2.18赤のアスター18
地面に足がめり込むほどに踏み切った突進だったが、彼女の振るった腕は宙を切った。ウルダーは手を叩いてあっさりよけてしまった。叩いたと同時にウルダーは俺の20mほど手前に現れた。傍から見るとこんな感じなんだなと関心していると、ウルダーはそのまま腰の高さまで手を伸ばして自分の足元に話しかけた。
「さあ、あんな間抜けは置いておいて、さっさと帰りましょうか。」
。。。こいつは何をしているんだ?幽霊的なものが見えているのだろうか。それか不思議ちゃんか?。。。でも話の流れ的に話しかけているのは多分俺だよな。でも俺じゃなかったらなんか恥ずかしい。
「いやぁ。。。あの。。。」
何と声をかけるべきか悩んでついに話しかけようとした瞬間、
「「「「「ハハハハハハハハハハハハ」」」」」
周り一帯が大きな笑い声で包まれた。それと同時に辺り一帯が少し煙たくなり提灯が浮かんでいることに気が付いた。空振りしたはずのハルも着地した先で笑い転げている。
「間抜けに騙されるやつのことは何て呼ぶんだろうなぁ?やっぱ大間抜けかぁ?」
いつの間に目の前に現れたあの男が捲し立てると、周りが一層爆笑する。すかしたウルダーがまんまと騙されたことに、俺もついつい釣られて笑ってしまう。
そんな俺に気が付いたのか、ウルダーは顔を少しだけこちらに向けて、キッと俺を睨みつける。若干涙ぐんでいるようにも見える。それでも美人の睨み顔ほど怖いものはない。サーッと頭の裏が冷えるのを感じた。
「あらあら、ワンちゃんが沢山鳴いているわね。変な病気を持っていたりするらしいし、森ごと燃やすべきかしら。」
強がっちゃって。必死に平静を装っていますが、まだほんのりと顔が赤いですよ。そこがかわいいポイントですが。
「煽ってみたけど、馬鹿見たのは自分でしたってなったら聞こえないふりでもしたくなるわなクッククハハハハハ」
さらに煽る首絞め男。とんでもない奴らだ。怖いもの知らずってこいつのことだな。俺のいないところでやってほしい。せめてどちらも、俺に八つ当たりするのだけはマジでやめてね。
「まだ吠えているわね。弱い犬ほどよく吠えるとは言うけれど、確かにその通りよね。フフフ。あのニンフごときに住処を追われる”犬モドキ”ですものね。フフフフ。」
じゃあニンフってやつはこいつらの家を乗っ取ったってことか。考えると酷い話ではあるけど、こいつらもこいつらで突然拉致ったり首絞めたりやばい奴らだし、こいつらが変に煽ったりしたんじゃないのだろうか。
「流石人攫いの専門家はよく見ていらっしゃる!上品なおばあさんのご趣味はのぞき見でございますってか!?ククク」
首を右に左に振りながら、目を見開き顎を下げて笑い声でさらに煽る煽る。これは不味い。絶対不味い。ウルダーさん口の内側を噛んで必死に耐えているつもりかもですけど、全身が怒りで満ち満ちていますもん。
「畜生には品が無くて困るわね。はぁ。これでも大目に見ていたのだけれどね。いいわ。やりなさい。」
そう言うと、ウルダーの方から大きな破裂音のようなものが聴こえた。その刹那、提灯が一斉にブレた。辺りに浮かんでいる提灯の横に突然現れた女たちが、一斉に剣のようなものを振り下ろしたのだ。
「獣のくせに思い上がりすぎよ。」
提灯は若干暗くなった気もするが、依然として明るく浮かんでいる。ウルダー達も想定外の様子で、皆眉をひそめて警戒している。しばらくたった後、また辺りに笑いが湧いた。
「本当に学習しねぇな。一度ここで世代交代しといたほうがいいんじゃねぇのか?」
いつの間にか俺たちの横に移動した男がうんこ座りのまま挑発をする。けれどウルダーは鼻で笑って挑発し返す。
「はぁ。明かりを消せばいいだけのことでしょうに。」
そう言うと、自分の頬をなでていた右手を前に出して親指と中指をこすり始めた。だんだんと擦るのが速くなるにつれて空気が湿ってきた。
最後にパチンと指を鳴らすと、辺りは完全に霧で包まれた。何もしなくとも肌に大粒の水の玉が張り付く。だんだんと息苦しさも感じてきた。
首をコトンと倒し、いかにも、どんなものか、とでも言いたげなドヤ顔を向けてくる。終いにはあくびまでしている。
浅い呼吸のまま固唾を飲んで横の男を見ると、いつの間に消えている。なるほど、提灯が弱点なのか。ウルダーの勝ちか、そう思ってウルダーの方へ足を踏み出そうとした時、
「まぁ。。。。確かになんだ、ニンフ共よりかは頭が回る。」
急に真後ろから声がしたかと思ったら、覚えのある感触が首の後ろからしてくる。いや、まさか違うよね。なんか、なんとなくだけど俺を庇っている感じもしたし、違うはず。
流石は悪い予感に定評のある俺だ。そのまま頭を支点に、体を振り回されるように投げ飛ばされてしまう。
そんな急展開に俺の体がついていけるはずもなく、ひっくり返った虫のように固まったまま宙を舞う。首を縮めて手はきつく握りこみ、目をつぶって来るであろう衝撃にビビり散らかしていたのだが、その衝撃は来なかった。代わりに、温かい腕に包まれた。恐る恐る顔を上げると、ハルが満面の笑みで俺をお姫様抱っこしている。
「自分を保つことだ。」
男は俺に横顔を向けて口の端を少しだけ上げた。そして目線をハルに移すと、
「ニンフのところに連れていけ!ついでにあいつらの無様な顔でも拝んで来いっ!」
そう声を張り上げて、ニヤニヤと歯を見せて笑った。ハルもハルで、可愛らしい顔を台無しにするくらい頬を上げて笑っている。結構不気味だ。
「私は置いてけぼりかしら。」
手を叩く音と同時にウルダーが俺達から少し離れた位置に移動してくる。
「お前は諸々の付けを払ってからだ。」
男が石をウルダーに向けて投げつける。ウルダーは一瞬目を見開くも、軽く躱してまたも自分の頬を手で撫でつける。
「もう終わりでしょう?」
そう言って伸ばした腕は何も捉えない。そのまま少し体勢を崩した瞬間、彼女の真横には足蹴りを構える男がいた。
「提灯はブラフだ。本当に間抜けだ。」
そう言って思いっきり蹴飛ばした。そのまま体勢も整えず、親指と中指で人差指を挟んで弾く。パンッという音とともに地面から無数の太いとげが現れた。
遠くの木をぶち割りながら飛ばされたウルダーが、何事もなかったかのようにゆっくりと歩いてくるのを横目に捉えて、男はハルに首でさっさと行けと合図を出す。ハルも頷き返し、走り出した。ハルの腕の中で様子を見ていると、戻ってくるウルダーと一瞬目が合った。顔には不気味な笑顔が張り付いていた。
結構離れた位置まで来ても、北方向からは大きな音が聴こえてくる。むしろ、だんだんと音量が増しているようにも感じる。大気を劈くような高い音や、地面が揺れるほどの低い音が入り混じったハーモニーだ。あのままあそこにいたら確実に死んでたな。桑原桑原。
しばらくハルが走っていると、背中からのドンっという衝撃で、俺は腕から転げ落ちた。
「いったっ。。。っ。。」
痛みに歯を食いしばり腰を摩っていると、目の前に白い巨体が現れた。アマルフィだ。。。。大怪獣バトルに気を取られていて忘れていた。。。。あんなところに置いて置いてすまなかった。。。。ちょうどいいから俺はハルの腕からアマルフィの背に乗り換えた。
怒ってるかと思いきや、むしろやる気に満ち溢れているようで鼻息が荒い。単に興奮しているだけか。でもこいつまで暴れだしたら怖すぎるから変な気を貰ってきていないことを祈るのみだ。




