様子にカメピス様だけでなく、ミチノ様も笑い出した。爆笑だ。私にも、使用人達も、釣られて笑いがこみ上げてきた。
恐怖か後悔か、ガタガタと震えながら顔を汚していく様を笑いながら眺めていると、ふと横の母親に目が行った。その顔には困ったような笑いが貼り付いていた。